July 2024, Nikon Kenkyukai     3

R-エーロニッコール 50cm F5.6

R-エーロニッコール 50cm F5.6

ニコン研究会で初めて現物が登場しました。 R-エーロニッコール 50cm F5.6 です。 ニコンの社史では「エアロニッコール」ではなく、 「エーロニッコール」と表記されているのでこれに従います。

自動航空写真機一号二型用レンズ

昭和十九年(1944年)

50センチ F5.6

美しい前玉

時代の「日本光斈」マーク

ニコンの社史を読む

R-エーロニッコール 50cm F5.6 について勉強するにあたり、ニコンの一次資料にあたってみました。 ニコンの社史を新しいものから順に、100年史、75年史、50年史、40年史、と精査しました。 どうやらちゃんとした説明(と言っても数行ですが)が掲載されているのは、40年史と 75年史だけのようです。 社史を読んでみました。とに角、社史を全ページ読み込んでいないと話になりませんので。

(1)40年史

50cm F5.6 画面 24cm × 18cm

昭和12年(1937年)頃設計され終戦直前まで最も数多く、 1500台も作られたテッサー型航空写真レンズで、本機は自動航空写真機一号二型用で、 21cm F4 のトリプレット型のレンズが覘視(てんし)機用として併用されていた。 本機のテッサー型後玉 2枚の接合レンズは直径 86mmで、 この頃まで直径 75mm以上はバルサム付できないのが常識とされていたが、 この場合は別に問題なくバルサム付することができた。

日本光学工業株式会社 四十年史、527ページより引用。
年号に西暦を付加しました。 単位を、糎 → cm、粍 → mm に直しました。一部ふりがなを添えました。

(2)75年史

大型の航空写真機としては、昭和19年(1944年)から川崎製作所で生産された一号自動航空写真機がある。 これは偵察用写真機で、すでに昭和 9(1934年)年ごろから他社で生産していたものを、 軍の命令により当社が改良して生産を引き継いだ。 写真の大きさを一定にするためには 航空機の飛行高度に応じて焦点距離の異なるレンズが必要であるが、 増産の必要から1種に絞って 50cm F5.6(高度1万m用)だけとした。 本機はモーターで露出からフィルムの巻き上げまでを行う全自動式であって、 終戦までの約 1年間に 600台を生産したが、大型航空写真機の生産台数としては画期的なことであった。

ニコン 75年史、78ページより引用。
年号に昭和と西暦を付加しました。

ニコンミュージアムでの展示

本歴史的レンズについては、ニコンミュージアムでの展示の様子を見ていただきましょう。 2020年 9月29日から2021年 2月27日まで開催された、企画展「コレクション展 2」からの画像です。

ニコンミュージアム企画展「コレクション展 2」

R-Aero-Nikkor 50cm f/5.6

説明パネル

R-Aero-Nikkor 50cm f/5.6

自動航空写真機一号二型用レンズ。 同写真機は、露出からフィルムの巻き上げまでをモーターで自動化していた。 終戦までの約 1年間で約 600台が生産され、大型航空写真機の生産台数としては画期的だった。

昭和十九年(1944年)

このニコンミュージアムの説明パネルはあまりよろしくないと思いました。 前述の 40年史と 75年史の説明をまとめると、重要なポイントは以下の 2点です。

  • 1937年頃設計され終戦直前までトータル 1500台生産した
  • 1944年から量産され終戦までの約 1年間に約 600台生産した

そもそもパネルにある 1944の年号がよろしくないのです。 設計完了とか製造開始時期(民生品だったら発売時期)を書くべきであって、 1937 とか 1938 だと歴史的事実と整合します。 その上で、トータルの生産数 1500台、量産ピークの 1年間で 600台と説明してほしかったのです。 例えばニコン Fの説明パネルに年号を書くとすれば絶対に 1959年でしょう。 最終機の 1974年では話がかみ合いません。

R-Aero-Nikkor 50cm f/5.6

マーチンさんのレストア記録

スロバキアのマーチンさん(Martin Moravcik-san)がこのレンズのフルレストアを手がけました。 マーチンさんから届いたレストア記を、現在のレンズオーナーが日本語に翻訳しましたのでお読みください。 レストア記の原文は英語版記事を参照してください。

レストア前の状態
Photo: Copyright (c) 2024, Martin Moravcik, All Rights Reserved.

レンズ後玉
Photo: Copyright (c) 2024, Martin Moravcik, All Rights Reserved.

Restoration project for a Japanese Collector
R-Aero-Nikkor 50cm F5.6
38352328 - marked NIKKO
by Martin Moravcik

ニコン研究会のメンバーおよびウェブサイトをご覧の皆様へ。
この度は、歴史的に重要なビンテージ・ニッコールレンズの 特別なレストアプロジェクトについてお話しさせていただきたく存じます。

この R-Aero-Nikkor 50cm F5.6 は、第二次世界大戦を生き延びた数少ないレンズの一つです。 50cm F5.6 は 1937年頃に設計され、1945年の終戦直前まで 1500台が生産されました。 50cm F5.6 は航空写真機用レンズであり、日本光学工業株式会社四十年史に言及されています。 本レンズは、1990年にカナダのコレクターによって発見されました。 その後、さらに 30年以上もの間、素晴らしいコレクションの中で保存されましたが、 湿気の影響でレンズ表面が悪化してしまいました。 日本への帰路の途中、このレンズは私の手元に渡り、レストアが行われました。

レンズの直径は約 4.5インチで、9インチ幅の鋳造アルミニウム製の筐体に収められています。 この筐体は航空写真機のマウントに適合し、シャッター機構の遠隔操作用部品が装備されています。 セットの高さは 5インチです。 レンズは 4枚のコーティング無しのテッサー型で、写真サイズは 24 x 28センチです。 R マークは、このレンズが赤外線写真に使用できることを示しております。 レンズの中央には光学レンズの間に 5枚の黒いシャッターブレードがあり、 アルミニウム製の筐体から出ている部品を介して操作できます。

R-Aero-Nikkor 50cm レンズは軍事用に設計されており、市販されることはありませんでした。 このユニークなレンズは、ドイツのウリ・コッホ氏によって書かれたニコン創立100周年記念本 (Uli Koch, “Nikon - 100 Anniversary”: 2016年11月刊行) にも紹介されています。 私はこの 50cmレンズを数少ない例しか見たことがなく、そのうちの 4台は私のレストアラボに収められました。 今日までに存在しているこの歴史的な戦士たちは、おそらく 10台未満です。 そのうちの 1台は、フランスのリヨン近郊にある新しいニコン・ミュージアムに展示されております。

レストア中のレンズユニット
Photo: Copyright (c) 2024, Martin Moravcik, All Rights Reserved.

本レンズは、ほぼ 85年という経年を考慮すると、普通の状態で到着しました。 最も悪い部分はレンズのガラスで、くすんだ箇所や内部にカビの跡が見られました。 長年に亘る湿気の影響や悪い保管状況により、この古い戦士はかなり固着しており、 どの部品も動かすことができない状態でした。 歴史的なレンズの分解は本当の戦いです。 壊れやすい表面を傷つけないようにしつつ、修復対象と調和させる必要があります。

初期の塗装表面は非常にデリケートで、どんな粗雑な動きでも完全な破壊を引き起こす可能性があります。 リリースオイルを使用し、スクリューマウント部分に十分に浸透させることが必要で、通常は休息と待機時間が必要です。 油が固着してしまった部分に浸透するまで一日以上放置するのが良いでしょう。 これで動かない場合は、ヒートガンで加熱をますが、 あくまでも塗装の表面の過熱を避けつつ優しく加熱するよう注意します。 いずれにせよ、忍耐力が必要で、作業中に神経質になってきたら、一時中断して後で再開するのが肝要です。

本レンズの全体を分解し、光学レンズからカビを取り除いた後、ガラス表面に傷があり、 研磨しないと正しい光透過性を得られないことが明らかになりました。 研磨には酸化セリウムの研磨剤を使用しました。 これはガラス研磨会社から入手するか、自動車用品店で入手できる場合があります。 研磨には電動工具を使用せず、手作業でじっくりと時間をかけて行うことが良い方法です。 金属リングや外部ボディの清掃には、ソフトな清掃手法を採用し、 石鹸ベースのクリーニングティッシュや液体のみを使用しました。 溶剤やアルコールベースのクリーナーは使用しません。 古い日本光斈の塗装は非常に壊れやすく、直接接触する際には非常に慎重に扱う必要があります。 主にブラシを使用し、一部はクリーニングティッシュのみで拭きました。

レストアプロセスの最も楽しい部分は、修復され清掃された全ての部品を再度組み立て、 再生されたレンズの美しさを味わうことです。 成功したプロジェクトは常に素晴らしい感情をもたらし、新しい冒険を待ち望むものです。 本レンズは多くの保護材と共に丁寧に梱包され、日本の現有コレクターに送られました。 無事に到着し、新しい所有者はこの軍事用光学機器の傑作の美しさに大変満足いたしました。 いくつかの写真に、レストア前の元の状態、分解後、清掃後、 そして最終的にレストアされた 86年前に製造された光学的至宝の姿を収めております。 どうぞ光学史とレストアの魅力の旅をお楽しみください。

レンズの顔
Photo: Copyright (c) 2024, Martin Moravcik, All Rights Reserved.

きれいに磨き上げられたレンズ
Photo: Copyright (c) 2024, Martin Moravcik, All Rights Reserved.

マーチン・コレクション

マーチン・コレクション
Photo: Copyright (c) 2024, Martin Moravcik, All Rights Reserved.

日本に帰ってきたレンズ

ドイツのウリ・コッホさんの著作の前に

八十余年ぶりに故郷日本に帰還

謝辞

本記事製作にあたり、多数の写真画像を提供くださり、レストア解説記事を執筆いただいた、 スロバキアのマーチンさん(Martin Moravcik-san)に感謝申し上げます。 ありがとうございました。

参考文献

兵器を中心とした日本の光学工業史 昭和30年12月発行 光学工業史編集会
第 4 篇 陸軍航空光学兵器 第 2 章 航空写真器材

日本光学工業株式会社 四十年史
ニコン 50年史「50年のあゆみ」
ニコン 75年史
ニコン 100年史

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