Ultra Micro Nikkor 135mm F4 Grand Lens

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4 グランドレンズ

F36式電気モータードライブ

ニコンの古いモータードライブ付きのブラックニコンにウルトラマイクロニッコール 135mm F4。 古いとはいえ、 カメラボデイもモーターも西大井のキィートスさんでフルオーバーホールしてもらったので機関は絶好調。

長い筒状のケース(昔は矢立と言うベテラン風の人もいた)は単2電池を直列で8本入れる直流12ボルトのバッテリーケースだ。 たしかに江戸時代あたり矢立(長い筒状のケースに筆を入れた携帯用筆記用具)に似ているといえば似ている。 電源ケーブルも10メートル延長の純正レアアイテムを添えて気合を入れてみた。

ニコンFとウルトラマイクロニッコール 135mm F4

私がブラックニコンを購入したのは1973年9月。 新品で買えた最後の時代だったと思う。売っていただいたが正確か。ともかくモノがない。 首都圏は銀座・渋谷・新宿・池袋での話である。 大型量販店でも「いつ入荷するかわからない」とのことで予約も受けてくれない。

いま思えば、こども(当時私は20歳の若造)がこともあろうにニコンFを買いに来た、 しかもブラックボデイ限定だということで、 これはアンタらが買うカメラではないということを暗黙に教えてくれた優しい時代だったなのかもしれない。 適切な差別は時としてヒトを育てる。育った方向性については言及を控えたいが。

F36モータードライブ装置付きのニコンF

F36モータードライブ装置も長く探したものだ。が、ついに横須賀に出たということで、 実家暮らしの都内から電車で2時間以上かけて横須賀まで行ったのは1976年7月のことだった。 あまりにうれしくてモータードライブ装置一式の元箱を前にして北野商会のマスターとローライ35で記念写真を撮った。

京浜急行の横須賀中央駅前の北野商会には「カメラのキタノ」と看板が出ていた。 今はもう店舗がなくマクドナルドになっているらしい。 時の記憶装置としての街の情景はかくも儚い。

このあたりの、1970年代の若気の至りのカメラ物語は語れば話が長くなる。 それは別な紙面でということにして、 しかしニコンって、なんでこうも盛りたくなるアクセサリーが多いんだろう。 「ほんとに必要か」と問われるといらないものばかり。

単2電池用バッテリーケースと電源ケーブルが美しい

1965年のニューフェース

さて、レンズのことを説明しよう。 ウルトラマイクロニッコール 135mm F4は、1965年に発売されたウルトラ四兄弟の一人である。 当時リリースされたレンズは4本。 実質的には、ウルトラマイクロニッコール最初のラインナップといってよいだろう。

− Ultra-Micro-NIKKOR 28mm F1.8
− Ultra-Micro-NIKKOR 55mm F2
− Ultra-Micro-NIKKOR 125mm F2.8
− Ultra-Micro-NIKKOR 135mm F4

こう並べてみると、いちばん長焦点でしかもF4と暗いレンズだ。 この4本のレンズのうち、いちばん寿命が長かったのがUMN28mm F1.8である。 いくつかのバリエーションがあり、 発売開始時期から終焉を迎える時までカタログに掲載されていた。

UMN125mm F2.8は製造数が少ないながら、最後の方まで残っていた。 UMN55mm F2とUMN135mm F4は、早々と後輩に道を譲り引退してしまった。 UMN55mm F2はUMN50mm F1.8の高級レンズに、 そしてUMN135mm F4はより使い勝手を向上させたUMN155mm F4に進化したのだ。

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4の気高い姿

純機械式カメラにはウルトラマイクロニッコールが似合う

これは映画である

多摩川の鉄橋を京王線が渡る音がアナログ生録音のようなステレオサウンドだ。 全車両がちょうどフレームに入っている。 そこにアクセントとして犬を連れたエキストラが絶妙な配色と位置で動きを演じている。 映画のようなシーンであるが、 ウルトラマイクロニッコールと歩くと、日常の普遍的普通な情況が映画になってしまうのである。

主演はウルトラマイクロニッコール 135mm F4

グランドレンズ

グランドピアノがあるならばグランドレンズがあってもいいだろう。
「レンズは涼しいか?」との疑問を解くために、 涼しみの夏は早朝の、谷内こうたの「なつのあさ」を読んだ(みた)気分を思い出した。 あれは1971年は大学1年生のまさに夏のことだった。 18歳の感性は還暦過ぎても変わらない。ようするに進歩がないということだ。 進歩しないことを維持するのも難しい昨今ではあるが、 ヒトの外観は変われど、身を置く空間は変われど、感性の中央処理装置は不変である。 時代と共に変わったフリをするのが大人ではあるが、まあそこまでリキまなくていいんじゃないか。


ウルトラマイクロニッコール 135mm F4 涼しみの夏
(撮影年は2002年6月)

Amazing Grace
Far Eastern Mystery
Nippon Kogaku Grand Lens
Ultra-Micro-Nikkor 135mm F4 Heartland


このレンズは涼しい


早朝の夏草の中に佇むウルトラマイクロニッコール 135mm F4

テクニカルデータ

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4

−焦点距離: 136mm
−最大口径比: 1:4
−最小絞り: F11
−レンズ構成: 4群7枚
−基準倍率: 1/25X
−画角: 20度(F4にて)、 25.5度(F5.6にて)
−色収差補正波長域: 546nm(e-line)
−口径蝕: 0%(F4にて)
−歪曲収差: +0.02%(F4にて)、 -0.03%(F5.6にて)
−解像力: 330本/mm(F4にて)、 200本/mm(F5.6にて)
−画像サイズ: 50mm⌀ (F4にて)、 64mm⌀ (F5.6にて)
−原稿サイズ: 1250mm⌀(F4にて)、 1600mm⌀ (F5.6にて)
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 3640mm
−フィルター径: 62mm P=0.75
−マウント: 62mm P=1.0 ねじマウント
−重量: 750g
−重量実測: 719.5g
−付属品: 前後キャップ、木製格納箱入

−発売時期: 1965年
−当時の価格:
   900,000円(1969年1月)

歪曲収差が +0.02% というのは立派である。 もちろん解像力330本/mmは、堂々のレコードといえる。 重量を実測してみるとカタログデータと大幅に異なる。 カタログデータは 750g。 家庭用のデジタルスケール( TANITA KJ-114 )で実測すると 719.5g。 この違いはなんなのか。 実測した試料が所有する1つだけなのでなんとも言えないが、 それにしても実物と異なりすぎる。

フィルター径は62mm ピッチ0.75mmだ。 つまり普通のニコンカメラ用62mm フィルターがセットできるのは嬉しい。 私は彼女のために、Nikon 62mm L37Cフィルターを新調した。 テクニカルデータには出てこないところだが、 鏡胴のブラックペイント塗装の丁寧さ、絞り羽根の仕上がり、 カチリと動くリングと吸い付くような座金とマウントの工作精度。 民生用レンズにはない、ハイエンドな機能を維持するためだけに存在する美しさだ。 この神々しい美しさこそ日本が誇る文化遺産なのである。

当時のセールスマニュアルを見てみると 「絞りF4で3.5cm角、F5.6で4.5cm角という広い範囲に高い解像力を持っている。 ワンショット方式によるフォトマスクの製作、またはステップ・アンド・リピート方式により フォトマスクを製作する場合の中間原版製作用に使用される」 と説明がある。


鏡胴の丁寧なブラックペイント塗装が美しい

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4のレンズ構成図

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4のレンズ寸法図


線量計に反応する前玉は極東のミステリー

読者からの報告によると、UMN135mm F4のレンズ前玉直前に線量計を置き測定してみると、 4.92μSv/h(マイクロシーベルト/時間)を示したという。 測定記録のエビデンス画像を見せていただいた。 私はこの数値を論評できる立場でもないので、評価についても時節柄遠慮させていただきたい。


日本が誇る文化遺産
1965年に登場した時代の極超高解像力スーパーレンズ

実写するまでの道のり

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4のマウントは、径62mm ピッチ1.0mmのネジマウントである。 既存する市販のマウントアダプターには適合するサイズのものがない。 結局、ウルトラマイクロニッコール 135mm F4専用のアダプターを作ることにした。 作ると言っても機械工作技術も知識・経験のない私には無理な話だ。

同じマウントネジ径を有するUMN 125mm F2.8と共有できる。 それならばと、結局、機械設計の専門家の力を借りて特注で製作した。 アダプター開発の経緯については、 UMN 125mm F2.8 銀河系鏡玉 の「専用マウントアダプターの開発」に詳しく説明してあるので参照いただきたい。 航空エアロパーツ用の超超ジュラルミンを削り出して製作した専用マウントアダプターが完成したのは 2005年11月のことである。

特注した専用のニコンFマウントアダプター(ビス留め型)

専用の特注ニコンFマウントアダプターでレンズを装着
(撮影年は2007年10月)

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4による実写

いくつかの実写を重ねてみると、 無限遠での撮影も、数百メートルレンジの遠距離にも強いことがわかった。 しかしながら、近距離とか手が届く先の距離の立体物の表現に最も適していて、 さすがの映像を叩き出す。 色再現性は非常に優れていて、重厚な色合い、精密で総天然色な映像を目にすることができる。

このレンズの前玉は、いわゆるアトムレンズだが、アポクロマートを超える高性能には素直に感動する。
実写画像をクリックすると少し大き目のサイズの画像が出ます。

アトムレンズらしい妖しい光を放つ前玉

盛夏の空に湧きあがる白い雲の行方を追う

群青色に近づく時間帯の夏雲の造形

ウルトラマイクロニッコールで鉄写真

晩秋の色彩を放つ彼岸花に遠景が見える

この色彩は千年前の日本の情景と変わらない

夏草残る秋の入口に想う

先に説明したテクニカルデータによると、 ウルトラマイクロニッコール 135mm F4は1969年当時でレンズ1本の価格が90万円だった。 この価格はどんなものであるのだろうか。 当時ニコン一眼レフ用交換レンズで最も高額な製品は、ニッコール1200mm F11である。 それでも1969年当時の価格は155,000円であった。

クルマと比較してみよう。 トヨタ自動車株式会社の正式一次資料によると、 1969年式初代カローラ(ハイデラックス2ドアセダン)の発売当時価格は52万5000円だった。 そういったスケールで見てみると非常に高価なレンズだったことが理解できる。

秋の入口と思える季節にウルトラマイクロニッコール 135mm F4を置いてみた。 いまだ重量感のある貫禄あるレンズは動じず風景に溶け込んでいた。 オレは50年前に90万円もしたレンズなんだよ、なんて一言も言わずに偉ぶらないのがいい。

質実剛健こそ美しい写真機である

日本の半導体産業をリードしてきた優美な鏡玉

日本を取り戻すのは簡単だ
「モノを日本でつくればよいのだ」

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4で撮り鉄

産業用ニッコールレンズほか世界のハイエンドレンズで鉄道写真を撮る方を紹介したい。 写真共有サイトflickrで活躍されている martini038さんだ。 ウルトラマイクロニッコール 135mm F4で撮影した鉄道写真である。 画像の掲載につきご承諾をいただいたのでご覧いただきたい。
実写画像をクリックすると少し大き目のサイズの画像が出ます。

JR貨物 EF66形電気機関車(EF66-28)
ウルトラマイクロニッコール 135mm F4(絞りF11)

Photo: Copyright (c) 2018, martini038/flickr, All Rights Reserved.

鉄道写真に使ってもウルトラマイクロニッコールはさすがに重厚な映像を叩き出す。
色再現性は非常に優れている。 往年のコダクローム64フィルムで撮影したような、ブリリアントな色彩は総天然色。 寡黙に働く機関車の機械様式美と鉄の重量感が骨太に表現されている。 鉄道写真はウルトラマイクロニッコールでいこう。

西濃鉄道 DE10-501
ウルトラマイクロニッコール 135mm F4(絞りF11)

Photo: Copyright (c) 2018, martini038/flickr, All Rights Reserved.

2018年ニコンミュージアムの展示から

「ウルトラマイクロニッコール展」において、 ウルトラマイクロニッコール 135mm F4の試作レンズが展示されていたのでここで紹介したい。
画像の上で左クリックすると大きいサイズの画像が表示されます。

ニコンミュージアム「ウルトラマイクロニッコール展」から

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4g 試作(1968年)

非常に重要なことであるが、この試作レンズは説明パネルに記載されている通り、g線用なのである。 商用製品版として世に出て販売されたのは e線用のみである。 このレンズは同企画展の開催期間の途中から追加展示された。 さりげなく置かれていたので、見落とすところだった。

ウルトラマイクロニッコール 135mm F4g 試作

画像は、企画展 「世界最高解像度レンズの系譜 ウルトラマイクロニッコール」より紹介させていただいた。 開催場所は、東京・品川のニコンミュージアム。 開催期間は、2018年4月3日(火)〜6月30日(土)であった。 詳しいその全貌と記録は「 ニコンミュージアムUMN展レポート 」 をご覧いただきたい。

2021年のあとがき

本コンテンツは2018年2月に全面改版してアップしたものです。 オリジナルのコンテンツは2002年6月に公開しました。 2016年の見直し大改訂では、画像を大幅に加えて、 専用のニコンFマウントアダプターを特注してニコン一眼レフによる実写の作例を掲載しました。

しかしながら、本文そのものは、時代の経過と共に内輪ネタでややすべり気味となりましたので、 2018年2月の改版を機に全面的に書き直しを行いました。 ウルトラマイクロニッコール 135mm F4を使った鉄道写真の作例もベテランさんの協力を得て掲載させていただきました。 1960年代はシリコン基板ばかり見ていたレンズ本人もまさか50年後に鉄道写真で活躍するとは夢にも思わなかったことでしょう。

2019年の改版では、 ニコンミュージアムの企画展「ウルトラマイクロニッコール展」で展示された品目から、 ウルトラマイクロニッコール 135mm F4g の試作レンズに関する展示を紹介しました。

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