Nikon ● ニコンF2チタンウエムラスペシャル 今回の企画展の主役の登場である。ニコンF2チタンウエムラスペシャル。 ニコンF2愛好家にとっては有名な存在だ。 カメラマニア向け雑誌などで多く取り上げられ、存在を知る方は多かったと思うが、 なかなか実物を見る機会がなかった。
ニコンF2チタンウエムラスペシャル
ウエムラスペシャル専用カメラケース
ニコンF2チタンウエムラスペシャル
Nikon F2 Titanium Uemura Special ● F2ウエムラ 実物を初めて見た。まわりの空気を圧倒する存在感。 オーラを放つカメラはめったにない数少ないものであるが、 F2ウエムラのオーラは別格で、ご神体の風格だった。
F2ウエムラ
「F2ウエムラ」の主な変更点
フィルム押さえローラーの増設
フィルムの巻き上げを順巻きに変更
ウエムラ・ストラップ ニコンのストラップと言えば牛革製の細いストラップ(AN-1)が主流の時代だった。 当時出たばかりの黄色いエスロン製ストラップ。 ストラップの金具をはずし、糸で縫い付け仕様に変更されている。
世界初の金属チタン外装一眼レフカメラ
F2ウエムラとレンズのセット ● ウエムラスペシャル 鑑賞のポイントを拡大写真で見てみよう。 巻き戻しクランクが赤に塗装されていると説明にあるが、 この機体は赤色の塗装ではなくて、オレンジ色のダイモテープをカットして貼ったような風情である。
巻き戻しクランクを赤に塗装
製造シリアル番号 F2 7733380
世界的な歴史的カメラ
ズーム ニッコール 28〜45mm F4.5
ガタガタなフィルター枠 ● 3台のF2ウエムラの行方 極地仕様カメラ、ニコンF2チタンウエムラスペシャルは 3台製作された。 植村さんはそのうち 2台をニコンから貸与され、1979年1月に北極点へ向かった。 探検行は無事成功に終わり1979年9月に植村さんは元気に帰国した。 そして 2台のF2ウエムラはニコンに返却された。 帰国後の植村さんは時代の人となりテレビ出演に講演が続いた。 ニコン社内でも植村さんの講演会が開催された。 謝礼を申し入れると、植村さんはF2ウエムラを希望したと言う。 ニコンはF2ウエムラを贈呈した。 植村さんの手元にはF2ウエムラがあった。 この経緯はニコン報道機材課の鈴木章夫氏の証言による。 1984年2月。 植村さんは冬期厳寒のマッキンリー山の単独登頂に挑んだ。 登頂にはこのニコンから贈呈されたF2ウエムラを携行していたと言われる。 3台のF2ウエムラは現在どこにいるのか整理してみた。 (1)東京都 製造シリアル番号 F2 7733398 東京都板橋区「植村冒険館」に展示してあった機体。 「植村冒険館」は 2021年12月に「板橋区立植村記念加賀スポーツセンター」に移転しリニューアルオープンした。 この機体は現在、東京都港区のニコンミュージアムで常設展示中。 (2)兵庫県 製造シリアル番号 F2 7733380 兵庫県豊岡市「植村直己冒険館」にて展示中。 この機体はアイレベルファインダー部に大きな傷があり、 さらにはレンズの前枠がガタガタ。いかに過酷な冒険行だったか想像できる。 なおこの機体は、本記事で説明の通り、 2017年1月から4月までニコンミュージアムで開催された 企画展「植村直己 極地の撮影術」で展示された。 (3)マッキンリー山 製造シリアル番号 不明(公開されていないが F2 77333xxの可能性大) アメリカ合衆国アラスカ州。標高 6,190メートル。 マッキンリー山は2015年よりデナリが正式な呼称となった。 なじまない気もするがデナリに変更となった経緯を知るとしかたない。 いまでもF2ウエムラはかの地で植村さんを護っている。 ● 記事のご案内 画像の上で左クリックすると、大きいサイズの画像を表示できます。 細部までを確認したい方はどうぞ拡大してご覧ください。 → まだ続く。 第 6 章 F2ウエムラスペシャル 第二部 ショートカットはこちらからです。
第 0 章
トップページ
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2023
|