東京・新宿 ● 秋十一月 2025年11月15日(土)。快晴の秋空。ニコン研究会 11月例会が開催されました。 新宿駅から東京メトロ丸ノ内線で銀座駅まで。銀座駅から銀座線で八丁堀に到着。 散歩がてら会場に向かいました。
新宿・西口
八丁堀
秋空
街路樹
紅葉の名所
秋十一月 ● JOICO 望遠鏡の研究 まずはプレゼンテーション・セッションからスタートしました。 重要文化財クラスの天体観測機器の歴史的名品が日本国内で初出土したお話です。
JOICO 望遠鏡の研究
日本光学工業黎明期の天体望遠鏡 パワポの内容はこちらです(PDF)→ 日本光学工業黎明期の天体望遠鏡 参考配布資料はこちらです(PDF)→ 日本光学工業株式会社の設立に至る歴史 プレゼンテーションのタイトルは「日本光学工業黎明期の天体望遠鏡」。 当時の歴史的背景を知っておくと理解が深まりますので、プレゼンを補完する参考資料として 「日本光学工業株式会社の設立に至る歴史」が配布されました。 パワポのスライドと配布資料をまずはご参照ください。
JOICO 2インチ望遠鏡 21世紀になって、初めて現物が確認された JOICO 2インチ望遠鏡。 現物の写真画像はニコン研究会より全世界で初の公開となります。 ニコンミュージアムはもちろん、上野の国立科学博物館にも、 さらにはスミソニアン国立自然史博物館から大英博物館まで、 どこにも展示されていない幻の重要文化財級の歴史的天文遺産となります。 エンスー的ニコン・ヒストリアンでしたらご承知のように、 “JOICO(ジョイコ)”とは、 当時の社名である日本光学工業株式会社を直訳した”Japan Optical Industry Co.” の頭文字をとってつくられた商標で、 大正十四年(1925年)に発売された 日本光学(ニコン)設計による初の顕微鏡に刻印されているロゴの由来となります。 双眼鏡にもプリズムカバーに JOICO刻印の入った VICTOR 6X型など現物が確認されています。
対物レンズ部
日本が誇る工芸品の風格 JOICO 2インチ望遠鏡の製造年について考察してみました。 大正時代末(1925年)から昭和初期(1930年頃)に製造されたものとニコン研究会では推測しています。 望遠鏡本体鏡筒外観、対物レンズキャップ、接眼レンズ、接眼レンズ部外側外観には、 JOICOもしくはメーカーおよび製品名を特定する刻印はありません。
口径 51ミリ(2インチ) 対物レンズは口径 51mm(2インチ)で、全長 730mm。 鏡筒は工芸品のような茶色の革巻き。 ケプラー式で、正立レンズとして JOICO顕微鏡用の対物レンズ( 4X)を使用しています。 実際に接眼レンズを覗いてみると正立像が見えます。 鏡筒は豪華な革巻き仕上げとなっています。 この標本は天体観測用ではなく地上望遠鏡として設えられたものと思えます。
接眼レンズ部を外します
接眼レンズと正立レンズ この状態で簡易顕微鏡クラスの高級ルーペとして拡大観察が可能です。 対物レンズを試料に向けて接眼レンズから覗きます。 顕微鏡愛好家の集まりで、ポケットから取り出した JOICOのこれで検鏡したらきっと受けると思います。
正立レンズとして JOICO対物レンズが使用されている
JOICO対物レンズ
JOICO 1240
JOICO B4 N. A. 0.1 先に示したパワポを見てみると、Page 11 に性能諸元が掲載されています。 諸元を参照してカタログデータを以下にまとめてみました。 二吋は漢字表記で 2インチのことです。 No. 233 B 二吋望遠鏡
対物レンズ有効径:50mm
接眼鏡(ハイゲンス式): 昭和初期の定価百円とは、現在の貨幣価値ではいかほどだったのでしょうか。 貨幣価値の判断は物価の基準スケールを多数用意して総合的に判断するものであり、 なかなか断定することが難しいものです。 朝日新聞社から刊行された「値段の明治大正昭和風俗史」を調べてみました。 都内のちょっといい喫茶店のコーヒー 1杯の値段は当時 10銭(0.1円)。 東京・有楽町「更科」のもりそばも 10銭(0.1円)。 現在はどちらも 1,000円として、1万倍。 つまり、昭和初期当時の 100円は現在の 100万円くらいとなります。 ちなみに野尻抱影先生が、印税で購入したロング・トムこと 日本光学製の 4インチ屈折天体望遠鏡は昭和3年当時で 600円。 とても高価なものだったのです。
● ニコン新聞 次のプレゼンテーションのタイトルは「ニコン新聞の研究」です。 ニコン研究会所属でニコン新聞を研究されている会員が、 1960年代から 1980年代の現物史料を 47月分収集し内容を精査しました。 本日の登壇発表では、 記事の内容から浮かび上がる時代背景と世相についての説明がありました。 ニコン新聞。正確な紙面のタイトルは「Nikon新聞」。 しかしながら紙面トップの奥付には「月刊・ニコン新聞第xx号」と表記されていますので、 本記事ではニコン新聞と表記して言及していきます。
ニコン新聞 1967年 9月
ニコンシステムの全貌
ニコン新聞 1967年 10月
躍進 Nikomat FTn 発売さる!!
47月分のニコン新聞コレクション ニコン新聞は、ニコン製品を取り扱う販売店向けに発行された広報誌で、 会社の動向紹介から、ニコン新製品の案内を中心とした紙面構成となっています。 今となっては当時のリアルタイムな状況を知る貴重な古文書と言えます。
ニコン新聞 1968年 7月
F用ニッコールレンズ 100万本突破
ニコン新聞 1968年 8月
新発売 NIKONOS-II なお、1979年当時では、 一般の新聞・雑誌等でアナウンスがなかったニコンF2チタンボディの発売に関する告知が出ている号がありました。
ニコンF2チタンボディを特別限定発売 ● 記事のご案内 画像の上で左クリックすると、大きいサイズの画像を表示できます。 細部までを確認したい方はどうぞ拡大してご覧ください。 → では次にいきます。 第 2 章 CINE ニッコール ショートカットはこちらからです。
第 0 章
トップページ
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2025 |