Ultra Micro Nikkor 125mm F2.8 THE LENS

元祖「レンズポエム」
ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8
(撮影年は2001年12月)

The First Class Lens
Ultra-Micro-Nikkor 125mm F2.8
Extreme High Resolution Lens
Grand History of The Legend
King of the Lens

キング・オブ・ザ・レンズ

森にレンズを置きに行く。
レンズも生き物であるから、空気が必要だ。

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8 を手にすると、 なんともたくましい重量感に圧倒される。 開放絞りは F2.8。最小絞りが F8。半絞りのクリックがついている。 絞りは真円。15枚羽根の精密な仕上げ。 鏡胴のローレット加工はほれぼれする工業工芸美術品規格の出来栄えだ。 性能は理想レンズの測定限界を超えて、ウルトラたるゆえんのハイエンド。

新しい切り株の上にそっとレンズを置いてみた。 森にいてあたりを威圧する。 それほど力まなくてもいいのではないかとレンズに声をかけると、 誰もいない森にいて一人強がる場違いに気がついたのか、 しずかに美しいコーティングに天空を透過させた。

森にレンズを置きに行く

孤高の存在

世界のうごきとはかんけいない。 いま復活したのがウルトラマイクロニッコールだ。 全世界のウエブサイトでも、ウルトラマイクロニッコールの専門サイトは無い。 ウルトラマイクロニッコール。日本光学がつくりあげた世界唯一の製品だった。 競争する相手がいない。つくれば売れた。世界中に出荷された。

秋の稲田に輝く存在感のある重厚なレンズ

時代はまだレンズ単体での販売しか思いつかなかった。 日本光学のドル箱レンズは、高くても売れた。 この時代のレンズは、まだマシンというより人間の使う装置だった。 上等を超えて美術品のような鏡胴の金属加工、磨き上げられた光学ガラス。 とくべつの、きわめてとくべつに厳選されたガラス素材だけを使っている。 1点の気泡のないのはあたりまえだが、 光学限界に挑戦するガラスはどこまでもレンズである義務があった。 ザ・レンズと言われるゆえんだ。

ウルトラマイクロニッコールは孤高の存在だった

世界唯一の超技術

日常を排し、ハイエンド。限界の先にある極超高解像力の世界。 卓越した技と誇りを持つ人間のみが実現できる製造技術。 設計以上の高性能を実現した世界唯一の日本製品が ザ・レンズ、ウルトラマイクロニッコールだ。 夢のような極超高解像力レンズが単品で販売されていた時代は、 そう長くは続かない。

この先はレンズと機械をいっしょに売る体制となり、ステッパー開発に向かった。 レンズ性能はさらに限界に挑むものであったが、 レンズの味、風景というものは時代のウルトラマイクロニッコールが最後である。 ステッパーの時代になると、マシンの一体となり、レンズは名を持たない。 名前のないレンズのようなものが取り付けられる時代になってしまった。 これは時代の趨勢でもあった。レンズはレンズではなくなった。

人生を軌道修正

いま私は、1965年に稲妻のようにデビューした ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8と対峙している。 レンズを森に置いてみた。豊饒の田園にも似合うと思った。 そういうことなのである。

時空を超えて、磨き上げられたコーティングはどこまでも美しく、音はしない。 名声をよしとせず、過去を語らず、群れない。 それがウルトラマイクロニッコールなのだ。 孤高でだれ知らず時代から消えようとしていた。 だから私は無視できない。 人生を軌道修正するレンズがあるのだ。

キング・オブ・ザ・レンズ

テクニカルデータ

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8の性能緒元をみてみよう。 日本光学工業株式会社の技術資料には以下の説明がある。

「ワンショット方式によるフォト・マスク製作用レンズとして、 既に我が国はもとより、 世界各国にて使用されているウルトラマイクロニッコール 105mm F2.8を改良して、 半導体ウェハーの大きさに合わせて画面サイズを広くしたレンズです。 直径 28mmの範囲をカバーします。 レンズマウントは、従来の 105mmレンズと同じで、作動距離も、 焦点距離の違いを撮影倍率を 1/25にすることにより ほぼ同じにしてありますので、 今までに 105mmを装着していたカメラに容易に取付け、使用できます。」

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8

−焦点距離: 125mm
−最大口径比: 1 : 2.8
−最小絞り: F8
−絞り目盛り: 2.8, 4, 5.6, 8   半絞りにクリックあり
−レンズ構成: 6群7枚
−基準倍率: 1/25X
−画角: 12.3°
−色収差補正: 546nm (e-line)
−口径蝕: 0% (F2.8にて)
−歪曲収差: -0.3%
−解像力: 400本/mm
−原稿サイズ: 700mm⌀
−画像サイズ: 28mm⌀
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 3364mm
−フィルター径: 72mm P=0.75
−マウント: 62mm P=1.0 ねじマウント
−重量: 695g
−重量実測: 709.0g
−付属品: 前後キャップ、木製格納箱入

−発売時期: 1965年
−当時の価格:
      840,000円(1969年 1月)
   1,000,000円(1974年 6月)
   1,000,000円(1976年 4月)
   1,000,000円(1977年12月)

焦点距離が125mmのレンズで解像力400本/mmとは驚愕ものである。 重量を実測してみるとカタログデータと大幅に異なる。 カタログデータは 695g。 家庭用のデジタルスケール( TANITA KJ-114 )で実測すると 709.0g。 この違いはなんなのか。 実測した試料が所有する1つだけなのでなんとも言えないが。

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8のレンズ構成図

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8のレンズ構成図を示す。 日本光学工業株式会社が発行した正式な技術資料から転載させていただいた。 クリックするとすこし大き目の図面が出るので贅沢なレンズ構成を再確認したい。

6群7枚のきわめて端正な品格のあるレンズ構成。 前玉が凸面というのも一般の写真用望遠レンズと同じであり、安定した安心感がある。 寸法入りの図面からは、 アタッチメントサイズ(フィルター径)は 72mm P=0.75 ということが確認いただけるだろう。

レンズ構成図各部寸法入り

製造シリアル番号のこと

2018年のことである。東京・品川のニコンミュージアムで非常に興味深い企画展が開催された。 企画展のタイトルは「世界最高解像度レンズの系譜 ウルトラマイクロニッコール」。 開催期間は2018年4月3日(火)〜6月30日(土)であった。 詳しい内容とその記録は「 ニコンミュージアムUMN展レポート 」 を見ていただくとして、 ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8 試作が展示された。

説明パネルにはウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8 試作と明示されており、 レンズ現物に刻印された製造シリアル番号は No. 930102 だった。 試作は No. 930101 からスタートし3本製作されたようだ。 本記事で示しているとおり、著者が所有するレンズの製造シリアル番号は No. 930371 である。 単純に数えて、約270番目のレンズなのであろうか。 ともかく、 製造シリアル番号のスタートがある程度明確になった事例ということで、ここに情報を残しておきたい。

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8 試作 1965年
製造シリアル番号 No. 930102
ニコンミュージアム収蔵品

現存するレンズは少ないと思われるが、 私が2001年から2024年現在まで、ざっくりアバウトに市場をウォッチした限りでは、 全世界で23本出現している。

その内訳は、製造シリアル番号で分けると、 9301xx番代が 7本、9302xx番代が 8本、9303xx番代が 7本、9305xx番代が 1本 となっている。9304xx番代はまだ遭遇していない。 とうぜん全数を把握できるはずもなく、参考値ということでご理解いただきたい。 もちろん掲げた数値については画像を含む正確な記録エビデンスを保存している。

製造本数は当初 300本程度と推測していたが、 2021年 6月に 9305xx番代が 1本ロシアから出たので推測も見直しが必要だ。 400本程度である可能性が高い。

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8 による実写

実写した第一印象は、色再現性に非常に優れたレンズということだ。 記録媒体が、リバーサルフィルムであろうと、デジタルの撮像素子であろうと、 輝く被写体から総天然色のリアルで重厚な絵を正確に焼き付けことができる。 条件の厳しい光線環境で撮影をしてみたが、色収差はまったく検出できなかった。 銘にアポクロマートをうたっているわけではないが、 アポクロマートを超える馬力と描写性能を秘めていることがわかった。
実写画像をクリックすると少し大き目のサイズの画像が出ます。

専用の特注ニコンFマウントアダプターでレンズを装着

日本の秋空の下

静かに風そよぐ秋は稲田の風景

線路沿いの誰もみていない彼岸花の赤色

専用の特注ニコンFマウントアダプターでレンズを装着

季節は桜花の春

春陽光の下に華麗な色彩を放つ桜が躍動する

昭和30年代の日本映画の典型的な色彩を表現できるレンズ

コダクローム64のような重厚な発色の画像を叩き出す実力

レンズ姿ブツ撮りの新しい流れを創る

2001年当時、最初に書いたコンテンツに 1枚だけ貼った画像を以下に示す。 12月初旬の午後4時過ぎ。風が冷たい。レンズも冷えている。 150万画素、横 640ピクセルの、なんとも非力なコンパクトデジタルカメラで撮影した。 1枚の画像はたったの 80キロバイトしかない。 しかしながら、思いを込めて撮影した当時の映像は、デジタル出力は小さいながら、 絵の持つパワーと情緒は、その後追加撮影した画像には負けていない。

最初に書いたコンテンツに 1枚だけ貼った画像
(撮影年は2001年12月)

従来から、レンズの外観姿を写した写真は、背景無地のスタジオで撮るものだった。 カタログでおなじみのブツ撮り写真の姿である。 2001年にこのサイトを立ち上げた時に新しい試みをしてみた。 レンズを背景無地のスタジオ室内ではなく、 屋外の自然の下にレンズを置いてみるプランだ。 そもそも、レンズをカメラに装着せずに、 レンズ単体で青空の下に置かれている商業写真は見たことがなかった。 雑誌の広告はもとより製品カタログでも見たことがない。 私の中で「レンズポエム」という概念はこれを機に、2001年にスタートした。

森の中にレンズを置く。 このシーンは2001年当時、読者の方には新鮮に映ったようだ。 レンズ前玉のコーティングに写り込む情景。背景よりも注意を払ったものである。 刻印がハッキリと明瞭に写っていることは重要。 写真でごはんを食べているプロなら当たり前であるが、 アマチュアでも自称アマチュアのプロを語るならば、 ここはきっちりと真面目に仕事していただきたい。

美しく輝くレンズは国宝級美術品の風格
(撮影年は2001年12月)

ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8。 125ミリという焦点距離のレンズは、一般の写真用レンズでは、 クラシックだとライツのヘクトール 125mm F2.5が有名である。 比較的新しいところでは、フォクトレンダーのマクロアポランター 125mm F2.5 SLだろうか。 いずれにせよ、高性能な個性的銘玉であることに間違いない。 やや珍しい部類の焦点距離のレンズではあるが、 ウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8の精緻で極めて自然な描写をする基本性能と、 手にした時の心地よい重量感がお気に入りで、いまでも活躍するシーンの多いレンズとなっている。

ニコン Z 写真帖

ニコン Z 6 にウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8を装着して撮影した。 接写とか近距離ではなく、いわゆる無限遠での撮影である。 実際には距離にして約 600メートル先の景色なので、有限であり遠景での撮影となる。 基準倍率が 1/25Xのレンズなので遠距離にも強い。 有効画素数 2450万画素のスタンダードなカメラを使用したが、 さらに 100億画素程度の写真機ならばの本来のレンズの実力を発揮できるだろう。

ニコン Z 6 にウルトラマイクロニッコール 125mm F2.8

Ultra Micro Nikkor 125mm F2.8
ASA 400   F8   1/2000 sec.   -0 +0

いつもの遠景撮影の定点ポイントは京王線の多摩川橋梁を望む地点から撮影した。 さくさくっと何も思想せずに撮影したが、極めて良質の映像を無言で叩き出したのはさすがと言うしかない。 JPEGの撮って出し画像である。 画像をクリックし等倍で見ていただくとわかるが、鬼のように解像している。

Ultra Micro Nikkor 125mm F2.8
ASA 400   F8   1/2000 sec.   -0 +0

2024年のあとがき

この記事のオリジナルは2001年12月当時に書いたものです。 2005年以降には、専用のニコンFマウントアダプターを特注して、 ニコン一眼レフによる実写も試みてみました。 2016年のサイト移転に伴う大幅な見直しでは、実写等の画像を追加しました。

2017年の改版では、テクニカルデータを整理し、レンズ構成図を追加しました。 2018年にはニコンミュージアムで非常に貴重な企画展が開催されましたので、 試作の製造シリアル番号について考察を入れました。 2020年の改版では「ニコン Z 写真帖」として Z 6 による実写作例を組み込みました。

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