![]() アポエルニッコール 210mm F5.6
APO EL Nikkor 210mm F5.6 Heavy Metal Glasses Dynamic and Elegance Excellent Micro contrast Lens
![]() アポエルニッコール 210mm F5.6 ● 観賞用レンズから実用レンズへ アポエルニッコール 210mm F5.6を入手したのはずいぶん昔のことだ。 2003年は夏の入口の頃だろうか。 専用の木製収容箱、金属削り出しの前後のキャップ付きだった。 2003年7月のログによると、ニューヨークの B & H 社のリストプライスは6,848ドルだった。 それが特別価格ということで4,873ドル。さすがに Add to cart のアイコンをクリックする根性もなく、 私のはUSEDで国内で調達した。 さて、入手はできたが、レンズのマウントは82mm径(ピッチ1.0mm)のネジマウントである。 使ってみたいが敷居はかなり高い。 素人さんは使うなというメッセージが込められていたように思えた。 しばらくは「観賞用レンズ」となっていた。 専用の豪華収納用木箱付きだったのでお道具の世界である。 ニコン研究会の例会にレンズを木箱と共に持ち込んで披露したこともあったが、 実際に撮影できないレンズではおもしろくない。 レンズを手に入れてから3年が経過した。 2006年になると事態が大きく前進した。 実はウルトラマイクロニッコール165mm F4用にマウントアダプターの開発を進めていたのだ。 UMN 165mm F4は82mm径(ピッチ1.0mm)のネジマウント。 つまり、アポエルニッコール 210mm F5.6のマウントと同じなのである。
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特注の特殊ネジマウント(82mm⌀、P=1)アダプター 専門家の力を借りて機械設計を行い製造手配。この製造手配が難しい。 金属切削加工から黒アルマイトめっき、そして精密組み立てまで、 一貫して請け負ってくれるところがなかなかない。 それでも専用のマウントアダプターの特注品が2006年に完成した。 82mm径(ピッチ1.0mm)のレンズをニコンFマウントのカメラに装着できるように設計されている。 ニコンFマウントが確保できれば、ニコン純正のニコンFTZマウントアダプターを介して、 ニコン Z シリーズの高性能ミラーレス機にも装着が可能となる。 もともと、重量2キロを超えるウルトラマイクロニッコール165mm F4用に専用設計したマウントアダプターである。 航空エアロパーツ用の最高級ジュラルミン(超超ジュラルミン、ESD)をブロックから削り出して、 高度なスパイラル旋盤加工で軽量化と強度増加を図っている。 重いレンズでも頑強に正確にマウントできるので心強い。 ● ニコンFマウントとなったレンズ 特殊ネジマウント(82mm⌀、P=1)アダプターを介して、 レンズをニコンPB-4ベローズに装着した姿を見ていただこう。 まるでニコン純正アクセサリーのようにピタリとフィットする。 堅牢性も十分である。
![]() ニコンPB-4ベローズとAPO EL 210mm F5.6 レンズ後部の直径が大きいためそのままだとPB-4ベローズの前部機構にぶつかって取り付けられない。 スペーサーとしてニコンM2リングを入れると、スムーズに取り付けることができる。 背景に設えを置いたのは専用の収納木箱。内装ビロード張りの豪華版。 やはりお道具には極め箱が必須である。
![]() ニコンPB-4ベローズで焦点を合わせる ● アポエルニッコール 210mm F5.6の写り ずいぶん昔に撮影した画像ではあるが、アポエルニッコール 210mm F5.6の写りを見ていただきたい。 カメラはニコンD70である。 2006年の秋に撮影した。 今となってはかなり古い、数値性能的には非力なデジタル一眼レフである。 しかしながら、出てきた絵は決して古くなく、新鮮で華麗な映像だったのでここに掲載することにした。
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木漏れ日の下で撮影機材近影
![]() ニコンD70の絵(撮影年は2006年10月) お花の名前は「イヌサフラン」というらしい。イヌサ・フランではなく、犬サフランだ。 葉がなくいきなり土から花が咲いているような印象。 トリカブトと並ぶ毒草とか。しかしその姿は美しい。 アポエルニッコール 210mm F5.6の色彩表現能力は実に素晴らしい。 明るい桔梗色と菖蒲色が手彩色の植物図譜のように正確に記録されている。
![]() ニコンD70の絵(撮影年は2006年10月) APO EL Nikkor 210mm F5.6 初代の気高い昭和浪漫な古風な映り。 日本の伝統色である桔梗色(ききょういろ:#5654a2)を叩き出す稀有なレンズ。
![]() ニコンD70の絵(撮影年は2006年10月) 植物には感情があるので、やはり目を向けられると嬉しいらしく、 無表情だった道端の花がシャキッと姿勢を正し、みるみるうちに輝きだした。 色温度の測定はしなかったが、あきらかに華麗でゴージャスな色彩を放ちだした。 そうなると絶対色音感を有するアポエルニッコールは強い。 ヒトの目では見えない波長域までしっかりと撮像素子に伝搬した。 コダクローム64が現役だったらぜひともフィルムでも撮影したいものだ。
![]() ニコンD70の絵(撮影年は2006年10月) 2010年頃の話と記憶しているが、優れた性能を有するデジタル一眼レフ機が出揃った背景で、 海外では高性能レンズの一つの評価指標として 「マイクロコントラスト(Micro contrast)」を提唱する人たちが出てきた。 サフランの写真を撮影した2006年当時は適切な評価表現がなかったが、 後になって、アポエルニッコール 210mm F5.6はマイクロコントラストに優れたレンズである確信が持てた。
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こんな道行の誰も注目しない道端の風景にレンズを向けた
![]() アポエルニッコール 210mm F5.6 ● アポエルニッコールのこと ここでレンズのことを詳しく説明しておきたい。 従来から写真製版用レンズのアポニッコールがあった。 また写真引き伸し用レンズではエルニッコールが有名だ。 簡単に言って二つ足したようなネーミングであるが、 その大きなプリンシプルにもとづく基本機能と性能諸元はかなり気合が入っている。
![]() アポエルニッコール 210mm F5.6 アポエルニッコール210mm F5.6は2種類存在する。 アポエルニッコール210mm F5.6とアポエルニッコール210mm F5.6Nである。 ニコンでは前者を旧タイプ、末尾にNがついている後者を新タイプと称している。 末尾のNはNewタイプ(バージョン)という意味だと思う。 正確に話をするために、一次資料である日本光学が発行した資料から、 旧タイプの製品セールストークをまとめた。 色枠内に原文のまま引用させていただいた。
次に末尾にNのついた新タイプのレンズの説明を見ていただこう。 「抜群の性能を発揮する」など優れた性能を示すアピール感が心地よい。 自信をもって製品化したレンズへの愛着が見える。 日本の製造業はこうでなければならない。
![]() アポエルニッコール 210mm F5.6 ● テクニカルデータ 前で述べたとおり、アポエルニッコール210mm F5.6は2種類存在する。 アポエルニッコール210mm F5.6とアポエルニッコール210mm F5.6Nである。 ニコンでは前者を旧タイプ、末尾にNがついている後者を新タイプと称しているのでこれに従う。 本記事で実写作例を含めて取り上げているのは、この旧タイプのレンズである。 まず最初に旧タイプのレンズについて説明しよう。 (1)旧タイプのレンズ アポエルニッコール210mm F5.6
−焦点距離: 210mm 1974年(昭和49年)6月当時の価格が33万円。 本サイトは中学生の方もご参照いただいているので参考のために言及すると、 当時の国鉄の初乗り運賃(最低運賃)は30円だった。 翻訳すると現在のJR山の手線一区間、つまり代々木で乗って原宿で降りると30円だったのである。 現在切符を買うと140円なのでその4倍強。 いまの感覚だと、NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct より高価だったと言えば、 なんとなくそのステータスをご理解いただけると思う。 (2)新タイプのレンズ レンズ本体にNの刻印が入っているわけではなく、カタログや価格表などの紙資料だけに見ることができる。 外観が大幅に異なり軽量化されている。性能諸元で注目すべき点は、色収差補正波長域である。 近紫外域の380nmから近赤外域の750nmまである。750nmまで補正するレンズはあまり見当たらない。 このあたりはプリンティングニッコール(なんと800nmまで補正)と同じ意気を感じる。 アポエルニッコール210mm F5.6N
−焦点距離: 210.4mm
![]() アポエルニッコール210mm F5.6Nのレンズ構成図 ● ニコン Z 写真帖 ニコン Z 6 にアポエルニッコール210mm F5.6を装着した。 ニコンFTZマウントアダプターをセットしたニコン Z シリーズのボディは、 ニコンPB-4ベローズと相性がよい。 FTZマウントアダプターの電子接点への干渉とか不都合いっさい無しに装着できる。
![]() APO EL Nikkor 210mm F5.6 and Nikon Z 6 ニコン Z 6 にはニコン純正のFTZマウントアダプターを装着。 そのままニコンPB-4ベローズにマウントする。 PB-4ベローズの撮影レンズ側にはニコンM2リングを装着。 そこにアポエルニッコール210mm F5.6をマウントした。 Nikon Z 6 + FTZ + Bellow PB-4 + M2 Ring + APO EL Nikkor 210mm F5.6 フォーカスはPB-4ベローズの焦点調節ノブで行う。 重たいレンズでもスムーズに動く。 ニコンPB-4ベローズの精密かつ頑丈な機構は、 ミラーレス機 Z シリーズの時代になっても第一線で安心して使用することができる。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 200 F8 1/2500 sec. -0.7 画像はいつもの無限遠撮影の定点撮影ポイント。 京王線多摩川橋梁。直線で約500メートルから600メートル先の景観である。 撮影はすべてカメラにまかせた。秋の日没近くの時間帯。 重厚な色味がほしくて露出をマイナス0.7にして意図的に詰めてみた。 狙いとおりの雰囲気を持つ絵が出てきた。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 200 F8 1/2000 sec. -0.7
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 200 F8 1/1600 sec. -0.7
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 200 F8 1/1600 sec. -0.7 何回もこの場所に立っているが、普段は見慣れない鳥の群れ。 何かを察知してリーダーは群れを導きどこかに避難していたのだろうか。 実はこの撮影を敢行したのは2019年10月9日。 令和元年東日本台風(台風19号)が首都圏をアタックしたのは同10月12日。 その3日前の映像である。多摩川流域も甚大な被害を受けた。 下流では武蔵小杉の高層タワーマンションが長期に渡り浸水による停電で社会問題となった。 そんな背景を知るとなにやら凄みのある色彩に畏怖の念をいだく。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 200 F8 1/2500 sec. -0.7
![]() アポエルニッコール 210mm F5.6の撮影姿 ● 新鮮な光線下で ニコン Z 写真帖の前段では落ち着いた光線下の画像を見ていただいたが、 盛夏真夏日 南南西の風 風力2 晴れ 1020ミリバール 炎天下午後2時過ぎの情況で、 マイクロコントラスト特性に優れたアポエルニッコール 210mm F5.6レンズで ゼットした画像を見ていただきたい。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 200 F8 1/800 sec. -0.3
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 400 F5.6 1/500 sec. +0.7 絞り開放のF5.6で撮ってみた。 絞り開放からキレッキレのカミソリのように鋭利な絵が出てきた。 もともと絞り開放F5.6から最高性能が出ると、睨みを添えて日本光学が口上を述べたレンズだ。 ほんとだった。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 800 F8 1/1000 sec. -0.7 アポエルニッコール210mm F5.6は精密な科学写真を撮影するのに適している。 本物のアポクロマートレンズなので、色彩の再現性は完璧だ。 思想的には太いものがあるが、繊細で緻密な描写をする。 木の幹に映る強い影さえも意思と風情を構成している。
![]() アポエルニッコール 210mm F5.6の撮影姿
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 800 F8 1/250 sec. -0.3 夏の生命感まる出し。ただ緑の草木である。名前はないし誰も見ていない。 ましてや写真に撮るなんて人はいない。 アポエルニッコール210mm F5.6の精密描写にふさわしい被写体はただの草木かもしれない。 気配を写せるレンズはそうはない。 1970年代のエクタクローム64のような涼し気で品格ある写りが嬉しい。 アポエルニッコールの持つ優れたマイクロコントラスト特性がよく出ている絵といえる。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 800 F8 1/2000 sec. +0.3 乾いたクレイの小道。風の通り道でもある。 その先はよくわからない。 日常に存在する結界が見えてくるようになった。
![]() 本格派レンズ・シェード もともと暗室とか管理された光線下の室内で使用することが前提のレンズである。 レンズ前玉がかなり前に出ている。 野外で撮影すると予期しない光が前玉にかぶっている。 これではいくら超高性能レンズでも実力を発揮できない。 ぜひレンズ・シェードを付けたい。レンズフードではない。 ハレ切りには言葉の意味から言ってシェードである。 アポエルニッコール210mm F5.6はフィルター径が77mmである。 この径用のレンズフードを持っていない。 本格派であればムービーキャメラ用の非常に高価なレンズに装着するレンズ・シェードを付けたいところだ。 ハッセルブラッド用の蛇腹式レンズシェードもいいかもしれない。 でもここは夏涼しい黒い帽子を活用した。 こんな簡単なシェード(余計な光遮蔽装置)を使うだけで、写真画像のヌケは極めてよくなった。 ● 理想的アポクロマート 色収差その他の諸収差がほぼ完全に補正されている。 繊細な花の微妙な昭和浪漫ただよう色彩再現から、 ダイナミックな力強い、コダクローム64のような重厚なカラー表現もかるくこなす。 理想的アポクロマート。頼りになるレンズである。
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ダイナミック・アンド・エレガンス 1971年(昭和46年)6月。東京新宿に超高層ビル「京王プラザホテル」が開業。 そして理想的アポクロマートレンズ「アポエルニッコール210mm F5.6」の発売。 それから半世紀は50年が経過したいま。 写真暗箱の主流は、フィルム式の一眼レフからデジタル一眼レフへ、 そしてミラーレスデジタル一眼機に変わった。 だが絶対色音感を誇るレンズの色収差補正波長域は変わらず、 定年退職もせずに現役時代そのままの孤高のハイエンド最高解像力まる出しの働きをしている。 すこしは休んでください、と言ってはみたが聞いていただけなかった。
![]() APO EL 210mm F5.6, ASA 800 F5.6 1/640 sec. -0.3
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理想的アポクロマートレンズ ● あとがき 本記事の初稿は2020年8月にリリースしました。 レンズを入手してから実に17年越しの公開となりました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2020
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