ニコンオフサルミックカメラ AS-1
● カナダのマイクさんのお尋ねレンズ いまからはるか昔。14年前の話である。2006年6月30日のことだった。 カナダのニコン歴史研究家、マイク・サイモンズ氏より、 よくわからないニコン製レンズがあるので調べてほしいとの連絡が入った。 第一報に続いてレンズの外観の写真数枚とマイクさんが分かる範囲でまとめた資料が送られてきた。 マイク・サイモンズ氏は、大戦中の写真偵察用航空写真機及び搭載レンズ、 エックス線間接撮影用レンズ(レグノ・ニッコールなど)に詳しい研究家だ。 さっそく手持ちの資料などを調べてみたが、なにも情報を見つけることができなかった。 これは手ごわい。 それではと分かる人に教えていただくことにした。 さっそく本サイトで「 カナダのマイクさんのお尋ねレンズ 」という記事を公開した。2006年7月8日のことである。 このレンズについてご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。 このレンズの本来の用途、いつごろの製品か、当時の価格など、一部でもご存知のことを教えてください。 全世界に向けて「INFORMATION WANTED, I NEED YOUR HELP!」と叫んでみた。
よくわからないニコンのレンズ ● 二人のお医者さん 記事を公開して約半年が経過した。2006年12月13日のことだった。 九州大学医学部眼科の吉川 洋先生から重要な回答が届いた。 お尋ねのレンズは細隙灯撮影カメラ用のレンズとのことだった。 先生のお話によると、 「角膜、水晶体、などの撮影をするとき、細隙灯といって、斜めからスリット状の光をいれると、 ちょうどカーテンの隙間から朝日がはいると、部屋の埃が浮き立って見えるように、 眼内の濁りなどがよく見えるため、斜めから縦長のスリット状の光をあてて正面から観察、 撮影する、というのをよく行う。」とのことだった。 手書きの図解入りで詳しく説明してくださった。ありがとうございました。 続けて年が明けて2007年1月24日のことだった。 福岡県で内科開業医をされている桑原恒治先生から重要な回答が届いた。 眼科用の特殊レンズであること、ニコンカメラ販売の知り合いの方に問い合わせて資料を送るとのことだった。 2日後に日本語版カタログのコピーがpdfファイルで届いた。発売当時の価格情報も添えられていた。 カメラ店で販売しているような製品ならともかく、眼科医療機関向けの極めて限られクローズされた世界の製品だ。 カタログはニコン社内に一部しか残っていないものを探してくださったとのことだった。 価格情報というのは時代背景と製品の立ち位置を理解するのに極めて重要な情報なのである。 ありがとうございました。 ● アンサー記事 さて、ここまで情報が揃ったのですぐにでもアンサー記事を書く体制に入った。正確には入ろうとした。 しかしながら、もうすこし待てば、さらなる情報が入るかもしれないと思った。 すこし待つことにした。それから1週間過ぎ、1か月過ぎ。 すこしどころかなんと1年が過ぎてしまった。 1年経っても二人の日本のお医者さんからの情報以外は皆無なのである。 1年、2年、3年。待つのもいいけど気が付いたら10年が経過してしまった。 いぜんとして二人の日本のお医者さんからの情報以外は皆無のまま。 だいたいこの趣味の世界は知らないので教えてほしいとお願いすると、 冗談抜きに全世界から回答が来る。それがまったくないのである。 かなり手ごわいというか、これ以上に情報を求めるのは無理な話と思うようになった。 そして記事化に手がつかないまま、ついに14年目に突入した2020年。 13〜14年前にいただいた二人の日本のお医者さんからの情報以外はいまだに皆無のまま。 ほんとに全世界レベルで皆無。情報が無い。 さすがにこのまま50年を待つわけにはいかない。 現在入手できている世界最高峰の史料を駆使してここにアンサー記事をまとめることにした。 ● 製品カタログを見る 前置きが長くなったが、結論は1行足らずだ。 このレンズは「ニコンオフサルミックカメラ AS-1」の専用レンズ(対物レンズ)である。 簡単に言うとこれで終わってしまうが、そうはいかない。 まずはニコンの社史で製品のバックグラウンドを確認してみた。 ニコン75年史の346ページに説明があるので原文のまま引用させていただいた。
ニコンオフサルミックカメラ AS-1の発売は昭和54年(1979年)2月ということが判明した。 次に、製品のカタログをご覧いただきたい。 昭和54年(1979年)9月15日に日本光学工業株式会社眼鏡事業部が発行した、 世界に一部しか現存していない(と思われる)貴重な史料だ。 全4ページである。画像上をクリックすると拡大表示するので判読できると思う。
ニコンオフサルミックカメラ AS-1のカタログ(クリックで拡大します)
● カタログを読む 日本語を世界の各種自然言語に機械翻訳したい方に向けて、 カタログの原文をそのまま文字起こしした。 高倍率、高解像の前眼部撮影装置 角膜内皮細胞を、生体のまま撮影するために開発されたオフサルミックカメラAS-1。 高倍対物レンズ、高出力のスリットフラッシュ照明の採用により、高倍率の角膜、 虹彩あるいは水晶体のスリット写真撮影を可能にした画期的な撮影装置です。 さらに非接触ですから、より自然で優れた撮影結果が得られます。 各操作部は入念に仕上げられ、高性能な写真専用機でありながらコンパクトに設計されているなど、 操作性も十分考慮されています。 臨床用としても、これからの眼科分野にぜひ、ニコンオフサルミックカメラAS-1をお役立てください。 各部の名称
気付いたことをすこし。 文字起こしは原文のままであって、すべてカタログに記載されている表記に従っている。 モータードライブではなく原文のままモータドライブとした。 技術者の方が原稿を書いたのがバレバレである。 コンピューターではなくコンピュータ、ロッカーではなくロッカ、モーターではなくモータ。 大手製造業企業では日本工業規格に準じた社内規格があった。 文書の書き方も技術文書作成基準とかで規定されていた。 外来語のカタカナ表記は厳格に注意されたものだ。 でもファインダではなくファインダーになっている。 ホルダではなくホルダーになっている。まだある。 まあカタイ話は抜きにしよう。なにせ40年以上昔の古文書である。 ● オフサルミックカメラ AS-1の特長 カタログの文章を原文のまま文字起こしした。 レンズやファインダーの外観写真画像は マイク・サイモンズ氏のコレクションから氏が撮影したものを掲載している。 ●高解像の対物レンズ(5倍、10倍)を採用 撮影不可能な角膜内皮の微的構造も、 高解像 10倍対物レンズにより非接触で簡単に撮影できます。 5倍対物レンズは、前眼部の幅広い撮影に最適です。
5倍対物レンズ
10倍対物レンズ ●明るく見やすい特殊ファインダーを採用 高倍撮影用に特別に開発した 6倍の特殊ファインダーを採用。 対物レンズとの組み合わせにより、30倍、60倍の高倍率の像が観察できます。 また、ファインダースクリーンには、計測用十字線入りスクリーンを採用しています。
6倍特殊ファインダー
計測用十字線入りスクリーン ●一瞬を適確に捕らえるシャッターボタン 高倍撮影では、ことに細かいピント合わせが必要。 ジョイスティック上端のシャッターボタンが、モータドライブとの連動により、 ファインダーが捕らえた鮮明な画像をのがさず記録します。 ●ハロゲンランプを採用 観察光源には 6V30Wハロゲンランプを採用。 シャープで明るいスリット像をつくります。 ●ニコン独自のダブルスリットシステムを採用 スリット幅、高さを 0〜10mmまで自由に変えられる縦横ダブルスリットシステムを採用。 それぞれ 90度まで傾斜でき、患者の眼 360度、スリット照明できます。 ●特殊撮影用の帯状絞りを採用 開口絞りによるスリット系の明るさと焦点深度のみならず、 縦スリットでスリット像の焦点深度を深くして光量ロスを少なくしたい場合の帯状絞りも用意されています。 ●撮影用に高輝度ストロボを採用 写真撮影用の光源には 280V/500WSの高輝度ストロボを採用。 出力は 5段階の調整が可能です。 ●本体に粗微動機構を採用 わずかな本体の位置ずれも高倍撮影には大きな影響を与えます。 基準位置調整のため、撮影系前後動ハンドル、クランプハンドルを採用。 ピントや回転中心の位置出しが可能です。
6倍特殊ファインダーの極めて大きいアイピース部に注目 ● テクニカルデータ (1)照明系
(2)撮影系
(3)架台
(4)電源部
(5)高さ
(6)重量
前眼部撮影装置のカメラと専用レンズ ● 当時の価格 まずは当時の広告を精査してみた。 とうぜんカメラ毎日、アサヒカメラ、そして日本カメラの広告にはモノがモノだけに出てない。 日本臨床眼科学会の学会誌「臨床眼科」に掲載されたニコンオフサルミックカメラ AS-1の広告を追ってみた。 1979年(眼科 21 320 1979)の広告では、対物レンズは 5倍と 10倍の2種類のみである。 2倍対物レンズは1979年のカタログにも掲載されていないので、後から発売されたのだろう。 1981年(眼科 23 480 1981)に掲載された広告では、 対物レンズに 2倍が加わり、5倍、それに 10倍の3種類となっている。 おそらく価格は1981年当時のものと思われる。ニコンで調べていただいた情報である。 1981年当時はまだ消費税が導入されておらず物品税を含む価格である。
ニコンオフサルミックカメラ AS-1 セット1
ニコンオフサルミックカメラ AS-1 セット2
ニコンオフサルミックカメラ AS-1
● 記事のご案内 → では次にいきましょう。 第 2 章 オフサルミックカメラ AS-1 のレンズ ショートカットはこちらからです。
第 1 章
ニコンオフサルミックカメラ AS-1
● あとがき 本記事の初稿は2020年10月にリリースしました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2020
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