船便で届いた大きな木箱
● ニコン工業デザインの美しさ レンズと一口に言っても、子供用虫めがねのチープな単玉レンズから、 高級カメラ用のレンズが何枚もぎっしり詰まった交換レンズまで様々だ。 そのレンズ界の頂点に君臨するのがここで紹介する工業用(産業用)ニコンレンズである。 世界で最も高い精度と優れた製造技術を必要とするのが半導体だろう。 その半導体を作るための半導体製造装置。 半導体製造装置の代表格、花形と言えば縮小投影型露光装置。 ニコン半導体露光装置(NSRシリーズ)用に専用設計されたレンズは投影レンズと呼ばれている。 正確な用語ではないが、ここでは雰囲気を出すために、あえてステッパーレンズと表記してみた。 スロバキアのニコン・スーパーエンスーであるマーチンさんから、 ニコンのステッパーレンズを入手したと連絡が来た。そう軽く言われても困る。 しかし困っている場合ではない。 どんなの?とよせばいいのに尋ねてみたところ、 続いて非常にレアなレンズコレクションの画像が多数届いた。 この機会に、精密の極点を超えたニコン工業デザインの美しさを紹介したい。 ● 木枠梱包 なにやら重量物の輸送仕様だ。木枠梱包というスタイルか。 まるで防弾仕様のような頑強な荷姿。木枠の仕事が美しい。 木枠梱包の重量はなんと50キロを超える。 この輸送は、大きくて重い貨物を扱うことができる大きな船会社に依頼したそうだ。 そもそもモノがモノだけに、国から国への輸送(輸出)は、そう簡単な話ではない。 中古のライカレンズを海外通販で購入するのとは事情が異なる。 このレンズの入手地ほかもろもろの入手にかんする話は、 クリティカルな情報を含むので、 英語版のオリジナル記事 でお読みいただきたい。
重量50キロを超える貨物
防弾仕様の頑強なパッケージ
ニコンステッパーレンズ入り
● ステッパーレンズ 二つの重量級レンズユニットで構成されている。その一つがこれだ。 重量は、30.5キロ。レンズユニット一つの重量である。 レンズユニットのガラス(レンズそのもの)部分の直径は 265 mm。 レンズユニット全体のサイズが、直径 380 mm、厚さが 92 mm。 サイズ比較のために、ニコン一眼レフカメラ用の交換レンズを置いてみた。 ニッコールオート 35mm F2。広角レンズである。 やはりデカい。圧倒的な存在感。精緻なレンズハウジングの機械工作技術。 日本刀のような美しさ。
サイズ比較のためのレンズが小さく見える
重量 30.5 キロ!
工業用ニッコールレンズの美
● 美しい金属加工
マーチンさんの率直な言葉が響く。
美しいデザイン
インダストリアル・マニュファクチュアリングの美
芸術と美の結晶
● レンズコーティング レンズの現物を手にして見たわけではないが、もっとも、重量30キロを超えるレンズなので、 ちょいと手で持つ訳にはいかないが、マーチンさんの印象が興味深い。 レンズのコーティングは、一般的な写真用のレンズとは大きく異なると言う。 ウルトラマイクロニッコールのコーティングに非常に似ているそうだ。 1960年代に市場に登場したウルトラマイクロニッコール。 それから約半世紀。 ウルトラマイクロニッコールより、 はるかに向上した光学性能を有するこれらの大型ステッパーレンズ。 ウルトラマイクロニッコールの優れた子孫であることに間違いはない。
ニコン・インダストリアル・デザインの極限美
いま世界で最もゴージャスなレンズ
● ゴージャスな凸レンズ もう一つ。二つ目のレンズである。 重量は、8.26キロ。レンズユニット一つの重量である。 レンズユニットのガラス(レンズそのもの)部分の直径は 255 mm。 レンズユニット全体のサイズが、直径 330 mm、厚さが 53 mm。 レンズ前玉の曲面に注目。なんとも巨大な凸レンズである。
ゴージャスな凸レンズ
重量 8.26キロ!
ニコン・ステッパーコレクター・ドリーミング
おだいじに
● ニコンミュージアム
企画展「世界最高解像度レンズの系譜 ウルトラマイクロ ニッコール」。
東京・品川のニコンミュージアムで、伝説の企画展が開催されたのは2018年のことだった。
会場入口には、半導体露光装置用の投影レンズの現物が展示された。 マーチンさんが所有するレンズと時代の雰囲気が似ているので紹介しておきたい。 ただし、マーチンさんが所有するレンズがニコン半導体露光装置のどのモデルに搭載されたかは不明である。 あくまで、このような投影レンズの一部だということで理解いただきたい。
会場入口で入場者を歓迎する超大型レンズ
半導体露光装置「NSR-S306C」用投影レンズ
開口数(NA)0.75、解像力はなんと 5,000本/mm(100nm) ArF エキシマレーザー(波長 193nm)を光源とする投影レンズ。 このレンズ以降、ArF(フッ化アルゴン)が半導体の量産工程に使用されるようになった。
警告!窒息注意 「内部は窒素で満たされています。窒素の供給を停止してから開けて下さい。」 との警告が明示されている。注意しないといけない。
美しい金属芸術 よく見ると手書きの文字が刻まれている。 鋭利なケガキ針か彫金たがねのような工具でスクラッチしたようだ。 4aN3とか読み取れる。
半導体露光装置「NSR-S306C」用投影レンズ
レンズ前玉 ● コレクターズノート ニコン半導体露光装置のコレクター向けの情報。 そんなの個人で買う人などいるのかと思われる方も多いと思う。 日本ではまだ少数派だと言えるが、こと海外、特に米国とヨーロッパに目を向けると事情は異なる。 米国の中古半導体製造装置販売会社であるCAE社などはこの分野で大きなビジネスを展開している。 たとえばここで紹介したニコン半導体露光装置「NSR-S306C」。 2001年の製品であるが、装置は巨大なハコだ。 ハコと言ってもそこらへんの都内のマンションより大きい。 投影レンズはその巨大なハコ筐体の中に納まっている。 ネットでe-bayの出品を見てみると、 NSR-S306Cの制御装置とか回路基板にセンサーユニット等々が出ている。 もう徹底的に分解されて、関連パーツとしてバラ売りされているのだ。 一定の需要はあるのだろう。 そのほとんどがイスラエルからの出品。理由は分からない。 ● 2トンクレーンを用意しよう これからステッパーレンズをコレクションしようとお考えの方にアドバイス。 ユニック車(クレーン付きトラック)とご自宅に天井クレーンの配備をおすすめします。 しかしながら、普通のファミリータイプマンションのエレベーターだと、 定員9名で最大積載重量が600キロ程度なので、レンズ1本を乗せるのは無理な話である。 無理だと言う根拠は、 Nikon Research Corporation of Americaの資料「Resolution and Optical Tool History」による。 1980年。ニコンが国産で初めて開発した縮小投影露光装置(NSR1010G、g線ステッパー)。 投影レンズの重量はわずか10kgだった。 それが2010年。ニコンのArF液浸スキャナーの投影レンズの重量は1,200kg。1.2トン。 レンズだけで重量は 1トンを軽く超えるのである。 下の画像は、2021年現在の製品ラインナップから。「NSR-S622D」の勇姿。 ここまで大きく育ってしまうと、投影レンズの重量はこわくて聞けない。 でも、集めるならば、これからはステッパーレンズの時代だ。 1トンや2トンのレンズがあってもいいぢゃないか。 ぜひコレクションしていただきたい。防湿庫には入りませんが。
一家に一台 NSR-S622D
謝辞 本記事を製作するにあたり、たくさんの貴重な画像を本記事のために撮影し提供いただいた、 スロバキア共和国のマルティン・モラオツィーク(Mr. Martin Moravcik)氏に感謝申し上げます。 まことにありがとうございました。 ● 記事のご案内
→
次の話題に行きましょう。
ショートカットはこちらからです。
第 0 章
トップページ
● マーチンさんスペシャル 本サイトでは、ほかにもマーチンさんのコレクションを紹介しています。
第 1 話
ニコン AS-1 マーチンコレクション
● あとがき 本記事の初稿は2021年6月にリリースしました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2021
|