The Ultra Micro Nikkor Super Lenses Nippon Kogaku Japan The Legend Revived ● スーパー・ハイリゾリューション・レンズ 日本が世界の頂点を目指して、上昇気流に乗り突き進んでいた1960年代。 日本光学工業株式会社は、当時最先端の半導体製造装置開発のパイオニアだった。 日本が経済の分野で世界の頂点を極めた時代もじじつとしてあった。 そして一つの時代が過ぎ、2000年代に入ると、 世界中のニコンカメラやニッコールレンズの熱狂的なファン(エンスージアスト)は、 ウルトラマイクロニッコールを探したものだ。 もしこの歴史的工業文化遺産であるウルトラマイクロニッコールを手にできれば、 その偉大な魅力を理解できるはずだ。 そして、その魅力と魔力にやられてしまうだろう。 そう信じたものだ。 そして2020年代。令和の時代である。 私の友人の科学者は、こういったスーパーレンズを持って深い海の底6500メートルで暮らしている。 彼もまた美しいスーパー・ハイリゾリューション・レンズにはまってしまった。 効率とか利益とかまるで無視。 機能を実現するためだけの設計指標。 高額で今となっては時代錯誤なのか。 歴史的工業文化遺産であるスーパーレンズは超絶的に美しい。 正統派カメラファン、シリアスなフォトグラファーであっても、 美を追求するデジタル詩人の気分を理解できるならば、こちらの世界に来るしかないだろう。 ● ウルトラマイクロニッコール・ファミリー スーパー・ハイリゾリューション・レンズがここにいる。 深い海のように超絶的に美しい。 そして、音速を超えて転がり去る巨大な岩石のように強い。 このウェブサイトは ウルトラマイクロニッコールと時代の極超解像力レンズのパラダイスなのだ。 ひかくてき安全なので安心してご覧いただきたい。
ウルトラマイクロニッコール・ファミリー
ウルトラマイクロニッコール・ファミリー ● 君を忘れない 本ウェブサイトを開設した2001年当時。 ウルトラマイクロニッコールにかんする情報はほとんど皆無だった。 文献にもほとんど登場しないし、雑誌で紹介されることもまだまだ少ない。 コアな雑誌「写真工業」の1960年代のバックナッバーに数行程度の紹介記事を見る程度だった。 もちろんネットでは検索にもかからない。 ウルトラマイクロニッコールが一般の雑誌に系統的に紹介されたのは、 雑誌カメラレビュー「クラシックカメラ専科」が最初だったと記憶している。 No.69 特集「レンズコレクション」2003年9月発行。 さらには以下で説明するが、2009年に東大駒場博物館で特別展「小穴純とレンズの世界」展が開催された。 2018年にはニコンミュージアムで「ウルトラマイクロニッコール展」が開催された。 ネットでは、デジカメWatchに詳細のレポートが出たりと、その存在が多くに知られるようになった。 古くはごく一部のハイエンドレンズマニヤだけが語り継いできたレンズだったが今では違う。 それにしても、このレンズたちのコーティングの色。コーティングの硬度。 そして沈むようなレンズの透過性。 日本刀のようだ、と形容したマニヤがいた。 ウルトラマイクロニッコールには、この形容が正しい。 研ぎ澄まされた緊張感と対峙するのが、オーナーの義務となる。 そんなレンズが、日本が生んだ極超高解像力レンズ、 日本光学が世に出した唯一の理想レンズ、ウルトラマイクロニッコールなのだ。 忘れてはいけない。 一時代を築いた日本の半導体産業の礎に、 伝説のウルトラマイクロニッコールの存在があったことを。 彼らからは一言も自慢めいた話を聞いたことがない。 おごらず、語らず、孤高の精神。恩を忘れるようじゃ日本は廃る。 君を忘れない。 ● 特別展「小穴純とレンズの世界展」のこと ウルトラマイクロニッコールを語る上で基本となるバックグランドを案内しておきたい。 2009年の夏。いまは伝説となった展覧会が、東京は駒場で開催された。
特別展「小穴純とレンズの世界」展
小穴純先生と非常に関わり合いの深いウルトラマイクロニッコールの開発物語が、
日本では初めて、世界でももちろん初めての企画展として展示公開された。
私は、当局の許可を正式に得て、写真取材を敢行した。
さらに、ウェブサイトへの掲載承諾書をいただき、以下にレポートを掲載した。
ウルトラマイクロニッコールの時代背景を俯瞰するために、ぜひこのレポートを参照いただきたい。
東京大学駒場博物館 ● ニコンミュージアム企画展のこと 伝説の「小穴純とレンズの世界」展から9年。ついに家元のニコンが動いた。2018年。 まさかと思ったが、 ニコンが本気で時代の産業歴史遺産であるウルトラマイクロニッコールについて、 弩級の秘蔵現物史料を公開したのである。
企画展「世界最高解像度レンズの系譜 ウルトラマイクロニッコール」
会期中は「ウルトラマイクロニッコール展」と呼ばれ、SNS等で非常に大きな反響があり話題となった。
私は開催期間中に何度が足を運び、ニコンミュージアムのキュレーターの方々にお話を伺い、レポートにまとめた。
ウルトラマイクロニッコールの全体像と、その発展の過程を理解するためにも、ぜひとも参照いただきたい。
ニコンミュージアム ● 晴れの舞台で記念写真 ひさしぶりにウルトラマイクロニッコール・ファミリーの集合写真を撮影した。 日本の晴れの舞台の様式美は緋毛氈(ひもうせん)に金屏風。 緋毛氈は慶應義塾大学謹製。金屏風は京都の老舗人形店から取り寄せた。 舞台の設えも出来た。役者も揃った。
ジャパントラッドな緋色に佐渡の山吹は砂金色の金屏風が映える結界
ウルトラマイクロニッコール・ファミリー
● 2020年のあとがき オリジナルのコンテンツは2001年10月に書いたものです。 2016年の全面見直しにより、緋毛氈に金屏風の晴れの舞台で記念写真を撮り大幅に書き直しました。 2019年の改版では、ウルトラマイクロニッコールに関する博物館展示のご案内を直しました。 東大駒場博物館、ニコンミュージアム、それぞれの展示について詳細レポートへのリンクを置きました。 2020年の改版では、2020年の視点で見直し全体の改訂を行いました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2001, 2020
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