Ultra Micro Nikkor 125mm F2.8 The Milky Way Galaxy

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8

ザ・ミルキーウエィ・ギャラクシー

NASAのジェット推進研究所の最新ニュースを読んでいたら、美しい言葉に立ち止った。
ザ・ミルキーウエィ・ギャラクシー(The Milky Way Galaxy)。
非常に短いがこれは英詩である。
まさにウルトラマイクロニッコールレンズを形容するにふさわしい。

「The Milky Way Galaxy is organized into spiral arms of giant stars that illuminate interstellar gas and dust.」  と説明がある。
訳すと、ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8は銀河系宇宙のように美しいという意味である。
私の辞書ではそうなっているので、あまりカタイことは言わないでいただきたい。
一言で言えば「銀河系鏡玉」だろうか。

結界に「銀河系鏡玉」を置く

魅力の長焦点レンズ

私が初めて入手できた長焦点のウルトラマイクロニッコールの話をしたい。
2001年9月のことだった。
遠くウクライナからEMS Ukraineのシールがベタベタ貼られたパッケージが届いた。
ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊した後のウクライナである。
無事にモノが日本に届くのか少々心配したことを思いだした。

ウクライナから届いた航空貨物便のパッケージ

パッケージは何回も税関で開封されたようで、中のレンズを包む梱包まで、 テープでベタベタにテーピングされていた。 中からゴロリと端正な美しいレンズが出てきた。
ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8である。

テクニカルデータを読むと非常に高性能なレンズであることが理解できた。
実際の写りはどうなのだろう。
普通のカメラで写るのだろうか。

今でこそウルトラマイクロニッコールを使って写真撮影するのはそれほど特殊な話ではないが、 2001年当時は本当に撮影できるのか、確認する手段はなかった。
実際にこのレンズを使って撮影したいと思った。
時が経つと、実際にこのレンズを使わなくてはいけない、という義務感に変わった。

夏木立の下で気配を制圧するオーラを放つ孤高のレンズ

専用マウントアダプターの開発

なんとかニコン一眼レフカメラに装着して実写したいと思った。
今でこそ、高性能ミラーレス一眼レフカメラがポピュラーなものになり、 ユーザーが確実に増えてきたおかげで、 ありとあらゆる種類のレンズをカバーするマウントアダプターが販売される状況になった。 中国のメーカーからは、かなりニッチなごく限られた層にしかうけないような製品も出ている。 しかも手頃な価格である。

さて、当時のマウントアダプター事情を思い出してみると、 正統派純正レンズ愛好家からすれば、かなりキワモノの世界だったのだ。
市場規模も小さく、品揃えもごく限られた範囲のものだった。
そんな背景で、市販のマウントアダプターを探してはみたが、 ウルトラマイクロニッコール専用のマウントアダプターなどあるわけがない。
マウントの座金は付いていたので、工夫すれば一眼レフカメラにマウントできたかもしれないが、 そういった工作技術もない。

結局、レンズを入手してから4年が経過してしまった。
2005年のことであるが、機械設計の専門家の力を借りて、 径62mm P=1.0mm のネジマウントを有するレンズを、 ニコンFマウントの一眼レフカメラあるいは、 ニコンFマウントの工業用カメラ (超高速度カメラやラインセンサ等) に装着するための専用マウントアプターを製作した。

必要なのは1個のマウントアダプターだったが、非常にコストがかかるために、 ネットで希望者を募り共同購入という形で、 試作レベルの最小ロット分である10個を専門家の協力を得てメーカーに特注した。 瞬時に購入希望者が出て限定数を完売してしまった。
調子に乗って、ネジ止め型の高級品も特注してみた。これも瞬時に完売だった。 ネジ止め型の高級品は好評だったので追加発注をした。

特注した専用のニコンFマウントアダプター

高級版のネジ止め型も特注製作

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8を装着する図

2004年はニコンから話題の新製品が出た年でもある。
春には廉価版のデジタル一眼レフ「ニコンD70」が発売となった。
同じく秋にはフィルム式の一桁フラッグシップ機である「ニコンF6」が発売となった。

ニコンD2Hのボディが50万円位した時代に、 ニコンD70はレンズキット付きで20万円程度だったと記憶している。 それまでデジタル一眼レフを購入できなかった層がいっせいに飛びついた。
ニコンD70は、当時のベストセラー機となった。
私もこの時ニコンD70を購入した。

ニコンD70にマウント  (撮影年は2005年7月)

ベローズにも安定した装着感  (撮影年は2005年7月)

ニコンF6にも似合う  (撮影年は2005年7月)

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8による実写

私が2001年に本サイトを公開する前は、 工業用のニッコールレンズは単一波長光線による露光に限定した設計がされているため、 一般の写真用フィルムでは撮影ができない(ちゃんと写らない)。 という風説をカメラ雑誌等で目にしたものである。 確か1968年前後の話だったと思う。
当時のカメラ記事を書くライターの方は、実際に自然の光線下で、 一般に市販されている普通のカラーフィルムを使って、 ウルトラマイクロニッコールによる撮影を実証したわけではなかったのだろう。 そもそも、レンズの入手からして無理な話だったと言える。

では本当に普通の条件下で、普通のカメラで写真が撮れるのだろうか。
撮影結果は以下に示すとおりである。
実証するまでは、正確なマウントアダプターを専用設計して特注するなど、 前準備に多少の時間はかかったが。
実写画像をクリックすると少し大き目のサイズの画像が出ます。

桜の木の下で春を満喫するウルトラマイクロニッコール125mm F2.8

花曇りの日には音のない桜の本当の美しさが見えてくる

日本の優美な伝統色である桜の白を表現

独白の空気感と日本の湿度が写るレンズ

菜の花の春にウルトラマイクロニッコール125mm F2.8

日本の身近な四季にはウルトラマイクロニッコール

美しいレンズで日本の美しい季節を撮る

テクニカルデータ

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8の性能緒元をみてみよう。
日本光学工業株式会社の技術資料には以下の説明がある。

「ワンショット方式によるフォト・マスク製作用レンズとして、 既に我が国はもとより、 世界各国にて使用されているウルトラマイクロニッコール105mm F2.8を改良して、 半導体ウェハーの大きさに合わせて画面サイズを広くしたレンズです。 直径28mmの範囲をカバーします。 レンズマウントは、従来の105mmレンズと同じで、作動距離も、 焦点距離の違いを撮影倍率を1/25にすることにより ほぼ同じにしてありますので、 今までに105mmを装着していたカメラに容易に取付け、使用できます。」

−焦点距離: 125mm
−最大口径比: 1 : 2.8
−最小絞り: F8
−絞り目盛り: 2.8, 4, 5.6, 8   半絞りにクリックあり
−レンズ構成: 6群7枚
−基準倍率: 1/25X
−画角: 12.3°
−色収差補正: 546nm (e-line)
−口径蝕: 0% (F2.8にて)
−歪曲収差: -0.3%
−解像力: 400本/mm
−原稿サイズ: 700mmΦ
−画像サイズ: 28mmΦ
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 3364mm
−フィルター径: 72mm P=0.75
−マウント: 62mm P=1.0 ねじマウント
−重量: 695g
−付属品: 前後キャップ、木製格納箱入
−当時の価格:    840,000円 (1969年1月)
−当時の価格:  1,000,000円 (1974年6月)

焦点距離が125mmのレンズで解像力400本/mmとは驚愕ものである。
重量は約700g。ずしりとした重さに超高性能を実感する歴史的名レンズ。

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8のレンズ構成図

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8のレンズ構成図を示す。
日本光学工業株式会社が発行した正式な技術資料から転載させていただいた。
クリックするとすこし大き目の図面が出るので贅沢なレンズ構成を再確認したい。
6群7枚のきわめて端正な品格のあるレンズ構成。
前玉が凸面というのも一般の写真用望遠レンズと同じであり、安定した安心感がある。
寸法入りの図面からは、アタッチメントサイズ(フィルター径)は 72mm P=0.75ということが確認いただけるだろう。

レンズ構成図各部寸法入り

御神体

単線のローカル列車。終点近く。
日没をひかえて、鉄橋にレンズを向けた。
光学ガラスの塊は、ようようと暮れ行く天空を投影した。
雲を曳航した焦点は125mm。
レンズは絶滅したと言われていた。それが私のレッドブックの最終ページにあった。
絶滅危惧種である。このレンズの歴史は、長い。

日没に映る暮れ行く天空  (撮影年は2001年9月)

伝説の極超高解像度レンズ

1965年。東京オリンピックのあった翌年だ。
このとし、ウルトラマイクロニッコールのデビューが本格化した。
ウルトラマイクロニッコール28mm F1.8、同55mm F2、同じく135mm F4、 そしてウルトラマイクロニッコール125mm F2.8。

やはり、レンズとの出会いは縁だ。
数少ない文献のなかだけで生きていた幻の極超高解像度レンズ。
日本では、もう存在していないのではと人は言う。
これは日本刀だ。
昭和が生んだ伝説の極超高解像度レンズ、 ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8がここに生きている。

夏の早朝  (撮影年は2001年9月)

美しき大口径

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8。レンズ構成6群7枚。
基準倍率1/25倍。色収差補正は546nm (e-line)。
歪曲収差はこの大口径にして、たったの-0.3%だ。 ハイエンドなウルトラパワーが引き出す解像力スペックは、 なんと400本/mm!の極超高解像度。
フィルター径は大口径カメラレンズでおなじみの、72ミリ径。
付属のレンズキャップは、UDニッコール20m広角レンズと同じ アルミ合金製のものだ。
重量は695gとマクロレンズとしては立派だが、 どしりと安心感のある姿は落ち着いた研究者の趣味レンズにも適するだろう。

名もなき草の声を聞く

レンズの幸せのために

このレンズ、価格も横綱級だ。
1974年6月のニッコール価格表には、1,000,000円と出ている。
タイプミスではない。百万円である。 その当時でもふつうの国産車は買えた値段だろう。
まず必要な仕様があって、それを忠実に設計し製造する。
価格はそのあとからついてきた。 エンジニアにとっても幸福な時代だったのかもしれない。
マウントはピッチ1ミリの62ミリ径ネジマウント。
特注することになるだろうが、マウントアダプターを介して、 ニコンに搭載したい。

異国の地で働いていたレンズだ。
日本で生きることをたのしみにしていたと聞く。
レンズだって幸せな余生を送る権利がある。

精緻な 「Nippon Kogaku Japan」 の刻印が凛々しい

世界各地に残されているウルトラマイクロニッコールレンズは、 望郷のおもいでいる。
武士のたたずまいと品格。
ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8。

本物は古くならない。本物は朽ちない。
本物は死なない。

ガラスの中の小宇宙 「銀河系鏡玉」

浅岡肇さんのこと

ウルトラマイクロニッコール125mm F2.8を著名人の方がお使いになっているのをご存じだろうか。
日本初の独立時計師の浅岡肇さんである。
高級時計に詳しい方だと説明する必要もないと思うが、 トゥールビヨン機構を搭載した高級機械式腕時計で世界的に有名な方である。 完全にオリジナルの設計とデザインに基づいて、 中身のムーブメント、外装、文字板、針など全ての部品を自作とは実にすごい。

浅岡肇さんのSNS(Facebook、Twitter)には、Ultra Micro Nikkor 125mm F2.8で撮影した、 精緻な時計の美しい写真が掲載されている。
1965年製のロンジンのクロノグラフを撮影した画像には、 「この写真を撮ったニコンのレンズUltra Micro Nikkor 125mm F2.8も1965年製。 このレンズは際立った写りをする。」 とのコメントが添えられている。
「このレンズは際立った写りをする」。なんとも印象的なお言葉である。
ほかにも、
「ゴージャスなレンズ。あのスコーンと冴えた感じは独特のものがある。」
「解像力は素晴らしい」
などなど、浅岡肇さんとUltra Micro Nikkor 125mm F2.8の信頼関係をかんじた。

2017年の9月のことであるが、 本コンテンツをご覧になった浅岡肇さんご本人より、 Facebookでコメントをくださり紹介していただきました。
「このレンズは、意外とポートレートに向いている気がする。 シャープネスと極めてなめらかなボケが特徴」。 なあんて檄文を添えてくださった。
きわめて過激である。困ったものだ。

浅岡肇さんのFacebookから

2017年のあとがき

このコンテンツのオリジナルは2001年10月当時に書いたものです。
画像もたった1枚でした。 2001年9月に撮影した日没下に鉄橋のシルエットの映り込みをレンズ前玉に構成した1枚です。 本記事にそのまま置いてあります。
その後2016年のサイト移動に伴う大幅な見直しでは、 実写した画像の追加を行いました。

さて、ニコン創立100年を迎えた2017年。
夏。東京と大阪では「ニコンファンミーティング2017」が開催され、 大盛況で話題となりました。
この機会に、2017年の視点で、文章を全面的に書き直すことにしました。
レンズ構成図も新たに加えました。 さらにレンズの姿画像を追加してパワーアップしました。

著名な独立時計師の浅岡肇さんは、Ultra Micro Nikkor 125mm F2.8を使って 精緻な時計の美しい写真を撮影されていいます。
浅岡肇さんのSNS(Facebook、Twitter)では実写画像が公開されていますので、 本コンテンツにて紹介させていただきました。

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