Shinjuku Tokyo
Shinjuku City View ● 新宿 新宿駅西口に上陸した。まずはニコンプラザ東京を表敬訪問。 時局ニコン Z fc のコンセプト・ルーム・スタジオが明るい。 ニコン Z 9 の説明会を開催中だった。 予約はしていなかったが、スタッフの方からお声がかかり、 詳しい説明をしてくださりパンフレットもいただいた。 お礼にニコン Z fc のコンセプト・ルームで、 EL ニッコール 105mm F5.6N の姿撮影を敢行した。
Nikon Z fc Concept Room Studio in Shinjuku
NIKON PLAZA TOKYO
Nikon Tokyo Service Center
EL Nikkor 105mm F5.6N
Nikon Z fc on Sale (注)撮影にあたっては黒服スタッフの方にお声掛けして許可をいただき、 一般のお客さんほか人物が特定できる写り込みがないように撮影した。 取材日は 2021年11月中旬平日の様子であって、コーナーのセットや展示内容は変わるのでご注意いただきたい。 ● コクーンタワー 新宿西口に立つ。 みな同じような高層ビルが建ち並ぶなかで、いまでも目立つのが繭タワービル。 周辺はまた再開発が始まったようだ。景観はいつもどこか工事中なのである。 重機が動いている。鉄が働くサウンドに人混みもメトロポリスのダイナミズム。 シャープな建造物は、EL ニッコール 105mm F5.6N の得意とするところだ。 レンズ鏡胴にある絞り値表示窓を黒パーマセルテープで遮光して撮影した。
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 100 F8 1/800 sec. -0 +0
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 100 F8 1/640 sec. -0 +0 スコーンとヌケのよい精密描写。鬼のように解像している。 工業用ニッコールレンズらしい自然なしぐさで、 異次元の高品質画像をあっさり叩き出すのだから頼りになる。
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 100 F8 1/640 sec. +0.3
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 100 F8 1/1000 sec. -0.3
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 100 F8 1/640 sec. -0 +0
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 200 F8 1/800 sec. -0 +0 新宿歌舞伎町、思い出横丁。絵になる情景と人の流れが魅力だ。 しかし写真撮影ではどうしても人の写り込みが避けられない。 スナップショットでも問題となる昨今の事情。 ウェブに掲載するとなると無用なトラブルは避けたく、引いたロングか、 レンズは人の気配がないビルの上部にフォーカスした写真ばかりとなった。 ● 東京都庁 東京都庁第一本庁舎のようにエッジが立った建造物は、EL ニッコール 105mm F5.6N と相性が良い。 澄んだ冷涼な空に光の粒子が見える。シャキッとした描写が心地よい。 以下の 7枚の画像はすべて、レンズ鏡胴にある絞り値表示窓を意図的にまったく遮光せずに撮影した。 絞り値表示窓を遮光しなくても、写真画像になんら影響が出ないことを示すための実証実験となった。
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/1250 sec. +0.7
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/800 sec. +0.7
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/4000 sec. -0.7 センサー汚れのチェックテストのような青空を絞り込んだ画像であるが、 あえて3段の明暗差のあるシーンを選んでみた。ご覧の通り問題なく撮影できた。 絞り値表示窓を遮光しなくても、漏光による光カブリとか画像品質の低下がまったくないことがわかる。
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/1000 sec. +1.0
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/1000 sec. -0.7
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/5000 sec. -0.3
EL Nikkor 105mm F5.6N, ASA 400 F8 1/2000 sec. -0 +0 なにも味付けのないのが工業用ニッコールレンズの魅力だ。 カラーリバーサルフィルムで撮ったような雰囲気と情緒が出た。 色彩設計はベルビアではなく、世界で隆盛を極めた頃のコダックの名品、 コダクローム64のような透明だが重厚な色調である。 ● 思い出横丁 新宿西口のただ広いだけの荒野に日本初の超高層ホテル 「京王プラザホテル」が1971年6月に開業したのをリアルタイムに見てきた。 大学生になったばかりの当時18歳の私には入るきっかけがない。 初めて中に入れたのは翌年1972年11月のことだった。 クラスの写真家志望の N口君と京王プラザホテルの1階にあったニコンサロンに向かった。 ところが正面玄関で制服のドアマンに呼び止められた。ドレスコードに抵触したようだ。 私はたぶん問題なかったと思うが、 N口君は Gパンに米軍払下げのオリーブドラブ色のミリタリーポンチョを羽織っていた。 さらには肩と首からペンタックスのSLとSPで完全武装。 しかも反体制の象徴のブラックボディ。 たしか「ニコンサロンの写真展を見るだけです」とか説明して入場できたのだと思う。 ドアマンはとても穏やかにやんわりと、しかしあやしいやつは入れないとの職業意識に、 さすがは一流ホテルだと二人は妙に納得したのを覚えている。 現在ではあり得ないが、1970年代初頭、 いわゆる高級なグランドホテルなど場所によってはジーンズはダメな大人の格式の世界と時代があったのだ。 なおこの時の写真展のテーマは石仏と渋い。 N口君はその後、職業写真家として TBSブリタニカ刊行の経済書の表紙写真の仕事で活躍していたが、 横浜で町の写真館の主人となった。 七五三の撮影が得意だと言う。家族揃いの記念写真とかで盛況と聞いた。 もうミリタリーポンチョは着ていないらしい。 ● 記事のご案内 すべての場面において、画像の上で左クリックすると、大きいサイズの画像を表示できます。 細部までを確認したい方はどうぞ拡大してご覧ください。 → では次のお話。 第 3 章 ニコン Z 写真帖 2 ショートカットはこちらからです。
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