Nikon Ophthalmic Camera AS-1 Lenses

日本臨床眼科学会

ニコンオフサルミックカメラ AS-1 のレンズについてさらに詳しく調べてみた。 しかしながら、 一般の民生用カメラやレンズならばともかく、医療用となるとなかなか先に進めない。 フレンドのプロの研究者らに相談してみた。

医学系学会誌コレクターでもあるドクターの John Doeさんから 参考文献をどっさりお借りすることができた。 1970年代末から1980年代中頃にかけてすべて40年前の学会論文誌だ。 Google Scholar でも使えば世界の論文が簡単に検索できてしまう昨今だが、 研究者の眼でセレクトした論文、しかも紙の論文は重さが違う。 記事の末尾に参考文献としてリストした。

以下の図は日本臨床眼科学会の学会誌「臨床眼科」の 33巻5号(1979年5月)より引用させていただいた。 論文のタイトルは「高解像力スリットランプ写真撮影の臨床的応用 (その1)試作機の構成と実験成績」である。 ニコンオフサルミックカメラ AS-1 で撮影した実写作例が掲載されている。 著者にお名前を連ねている小田 治雄氏は日本光学工業株式会社の方である。 (文献 1 を参照)

L : 対物レンズ P : ポロプリズム
E : ビューファインダー F : フィルム
C : カメラ  

写真装置の光学系
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対物レンズのレンズ構成図

ニコンオフサルミックカメラ AS-1 専用の2本のレンズ(対物レンズ)について レンズ構成図を拡大してみた。 対物レンズと称されているので装置は顕微鏡の扱いである。

ニコンF2の6倍特殊ファインダー部が接眼レンズと解釈すると対物レンズと言われてもなじむが、 ニコンFマウントなのでPB-4などのベローズ装置にマウントされた姿を見ると、 マクロレンズと言われた方がカメラファンには収まりがよい。

5倍対物レンズの構成図
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5倍対物レンズは5群7枚構成である。10倍対物レンズは6群11枚構成である。 最高級顕微鏡のプランアクロマート対物レンズやプランアポクロマート対物レンズのような雰囲気。 砲金製のバレルにレンズがぎっしり詰まっているので重たいわけだ。

10倍対物レンズの構成図
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文献によってはレンズ構成図が異なる。 ここに示す文献 1 では10倍対物レンズは6群11枚構成となっている。 しかしながら、文献 2 と 文献 4 に掲載されている図では10倍対物レンズは6群10枚構成となっている。 なお文献 5 には5倍対物レンズの構成図が掲載されているが、シンプルな3群3枚となっており、 これは簡単な概念イメージ図という扱いなのだろう。

レンズの解像力

文献 5 、1985年の日本眼光学会誌 6 (1) 85ページに「対物レンズの性能」 と題された表が掲載されていたので、以下に引用させていただいた。 10倍対物レンズの解像力は 800本/mmと驚異的な性能が示されている。

論文によって解像力の性能数値が異なる。 文献 3 、 1979年の 日本眼科学会雑誌 83 (7) 313ページに「対物レンズの性能比較表」 と題された表が掲載されているが、 10倍対物レンズの解像力は 1150本/mmと ウルトラマイクロニッコール並みの性能が示されている。 40年以上昔の話なのでどちらがどうなのか確認する術がない。

対物レンズの性能
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上の表にズームレンズを見ることができる。 この1985年当時には後述するがニコンオフサルミックカメラ AS-2 の試作が完成していた。 ズームレンズの焦点距離は 102.7mmから78.7mm。 倍率だと 1.5倍から 3倍。あくまで対物レンズである。

1.5倍の開放絞り値が F6.3。 これを当時のフィルム式一眼レフカメラによるマクロ撮影環境で使用するとなるとかなり暗い。 現在のニコン Z シリーズのようなフルサイズ高級ミラーレス機の優れたファインダーであれば、 光増幅アンプで明るく、かつ強化現実システムのような画像拡大機能でピント合わせは劇的に改善されているが、 当時はどうだったのだろう。

このズーム式の対物レンズは市販されたのか、 あるいは試作だけで終わったのかは、製品カタログや価格情報が今のところ未確認なのでわからない。 しかしながら後述するAS-2用の専用ファインダーのみが米国のオークションで複数出現しているのを確認しており、 数こそ少ないが眼科医の現場で使用された可能性も否定できない。

ニコンオフサルミックカメラ AS-1 の広告

時代の広告を見ることで製品の立ち位置や背景を理解することができる。 ニコンオフサルミックカメラ AS-1 の広告は、やはり眼科専門の学会誌に掲載されていた。

画像上でクリックすると大き目の画像が表示されるのでよく説明文を確認していただきたい。 1979年の広告では、対物レンズは 5倍と 10倍の2本である。 1981年の広告には、対物レンズは 2倍と 5倍、それに 10倍の3本となっている。

特約店は、東京都千代田区丸の内にある「株式会社高田巳之助商店」。 関西エリアは大阪市阿倍野区の「大坂眼鏡株式会社」。 特約店の商号を見ただけで昭和のダイナミズムを感じる。

左 : 1979年                     右 : 1981年
ニコンオフサルミックカメラ AS-1 の広告

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広告は以下の日本眼科学会雑誌から引用させていただいた。
1979年(眼科 21 : 320, 1979)
1981年(眼科 23 : 480, 1981)

ニコンオフサルミックカメラ AS-2

文献 5 、1985年の日本眼光学会誌 6 (1) 85〜88ページに渡り 「オフサルミックカメラ(Nikon AS-2)による前眼部撮影について」 と題された論文が掲載されている。

ニコンオフサルミックカメラ AS-2 の存在は、ニコンの社史(75年史、100年史)に掲載されておらず、 この論文を見た時は新発見!と驚いたものだ。 論文には「写真撮影専用の改良型オフサルミックカメラ(AS-2)を試作した」と述べられていることから、 試作機の写真画像である。

時代は1985年ですでにニコンF3の発売から5年が経過している。 装置にマウントされたカメラはモータードライブ付きのニコンF3である。 一般市販民生用には見られないビッグファインダー(拡大ビューファインダー)が乗っている。 ニコンF2用の6倍拡大ファインダーに比べて、さらに大きくなっているようである。

この写真画像で注目すべきはマウントされているレンズである。 普通のAIニッコールのように見える。 鏡胴まわりの銀のリングは一眼レフカメラ用ニッコールレンズのそれと同じようだ。 実はこのレンズこそ、ニコンオフサルミックカメラ AS-1/AS-2 用の専用ズームレンズなのだ。 レンズ鏡胴にはズーム比を示す、1.5X、2X、2.5X、3X が刻印されている。 絞りのリングには F4から F32まで、普通のAIニッコールのように刻印されている。 後玉はマウント面よりおしりが少々長い。

非常に珍しく貴重な画像なので、文献 5 の当該ページから、 ニコンオフサルミックカメラ AS-2 の姿画像を、以下に引用させていただいた。

ニコンオフサルミックカメラ AS-2
Copyright (c) 1985, Nippon Kogaku K.K. All Rights Reserved.

前に掲げたレンズの解像力を示す表のとおり、 ズーム式の対物レンズがリストされている。 ズームレンズの焦点距離は 102.7mmから78.7mm。 倍率だと 1.5倍から 3倍。 論文には臨床成績としてこのズームレンズで撮影した所感が述べられているので、 レンズ試作機の現物が存在していたことが裏付けられる。

文献

文献 1
野寄 喜美春・糸井 素一・千代田 和正・小田 治雄 : 高解像力スリットランプ写真撮影の臨床的応用(その1)試作機の構成と実験成績. 臨床眼科, 33 (5) : 617-620, 1979. 日本臨床眼科学会

文献 2
大野 慶周・千代田 和正・出口 達也・小田 治雄・田尾 森郎 : 高解像力スリットランプ写真撮影の臨床的応用(その3)角膜内皮細胞の撮影(非接触型). 臨床眼科, 33 (6) : 43-45, 1979. 日本臨床眼科学会

文献 3
森川 明・前田 耕志・金子 襄・千代田 和正 : 高倍率細隙燈顕微鏡の開発とその臨床的応用. 日本眼科学会雑誌, 83 (7) : 312-317, 1979. 日本眼科学会

文献 4
矢部 京子・大野 慶周・千代田 和正 : 非接触型角膜内皮写真撮影の臨床応用について. 日本眼科学会雑誌, 84 (9) : 207-211, 1980. 日本眼科学会

文献 5
原 和彦・蓮沼 敏行・小田 治雄・山田 健司 : オフサルミックカメラ(Nikon AS-2)による前眼部撮影について. 日本眼光学学会誌, 6 (1) : 85-88, 1985. 日本眼光学学会

記事のご案内

 さらに次にいきましょう。   第 3 章  オフサルミックカメラ AS-1 の写り

ショートカットはこちらからです。

第 1 章      ニコンオフサルミックカメラ AS-1
第 2 章      ニコンオフサルミックカメラ AS-1 のレンズ
第 3 章      ニコンオフサルミックカメラ AS-1 の写り
第 4 章      ニコン AS-1 マーチンコレクション

あとがき

本記事の初稿は2020年10月にリリースしました。

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