![]() Tokyo Meeting Program ● ゲルマニウム・ニッコール ホワイトボードに 5月21日のプログラムが書かれている。 今月のミーティングのコンセプトは、スーパー・ディープ。 とにかくマニヤな話をしようということらしい。 濃ければよいというものではないが、薄いとつまらない。 工業用ニッコールレンズ研究家の秋山満夫が紹介するインダストリアル・ニッコールは、 ゲルマニウム・ニッコールです。
![]() 赤外線カメラ専用のニッコール・レンズなんです ゲルマニウム・ニッコールと聞いて、「ああ、あれね」とか、「それ持ってる」 という方は、スーパー・ディープの末期症状かもしれません。 じつはこのレンズは寄贈いただいたものなのです。 ニコン研究会の 2009年10月のレポート で、ゲルマニウム・ニッコールレンズの捜索依頼を出していたのです。
![]() 各種焦点距離のレンズを揃えていたとはエライ そしたら、まさかの連絡が2011年の 4月の終りにありました。 東京は葛飾区の長澤鷹行様から「ゲルマニウム・ニッコールレンズ持っている」との連絡が入り、 話の勢いで寄贈していただけることとなり、5月例会の直前に届いたのが、ニッコール27mm F1.2。
![]() ただものではない妖気を放つのはゲルマニウム温泉効果なのだろうか レンズには、妖しい可視光線を透過しない月の破片のようなコーティング。 サーマルビジョン LAIRD(レアード)3シリーズ用の交換レンズの 1本。 カメラの使用ディテクタは、41万画素 Pt Siショットキー型 ID CCD。 検出波長は 3〜5マイクロメートル。 観測温度範囲はマイナス 20度から 2000度。1996年の製品。
![]() 前玉は金属そのもの ● 龍さんのプレスコーナー 小秋元龍プロのプレゼンは、 まずは古い映画に見る地震の表現映像の検証から始まりました。 スクリーンに投影されたのは、米国映画に登場する地震のシーン。 東北大震災からわずかな時間しか経過していませんが、 タイムリーなニュースソースを中心に興味深い解説が続々と出てきます。
![]() 東北大震災におけるプレスの活動から映画に見る地震の映像表現
![]() 英国ウィリアム王子の結婚式を取材するプレスの作法を検証する小秋元プロ
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取り出されたのはプレスカメラの定番だったスピグラ
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昭和のプレスはスピグラなのだ
![]() ”縦位置”のこの構え方閃光電球のグリップは右手で保持(1957年) 上の写真を見てください。写真機は横位置ではないかと思う方もいるでしょう。 この点を小秋元プロに解説していただきました。
「昭和32年秋、小生がスピグラ(正確にはスピードグラフィックから
フォーカルプレーン・シャッターを省いたクラウン・グラフィック 4×5インチ)
を構えている写真は「横位置」ではなく「縦位置」の構えです。
上になっている右手の親指でフラッシュガン背面に付いているレリーズボタンを押すのです。
歩いてくる被写体の人物を縦位置全身で撮影するプレスカメラマン独特の構え方です。
距離を目測で 8フィートに固定して、
枠型ファインダーで人物がいっぱいに収まるところでシャッターを切ればピントは合っています。」
![]() プレスカメラマン(昭和二十九年) スピグラを持った時代のプレスカメラマン群像。 時は昭和二十九年(1954年)12月10日。 第一次鳩山一郎内閣成立の会見。まだ自由民主党が存在していない時局。 スピグラには閃光電球を使用するフラッシュユニットを装備。 毎日新聞社の中山浩記者だけがバッテリーを肩に電気ストロボに注目。 電気ストロボはこの当時最新兵器で非常に高額だったと聞きました。
![]() 日航スチュワーデスとソニートランジスタラジオ TR-63(1957年)
航空マニヤの方だったら、尾翼に鶴丸マークがまだない時代を語るでしょう。
この写真には物語があります。
語ると 2時間はかかりますので、
簡潔に知りたい方は、ソニーの歴史物語(タイムカプセル)のサイトをご覧ください。 そう、この歴史的写真を当時撮影したのが小秋元プロなのです。 機材はスピグラ。場所は羽田空港。 平和な大空の象徴である尾翼を背景に、光る閃光電球。 一発勝負の写真のキレは、いまでも新鮮に時代の空気を再現しています。 ● 記事のご案内 画像の上で左クリックすると、大きいサイズの画像を表示できます。 細部までを確認したい方はどうぞ拡大してご覧ください。 → では次にいきます。 第 2 章 ニコン計測器と藤井レンズ ショートカットはこちらからです。
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