![]() さてどこから説明しましようかと寺田茂樹氏 ● 長崎チョーコー醤油の研究 さて、プログラムはさらなるスーパー・ディープの世界に突入します。 ニコン研究会望遠鏡専門部会の寺田茂樹研究部長の研究報告が始まりました。 「長崎チョーコー醤油の研究」。 はて、なんというタイトルでしょうか。 以下は、寺田茂樹研究部長の解説でまとめたいと思います。
![]() 徹底的に分解された各パーツ 九州には独自の醤油文化があります。 あの甘い醤油は、九州の海の魚や豚に大変よく合います。 その中で長崎県のチョーコー醤油は、長崎っ子なら知らない人がいない有名ブランドです。 チョーコー醤油株式会社(販売担当)とその製造会社である長工醤油味噌協同組合は、 古くから小さな工場が独自に育んできた長崎の醤油味噌製造を統合し、 昭和16年に長崎醤油味噌醸造工業組合として長崎市内に設立されました。 この双眼望遠鏡は、 長崎市西坂町にあったその工場に戦後すぐから伝わり、 現在は大村工場にて展示されていたものです。 ニコン研究会の寺田が、1年ほど前にこの双眼望遠鏡の姿を 「なぜ?この双眼鏡がここに?」という記事で発見し、 チョーコー醤油様にレストアと研究のための借用を申し出したところ、 二つ返事で快諾され、東京支社まで現物を届けて下さいました。 検索ワード:出会ってビックリした双眼鏡です なぜ?この双眼鏡がここに?
![]() NIKKO 製架台(再塗装済み)後ろに水平方位目盛環 その後半年を掛けて分解が完了、現在ほぼ塗装が仕上がりました。 この組み立て前のまたとない機会に ニコン研究会一同で研究しようというのが今回の趣向です。 そんな経緯でここにチョーコー醤油様所蔵の双眼望遠鏡があるのです。
![]() オリジナル状態の銘板(榎本光学精機製作所製) 従来の塗装を剥離して調べたところ、双眼鏡の銘板が出てきました。 榎本光学精機製作所製 15倍 4度 10糎 70度 高角双眼望遠鏡 製造番号 2011です。 多分昭和17年(1942年)製です。 ですが、架台の方は何と、日本光学工業株式会社製 No.3925です。 多分昭和14年(1939年)製です。 もとの基本設計が日本光学の手になるもので、かつ、それなりに互換性が確保されていたため、 こういう入れ替えや融通は当時よくあったようです。
![]() 銘板は榎本光学だが架台は日本光学製
![]() 対物レンズまわりの主要パーツ 写真左から対物鏡押さえねじリング、エキセンリング、 対物鏡とエキセン付対物鏡セル、引出し式フード、対物鏡部外筒です。
![]() 精巧な設計による目幅調整機構まわり 本体、目幅調整機構カバー、70度 Roofプリズムケース、目幅調整軸受けリング、 Rhomboidプリズムケース、接眼鏡ケース、接眼鏡セルです。 本体奥に少し見えているのが目幅調整機構に使う、八の字に掛ける鋼製ベルトです。
![]() 接眼部まわりの重要パーツ 続いて接眼鏡目側レンズ、視度調整環、目当てゴムホルダです。 接眼鏡は日本光学 砂山角野氏特許の 60度広角接眼鏡です。
![]() 美しい 70度 Roofプリズムと Rhomboidプリズム よく見ると、Roofプリズムには 2011左と 2011右との鉛筆書きが見えます。
![]() フルレストアの進行状況を説明する寺田茂樹氏 部品点数は約 100点
塗装とそれについて類推できることについてひと言。 このことより、この双眼望遠鏡は終戦間際まで長崎市を防衛していた 高射砲第134連隊または防空第24連隊所管の金比羅山や稲佐山高射砲陣地か近くの見張り所や、 当時、統制物資であった味噌醤油工場の防衛のために工場に設置されていた、 または陸軍が管理していた艦船に搭載されていたのではと考えられます。 ただし金比羅山や稲佐山などでは爆心地から 2kmなので、 こんなにきれいに残ってはいないと思います。
![]() ずらり並んだ精密パーツの全貌 この国防色は錆びて引き出せなくなっていた対物フードの下、 外筒の上にきれいに残っていました。 今回はそのような経過に敬意を表し、 それにできるだけ丁寧に色合わせ、つや合わせをして塗装しました。 近いうちに組み上がりましたら再度お披露目と詳細研究発表予定です。 ● 記事のご案内 画像の上で左クリックすると、大きいサイズの画像を表示できます。 細部までを確認したい方はどうぞ拡大してご覧ください。 → では次にいきます。 第 4 章 NIKKO 対空高角双眼望遠鏡 ショートカットはこちらからです。
第 0 章
トップページ
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2011, 2025 |