EL Nikkor 63mm F2.8N    1

EL ニッコール 63mm F2.8N

明るくて新しい EL ニッコール 63mm F2.8N の話である。 明るいと言っても開放F値は F2.8。 新しいと言っても昭和55年に発売されたレンズだ。 昭和55年と言っても 10代の隠れ RED BOOKファンの方にはいつのことだかわからないと思うが、 前世紀は 1980年のことである。はるか昔の 40数年前なので立派に古い。

書斎に設置されている北海道民芸家具の大型キャビネットからレンズを取り出した。 デッドストック新品未使用品で買ったのはずいぶん昔のことだった。 長く待機していたが、ニコン ゼットの登場で急にお呼びがかかり、 私の中では第一線で活躍している。

EL ニッコール 63mm F2.8N

小さい元箱にきっちり入っているものを全部出して並べてみた。 コンプリート・コンディションの揃い一式の姿である。 コレクター様向けのご参考として、これらが揃っていれば完品となることを示す。 新品未使用品のお道具は美しい。

レンズの前キャップはポンと上に乗せるスタイル。 ワンカップ酒のキャップに似たそれには Nikonのロゴが入っている。 キャップを押さえるスポンジはシカクである。 マル型もあるので、スポンジコレクターは両方集める必要に迫られる。

テクニカルデータ

EL Nikkor 63mm F2.8N

−焦点距離: 62.9mm
−最大口径比: 1 : 2.8
−最小絞り値: F16
−レンズ構成: 4群6枚
−基準倍率: 8X
−標準使用倍率範囲: 2X〜20X
−画角: 43度(8X の時)
−色収差補正波長域: 380nm〜700nm
−原板サイズ: 55.2mm⌀(35mm判・35mmマイクロ判)
−フィルター径: 40.5mm P=0.5mm
−マウント: ライカL39スクリューマウント
−全長: 42.5mm
−最大径: 51mm
−重量: 120g
−重量実測: 121.0g

−発売時期: 1980年 6月
−当時の価格:
   24,100円(1980年 6月)
   24,100円(1981年10月)
   24,100円(1982年12月)
   24,100円(1984年10月)
   24,100円(1985年12月)
   24,100円(1987年 1月)
   24,100円(1988年12月)
   21.900円(1989年 4月)消費税(3%)施行
   21.900円(1990年 9月)
   21.900円(1991年 7月)
   24,800円(1991年10月)
   24,800円(1993年 7月)
   24,800円(1999年 9月)
   24,800円(2003年 6月)
   24,800円(2004年 6月)
   24,800円(2005年 3月)

(注)以下のデータは製品カタログに掲載されていないため未記載。

−口径蝕
−歪曲収差
−基準倍率における原板から画像までの距離

1989年(平成元年)4月 1日。日本で初めての消費税が施行となった。 税率は 3パーセント。 消費税の導入前は、いわゆる贅沢品には物品税がかかっていた。 一眼レフカメラや交換レンズ、そして写真引き伸し用レンズの物品税の税率は 15パーセント。 EL ニッコール全 13種類の価格の推移を確認したところ、40mm F4Nから 210mm F5.6Aまで 10本は、 消費税の導入により、ほぼ 10パーセント価格が下がった。 今までかかっていた物品税がなくなったためと思われる。

EL ニッコール 63mm F2.8N のレンズ構成図(各部寸法入り)

EL ニッコール 63mm F2.8N の立ち位置

焦点距離 63ミリのニコン引き伸しレンズの立ち位置は孤高でストイックだ。 35ミリライカ判フォーマットのフィルム用の写真引き伸しレンズである。 この用途のためには、50mm F2.8N が用意されていた。 価格も手頃だ。さらには、低価格版の 50mm F4N も揃っていた。 ユーザーの大多数を占める一般のアマチュア写真家にとっては、 50ミリの引き伸しレンズで十分にその目的が達成できた。 そんな背景でも 63ミリの引き伸しレンズが常にラインナップにあった。 価格もずっと高い。 それでも精密写真の実現にこだわる人は 63ミリをセレクトした。 各レンズの当時の価格を見ていただきたい。

エル・ニッコール Nシリーズ 製品一覧
ニコン標準小売価格表(1984年10月 1日版)より

EL ニッコール 標準小売価格 原板サイズ
  40mm F4N 29,000円    35mm判
  50mm F2.8N 14,200円    35mm判
  50mm F4N 9,000円    35mm判
  63mm F2.8N 24,100円    35mmマイクロ・35mm判
  75mm F4N 16,400円    6x6cm判
  80mm F5.6N 21,000円    6x6cm判・6x7cm判
  105mm F5.6N 27,500円    6x9cm判

原板サイズの欄に 35mmマイクロ・35mm判と説明されている。 35mmマイクロとはどんなサイズなのだろうか。 おなじみの35mm判のサイズが 24mm x 36 mm にたいして、マイクロ判は 32mm x 45mmとニコンは説明している。 35ミリ判、いわゆるライカ判より少し大きなサイズとなる。

発売時期のこと

EL ニッコール 63mm F2.8Nの発売時期を調べてみた。 ニコンの社史(75年史と100年史)には説明が無い。 それで終わってしまうがところだが、そういうわけにはいかない。 手持ちの史料を掘り起こし、当時のニコン標準小売価格表を順に精査してみた。

1980年2月15日付の価格表には、旧 63mm F3.5 が21,700円で出ている。 4か月後の1980年6月15日付の価格表には、旧 63mm F3.5 に代わって、 63mm F2.8N が 24,100円で登場している。 1980年に発売されたことは間違いないだろう。 正確な発売日となるとニコンからのエビデンスがないと断定は難しいが、 ニコン標準小売価格表に出現した 1980年 6月と推測してみた。

Nシリーズのレンズ使用上の注意

Nシリーズのレンズには、引き伸し機のランプの光を取り込み、絞り値を照明する機構が備わっている。 レンズ内に採光窓があるので、そのまま撮影用に使うと漏光の原因となると言われていた。 ホントか。

私が苦節 3年間に渡り繰り返した実写による実証実験では、 真夏の炎天下ほか過酷な条件でも漏光による画像の影響は皆無だった。 いまだ一度も漏光が原因による光カブリなどの画像が撮れたためしがない。

なんら気にすることはない。 100万ショットに 1回くらいは光カブリがあるかもしれないと心配するならば、 絞り値表示窓にバンドエイドでも貼っておけばよい。黒パーマセルテープなら完璧だ。 しかし、レンズ底板のネジを外して明かり取り窓の位置をずらして取り付けるなどの無用な改造はもっての外。 これはやめないといけない。

EL ニッコール 63mm F2.8N の使い方

おすすめのレンズ装着方法についてすこし。 ニコン Z マウントを M42マウントに変換する超薄型のアダプター(形状はリング)が良い。 これに BORG製のM42ヘリコイドを入れた。 このヘリコイドは現在では終売になってしまったようだ。 しかし同等品のM42ヘリコイドは海外製ではあるが、安価に入手可能である。

M42ヘリコイドのレンズ取り付け側には変換リングを付けてライカL39スクリューマウントにしてある。 そのままだとかなりのオーバーインフとなるので、 ニコン純正のエルニッコール・エクステンションリングを入れた。 この状態で EL ニッコール 63mm F2.8N を装着。下の画像に示すこの状態で無限遠が出ている。

EL ニッコール 63mm F2.8N

レンズ前玉が大きくかなり前面に出ているので、 写真撮影に使用するならばレンズフードは必ず着けたいものだ。 外光の条件によっては、フードを着けることでかなり締まった映像となる。 浅めのレンズフードでも効果は十分ある。 40.5mm径のニコン純正レンズフード HN-N103 を装着した。

EL ニッコール 63mm F2.8N

深いレンズフードも似合う

さらに慎重な方には深めのレンズフードをおすすめしたい。 マルミ光機製の 40.5mm - 52mm ステップアップリングで 52ミリ径を確保し、 AI マイクロニッコール 105mm F2.8S に付いていたレンズフード HS-14 を装着した。 ちょうどピタリだ。小さいレンズにしてはかなり深いフードとなる。 数多く実写を繰り返したがケラレはまったく生じない。

EL ニッコール 63mm F2.8N

EL ニッコール 63mm F2.8N

EL ニッコール 63mm F2.8N は、2006年頃まで販売されていた製品なので、 中古市場では状態の良いものがまだまだ残っている。 旧型の EL ニッコール 63mm F3.5 より入手しやすい。 実用面を考えると、ミラーレス機はもちろんだが、一眼レフに装着しても、 フランジ・フォーカル・ディスタンス(フランジバック)が長いので無限遠が出る。 お手頃価格で入手できるならば、一本は手元に置いてよいレンズだと断言する。

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 では次のお話。   第 2 章    ニコン Z 写真帖 1

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