Ultra Micro Nikkor 50mm F1.8h Brilliant Lens

ガーネットルビー色のコーティングが美しいUMN 50mm F1.8h
(撮影年は2001年12月)

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h

伝説の砲金製外装
武装した重量級鏡玉
9群12枚の性能限界
最高出力800本/mm以上
技術者魂と職人技の極致
理想レンズの夢

と、やや暴走気味の賛を書いたのは2001年12月のことだった。
爾来二十余年。改めてウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8hを見直してみた。

1969年登場

伝説のウルトラマイクロニッコールではあるが、はっきりいってこれはレアアイテムである。 もともとウルトラマイクロニッコールの最終世代、最後の時代に製造されたレンズだ。 レンズのシリアル番号と市場への出現数から推測しても、製造数は100本と少し程度ではないか。

1969年は、最後に咲いた満開の桜だつた。 この1969年に登場したウルトラマイクロニッコールは5本。 5本リリースというのは、この世界では非常に大きな数字と言えるだろう。 UMN 30mm F1.2h、UMN 50mm F1.8e、UMN 50mm F1.8h、UMN 225mm F1.0g、 そしてUMN 300mm F1.4gである。

当時はまだ、デジタル電子計算機はICの時代だった。 将来のLSI化に向けて登場したのが、 波長404.7nmのh線による微細なパターン像焼付けを可能にしたh線対応レンズだ。 主にフォトリピーターに装着され、 逐次撮影法 (Step and Repeat Method) による集積回路のクロームマスク製作に使われた。

高価なレンズだった。しかし価格は二の次だったのだろう。 極限の性能を得るために、企業の最先端半導体製造部門、 大学の研究機関は価格を度外視して、限界性能レンズを手に入れた。 理想レンズの理想郷だったのか。 一般個人がお金を出して購入するものではなかった。

見た目よりもかなり重い

ガラスレンズが12枚も詰まった弩級の極超高性能レンズ

驚愕の800本/mmウルトラパワー

性能はどうだろうか。 ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h。 レンズ構成9群12枚。 基準倍率1/5倍。色収差補正波長は435.8nm (g線)、404.7nm (h線)。 歪曲収差はたったの 0.002% だ。 超越したハイパーパワーが引き出す解像力スペックは、 なんと驚愕の800本/mm!の極超スーパーハイエンド。

マウントは52mm ピッチ1mmのネジマウント。 フィルター径は52mm ピッチ0.75。 つまり、ニコン一眼レフ用レンズの52ミリフィルター径と同じ規格だ。 直径58ミリ、長さ97ミリ。塗装のていねいな重い鏡胴。 M=1/5 h のレッドポイント(撮影基準倍率を示す赤い文字の刻印)が目印だ。

極超スーパーハイエンドなブリリアント・レンズ
(撮影年は2001年12月)

重量砲金外装

外装は武骨だ。スパルタンな印象を持つ。 黒い外装は3本の化粧ネジ(マイナスネジ)でかんたんに外れる。 中から出てくるのは、まるで兵器か武器だ。 とくにレンズの前玉部分、フィルター枠を構成する金属ブロックは、砲金製なのか。 ドイツ製の精密なピストルを想わせるガンメタルの光沢。硬度。

ここまで筐体を頑丈強固に造る理由は、その光学精度を維持するためかもしれない。 どこまでも深く、そしてすこしばかり不気味に赤いガーネットルビー色のコーティング。 極めて戦闘的でありながら品格があり魅力的だ。 ほかに例えるもの、比較するものがない。存在することが存在である。

重量砲金外装にガーネットルビー色のコーティング

テクニカルデータ

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8シリーズのオリジナル性能をみてみよう。 手元にe線用のウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8e、 それに、h線用のウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8hの性能緒元が記載された一次資料がある。 日本光学が発行したセールスマニュアルである。 どこかで誰かのお役に立つだろうから両方のレンズの性能緒元を示す。

レンズ構成図は、1970年代となると、 レンズ本体外観の各部の寸法のみを記載したものしか公開されていない。 レンズエレメントはブラックボックスになっているのだ。 レンズ各部寸法図ということで掲載してみた。 円柱形のストンとした茶筒のような鏡胴デザインが図面から読み取れる。 画像上でクリックすると大き目のサイズで表示されるので確認していただきたい。

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8e

−焦点距離(設計値): 49.2mm
−最大口径比: 1 : 1.8
−最小絞り: F1.8 固定
−レンズ構成: 9群12枚
−撮影基準倍率: 1/5X
−画角: 13.1度
−色収差補正波長: 546.1nm (e-line)
−口径蝕: 0%
−歪曲収差: 0.004%
−解像力: 500本/mm (14mm⌀), 600本/mm (12mm⌀)
−画像サイズ: 14mm⌀
−原稿サイズ: 70mm⌀
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 315mm
−フィルター径: 52mm P=0.75
−マウント: 52mm P=1.0 ねじマウント
−重量: 760g

−発売時期: 1969年
−当時の価格:
   360,000円(1974年 6月)
   360,000円(1976年 4月)
   360,000円(1977年12月)

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8eのレンズ各部寸法

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h

−焦点距離(設計値): 49.2mm
−最大口径比: 1 : 1.8
−最小絞り: F1.8 固定
−レンズ構成: 9群12枚
−撮影基準倍率: 1/5X
−色収差補正波長: 435.8nm (g-line), 404.7nm (h-line)
−口径蝕: 0%
−歪曲収差: 0.002%
−解像力: 650本/mm (14mm⌀), 800本/mm (10mm⌀)
−画像サイズ: 14mm⌀
−原稿サイズ: 70mm⌀
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 315mm
−フィルター径: 52mm P=0.75
−マウント: 52mm P=1.0 ねじマウント
−重量: 700g
−重量実測: 583.0g

−発売時期: 1969年
−当時の価格:
   385,000円(1974年 6月)
   385,000円(1976年 4月)
   385,000円(1977年12月)

レンズの重量をよく見ていただきたい。カタログデータは 700gである。 ところが実測してみると 583.0gとまるで別物のように大幅に重量が異なる。 この点は記事末尾で言及してみた。

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8hのレンズ各部寸法

妖しく美しい光を放つウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h

あぶない美しさ

このレンズを入手したのは2001年12月のことだった。 大英帝国からエリザベス女王の肖像切手がベタベタ貼られたハコで ロイヤルメールが届いた。 このレンズは、希少種ではあるがほぼ新品の状態で捕獲できた。 1977年印刷の詳細のデータシートも添付されていた。 まだまだ、こういった夢のような、夢のレンズとの再会があるのだ。 まんざらこの世の中も捨てたものではないと思った。

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8hの気配は、研ぎ澄まされた日本刀そのものだ。 危険と美が併せ持つ様式美に気が付く。この美しさは、どこかあぶない。 あぶないものは美しいものだ。

危険と美を併せ持つブリリアントな様式美

昔見た初夏の午後のようなレンズのある風景

2018年ニコンミュージアムの展示から

「ウルトラマイクロニッコール展」において、ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h線用と、 ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8e線用が展示されていたのでここで紹介したい。
画像の上で左クリックすると大きいサイズの画像が表示されます。

ニコンミュージアム「ウルトラマイクロニッコール展」から

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h(1969年)
No. 510110

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8e(1969年)
No. 500118

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8e

赤いガーネットルビー色のコーティング

装置組込み用の設え

画像は、企画展 「世界最高解像度レンズの系譜 ウルトラマイクロニッコール」より紹介させていただいた。 開催場所は、東京・品川のニコンミュージアム。 開催期間は、2018年4月3日(火)〜6月30日(土)であった。 詳しいその全貌と記録は「 ニコンミュージアムUMN展レポート 」 をご覧いただきたい。

レンズ重量を実測してみて

2020年の改版にあたり、念のためレンズの重量を実測してみることにした。 まさかニコンの正式資料と異なるわけがないだろうが、念のためである。 その念のためがおもわぬ展開となった。

複数の正式資料のカタログデータによると、レンズの重量は 700gである。 家庭用のデジタルスケール( TANITA KJ-114 )で実測してみると 583.0gだった。 こんな大きな違いがあるなんてあり得ない。 スケールが故障したのかと思い、もう1台のTANITA製上皿はかりで実測してみると 583gだった。 どうやら測定環境に問題はないようだ。

この事実は非常によろしくない。身近な例で考察してみる。 金塊を 700トン買ったとしよう。購入代金は支払った。 ところが届いた金塊は 583トンだった。 その差は 117トン。金額にして約7,100億円。 重量が資料と実物で異なるのはこの例のように極めてまずい。 スケールを実際の数値で考察してみよう。 人工衛星搭載用のレンズ。700gと設計値通りなので購入した。 しかし実物は 583g。17パーセントも誤差がある。 人工衛星はミリグラム単位で構成される超精密機器。 これでは設計を再度やり直しだ。

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8h のレンズ重量が 700gと記載されているニコンの正式資料は以下のとおり。 すべて1970年代当時に日本光学工業株式会社が発行した一次資料である。

ニコンセールスマニュアル LENS DATA 1970.7
ULTRA MICRO NIKKOR (UM-17 ページ)

Nikon ウルトラマイクロニッコール
カタログ番号 8203-02 KJC 403-5/1

以上の日本語データをそのまま英語翻訳した英文マニュアル

発行からすでに50年は経過している資料である。 資料の性質から言って誤記訂正のチャンスがないまま年月が過ぎてしまった。 日本語の資料はそのまま英語に翻訳され、数値はそのままのデータで全世界に配られた。 じじつ上記の英文資料は1970年代当時の西独フォトキナで配られたものである。

いまさらどうなっているんだと声を上げる気もないし、そういう問題でもない。 とも角、いまユーザー向けの、技術文書、製品仕様、カタログを書いている方に申し上げたい。 産業分野は問わない。 どうか原稿が正しいことを確かめていただきたい。 とくに重量などは自分で実測できる。 千円も出せば精度のよいデジタルスケールが買える。 あなたが書いたカタログはあと50年もすれば再評価されることを覚えていてほしい。

なお、話は別件となるが、2017年の改版時にも資料の誤りが見つかり、 本記事で訂正を行ったのでここに記しておこう。

タイトル「●1969年登場」の記事。 用途の説明の中で、逐次撮影法 (Stop and Repeat Method) と記載していたが、 逐次撮影法 (Step and Repeat Method) に修正した。 これは参照したニコンの資料の誤りで、Stopと印刷されていたのをそのまま転記してしまったものである。 ほかのレンズの資料ではStepとなっているので、ソースが誤っていたとはいえ、 お恥ずかしいミスであった。

2021年のあとがき

このコンテンツのオリジナルは2001年12月当時に書いたものです。 画像はたったの1枚きりでした。 その後2016年のサイト移動に伴う大幅な見直しで、 新たに撮影した画像を追加しました。 続けて2017年には、テクニカルデータを整理し、 レンズ構成図の追加と当時の価格について説明を加えました。 2019年の改版では、 ニコンミュージアムの企画展「ウルトラマイクロニッコール展」で展示された品目から、 UMN F1.8に関する展示を紹介しました。 2020年にはレンズ重量を実測し考察をまとめました。

ウルトラマイクロニッコール 50mm F1.8hが希少種であることは、現在も事情は変わらないようです。 また、黒塗装の砲金製外装に収まった赤いガーネットルビー色のコーティングの輝きは今も変わりはありません。

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