APO EL Nikkor 210mm F5.6     1

アポエルニッコール 210mm F5.6
(撮影年は2004年 4月)

レンズとの出会い

アポエルニッコール 210mm F5.6を入手したのはずいぶん昔のことだ。 2003年は夏の入口の頃。 専用の木製収容箱、金属削り出しの前後のキャップ付きだった。

2003年7月のログによると、ニューヨークの B & H 社のリストプライスは 6,848ドルだった。 それが特別価格ということで 4,873ドル。さすがに Add to cart のアイコンをクリックする根性もなく、 私のは USEDで日本国内で調達した。 さて、入手はできたが、レンズのマウントは 82mm径(ピッチ 1.0mm)のネジマウントである。 使ってみたいが敷居はかなり高い。 素人さんはそう簡単に使うなというメッセージが込められていたように思えた。

アポエルニッコール 210mm F5.6
(撮影年は2004年 4月)

アポエルニッコール 210mm F5.6
(撮影年は2004年 5月)

しばらくは「観賞用レンズ」となっていた。 専用の豪華収納用木箱付きだったのでお道具の世界である。 ニコン研究会の例会にレンズを木箱と共に持ち込んで披露したこともあったが、 実際に撮影できないレンズではたんなる骨董品であって、どうも説得力がない。 レンズの写真を撮る日々が続いた。どこかおかしいが日常のことだった。

アポエルニッコール 210mm F5.6
(撮影年は2004年 7月)

アポエルニッコール 210mm F5.6
(撮影年は2004年 7月)

この赤いアンコ椿と藍染白抜きの現代アートは、1971年に伊豆の大島で購入した美術品だ。 たんなるみやげ品の手ぬぐいという説もあるが、 漆黒の渋い艶のある輪島塗のレンズ鏡胴には最適な背景となる。

アポエルニッコール 210mm F5.6
(撮影年は2004年12月)

2004年のクリスマスが過ぎたころに撮影したテーブルフォト。 当時すでに実際の撮影で活躍していた、ウルトラマイクロニッコール 55mm F2 と、 赤い帯のマクロニッコール 12cm F6.3。 そして姿はデカいが、たんなる美術品としての鑑賞用レンズ、アポエルニッコール 210mm F5.6。 ファーストライトまで、もうすこしの辛抱だった。

観賞用レンズから実用レンズへ

2003年にレンズを手に入れてから 3年が経過した。 2006年になると事態が大きく前進した。 実はウルトラマイクロニッコール 165mm F4用にマウントアダプターの開発を進めていたのだ。 UMN 165mm F4は 82mm径(ピッチ1.0mm)のネジマウント。 つまり、アポエルニッコール 210mm F5.6のマウントと同じなのである。

特注の特殊ネジマウント(82mm⌀、P=1)アダプター
スパルタンに凝ってスパイラル加工された内部構造 2006年製作

専門家の力を借りて機械設計を行い製造手配。この製造手配が難しい。 金属切削加工から黒アルマイトめっき、そして精密組み立てまで、 一貫して請け負ってくれるところがなかなかない。 それでも専用のマウントアダプターの特注品が2006年に完成した。

82mm径(ピッチ 1.0mm)のレンズをニコンFマウントのカメラに装着できるように設計されている。 ニコンFマウントが確保できれば、 ニコン純正のマウントアダプター FTZ およびマウントアダプター FTZ II を介して、 ニコン Z シリーズの高性能ミラーレス機にも装着が可能となる。

もともと、重量 2キロを超えるウルトラマイクロニッコール 165mm F4用に専用設計したマウントアダプターである。 航空エアロパーツ用の最高級ジュラルミン(超超ジュラルミン、ESD)をブロックから削り出して、 高度なスパイラル旋盤加工で軽量化と強度増加を図っている。 重いレンズでも頑強に正確にマウントできるので心強い。

ニコンFマウントとなったレンズ

特殊ネジマウント(82mm⌀、P=1)アダプターを介して、 レンズをニコン PB-4ベローズに装着した姿を見ていただこう。 まるでニコン純正アクセサリーのようにピタリとフィットする。 堅牢性も十分である。

ニコン PB-4ベローズと APO EL 210mm F5.6

レンズ後部の直径が大きいためそのままだと PB-4ベローズの前部機構にぶつかって取り付けられない。 スペーサーとしてニコン M2リングを入れると、スムーズに取り付けることができる。 背景に設えを置いたのは専用の収納木箱。内装ビロード張りの豪華版。 やはりお道具には極め箱が必須である。

ニコンPB-4ベローズで焦点を合わせる

アポエルニッコール 210mm F5.6の写り

ずいぶん昔に撮影した画像ではあるが、アポエルニッコール 210mm F5.6の写りを見ていただきたい。 カメラはニコン D70である。 2006年の秋に撮影した。 今となってはかなり古い、数値性能的には非力なデジタル一眼レフである。 しかしながら、出てきた絵は決して古くなく、新鮮で華麗な映像だったのでここに掲載することにした。

木漏れ日の下で撮影機材近影
アポエルニッコール 210mm F5.6とニコン D70
(撮影年は2006年10月)

ニコン D70の絵(撮影年は2006年10月)

お花の名前は「イヌサフラン」というらしい。イヌサ・フランではなく、犬サフランだ。 葉がなくいきなり土から花が咲いているような印象。 トリカブトと並ぶ毒草とか。しかしその姿は美しい。 アポエルニッコール 210mm F5.6の色彩表現能力は実に素晴らしい。 明るい桔梗色と菖蒲色が手彩色の植物図譜のように正確に記録されている。

ニコン D70の絵(撮影年は2006年10月)

APO EL Nikkor 210mm F5.6 初代の気高い昭和浪漫な古風な映り。 日本の伝統色である桔梗色(ききょういろ:#5654a2)を叩き出す稀有なレンズ。

ニコン D70の絵(撮影年は2006年10月)

植物には感情があるので、やはり目を向けられると嬉しいらしく、 無表情だった道端の花がシャキッと姿勢を正し、みるみるうちに輝きだした。 色温度の測定はしなかったが、あきらかに華麗でゴージャスな色彩を放ちだした。 そうなると絶対色音感を有するアポエルニッコールは強い。 ヒトの目では見えない波長域までしっかりと撮像素子に伝搬した。 コダクローム 64が現役だったらぜひともフィルムでも撮影したいものだ。

ニコンD70の絵(撮影年は2006年10月)

2010年頃の話と記憶しているが、優れた性能を有するデジタル一眼レフ機が出揃った背景で、 海外では高性能レンズの一つの評価指標として 「マイクロコントラスト(Micro contrast)」を提唱する人たちが出てきた。 サフランの写真を撮影した2006年当時は適切な評価表現がなかったが、 後になって、アポエルニッコール 210mm F5.6はマイクロコントラストに優れたレンズである確信が持てた。

こんな道行の誰も注目しない道端の風景にレンズを向けた
アポエルニッコール 210mm F5.6とニコン D70
(撮影年は2006年10月)

アポエルニッコール 210mm F5.6

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 次のお話です。   第 2 章  テクニカルデータ

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