The Fax Ortho Nikkor 400mm F5.6 Daimajin
● ドイツからの便り ドイツのフレンド、世界一のマクロレンズ研究家であるクラウス・シュミット博士から、 近況の便りとともにレンズリストと画像が届いた。 コレクションの強化のために、 いくつかのレンズを手放したいが、日本の愛好家に譲りたいとのことだった。 その中に、大魔神がいた。しかも新品コンディションである。 わが家にはすでに1本鎮座している。提示された価格はほぼ購入価格と思われたが、 ミントコンディションのそれは高価だった。 日本でこのレンズを受け入れられる、つまり、購入して大型写真装置で実写できるのは、 関西在住の藤本さんしかいないなと思った。 藤本さん、正確には、ご兄弟である。 弟の藤本さんは、非常にパワフルで個性的なウェブサイト「写楽彩」を運営されているので、 ご存知の方も多いと思う。 さっそく藤本さんに連絡をとると、話はとんとん拍子に進んだ。 ドイツのクラウスさんも、藤本さんのウェブサイトを見て、 ちゃんと分かっている人に譲ることができて喜んでいた。 「フジモトはこのレンズで写真撮影するらしい」と伝えたら、 クラウスさんは「クレージー!」と言って、激励してくれた。 「ほんまかいな」と言ったような気もするが、たぶん気のせいだろう。 ドイツから、重量級の航空便が兄の藤本さん宅に届いたのは、それから1週間後だった。
The Fax Ortho Nikkor 400mm F5.6 Daimajin
● 大魔神復活 大魔神。ファックス・オルソ・ニッコール400mm F5.6。 大型タンカーなど、造船用の鋼板罫書装置に搭載された工業用ニッコールレンズだ。 詳しい話は「 Fax-Ortho-NIKKOR 400mm F5.6 Huge Daimajin 」を見ていただきたい。 藤本さんの最初の苦労は、搭載カメラの選定だった。 約4キロの重量級レンズ。大型のねじマウント。当然シャッター機構はない。 世界的な精密ビューカメラ、スイスのジナーSが選択された。 コマーシャル写真家に愛用者が多い、モノレールが特徴の、 4×5インチ判大型ビューカメラである。 では、どうやってレンズをカメラに搭載するのか。 あれこれ考えるのは、たのしい苦労である。 誰もやったことのないことだから、教えてくれる人はいない。 藤本さんは、この重量級レンズを精密にマウントするために、 レンズボードを特注したのである。 こういった神業的な仕事ができるのは、 関西方面では大阪中崎町のマニアックなカメラ店しかない。 綿密な要求仕様。実現に向けた特殊加工技術。両者がバランスよく結実し、 世界に1つしかない大魔神ジナーボードが完成した。 出来上がったジナーボードに大魔神が搭載された姿には、 さすがのマニアックなカメラ店側も驚いたと聞く。
巨大なねじマウント部
特注のジナー大魔神マウント
日本光学とジナーが出会う
堅牢にマウントされたジナー大魔神
レンズボードはぴたりとジナーに固定
スイスのジナーシステムに日本の大魔神 ● ジナー搭載の実際 ジナーSに大魔神を搭載する「技」を見ていただこう。 特注の大型写真雲台を乗せた大型三脚に、慎重にジナーをセットする。 ジナー大魔神マウントへのレンズの搭載は慎重な作業となる。 さらに、超望遠レンズ用の大型ステー(支持台)で、 4キロの巨大前玉を支える。 この一連の作業も、藤本さんらは何回か練習を重ねることで、 2〜3分でスタンバイできるようになったという。 それにしても、 あの大型写真機ジナーの蛇腹が、35ミリ一眼レフのベローズのように見えてしまう。 なんともすごい光景である。
ジナーSを大型写真雲台にしっかり固定する
4キロの巨大レンズを支える超望遠レンズ用大型ステー
見よこのあやしい写真家の姿を ● 京都ロケ敢行 藤本さん兄弟は、大魔神を搭載したジナー4×5写真機と、 大型雲台を取り付けた重量級三脚をかつぎ上げて、京都ロケを敢行した。 京都は北野天満宮。 カメラクルーがロケハンした被写体は、北野天満宮の梅である。 ジナー大魔神による撮影は、壮絶、悲惨、苦節の修行となったのだ。 お話を聞くと、失礼ながら微笑んでしまうが、 藤本さん兄弟にとっては苦行そのものだったらしい。 しかしながら、「いやあ、たいへんでしたよ」と嬉しそうに言われると、 このジナー大魔神による「修行」は、たのしそうに思えてくるのである。 フィルムバックは、ジナー4×5インチ判、それにペンタックス67を使い、 リバーサルフィルムで撮影を行っている。
巨大レンズが北野天満宮に出現
ジナーの長いモノレールにロングベローズでクローズアップ撮影
ペンタックスの6×7フィルムバックにジナーと重たい大魔神 ● 大魔神の繊細な写り 京都ロケでの作例を見ていただこう。 まずはジナー4×5インチ判のポジから。400mm 開放F5.6である。 咲きほころぶ北野天満宮の白梅を大魔神はどう見たのだろうか。 ペンタックス67判では、日本画のような構成と、カラー発色が得られた。 いずれにせよ、ニュートラルで繊細な写りである。 クローズアップでも、優雅な背景のぼけが確認できた。 こんかいの作例はすべて400mm 開放F5.6によるものであるが、 工業用ニッコールレンズが得意な鮮鋭でシャープな描写にも対応できる。
作品1.きわめて繊細な描写のなかに豊穣の質感と空気が写る(4×5判)
作品2.古代色の日本画を構成する鏡玉の力(オリジナルは6×7判)
作品3.魅力的な大玉でのクローズアップ(6×7判)
● 和歌山の紀三井寺 梅の撮影に続いて、藤本さんらは桜の撮影に挑戦した。和歌山県の紀三井寺だ。 紀三井寺(きみいでら)は、西国三十三国所第二番札所の観音霊場で、 「ふるさとを はるばるここに 紀三井寺 花の都も 近くなるらん」のご詠歌で知られている。 写真家にとっては、本州に春の到来を告げる「早咲き桜の名所」で、知る人も多いだろう。 カメラはジナーS。レンズはファックス・オルソ・ニッコール400mm F5.6を、F16まで絞って撮影。 F16に絞っても、後ろの豪華なぼけ具合はさすがに凄い。映画のような立体感。 奈良朝時代。宝亀元年に見た桜の情景は、時空を超えて惑星直列している。 4×5判のオリジナル・ポジは、それはそれは美しい。 繊細ながら、余裕のダイナミックレンジを持つスーパーレンズの描写を見ていただきたい。 まるで立体写真のような空気感をかんじられるだろう。
作品4.幽玄な色彩と香る桜は和歌山の霊刹・紀三井寺(4×5判)
● クラウスさんからのメッセージ この大魔神プロジェクトについて、 いっしょにコラボレーションを進めたドイツのクラウスさんから、 以下のようなメッセージをいただいた。
アキヤマサン、
フジモトサン、 クラウス・シュミット
● よみがえる大魔神 造船産業で使われてきたファックス・オルソ・ニッコール400mm F5.6。 映像で見ると、大きいレンズのように見えるが、 実物は大きいというよりも巨大である。 重量もあることから、なかなか一般の写真撮影に使うことは困難である。 レンズそのものも、世界的にもごくわずかしか残っていない。 ドイツのマクロレンズ研究家クラウス・シュミットさんから、 関西在住の稀少レンズ愛好家、藤本さん兄弟のところにレンズが到来。 スイスの大型ビューカメラ、ジナーSへの搭載を実現。 現存する世界的な文化的工業遺産である大魔神を救い出し、 写真機に搭載することを実現してしまった藤本さん兄弟には、 ニコンマニヤでなくても頭が下がる思いである。 京都ロケは北野天満宮で梅の撮影。続く和歌山の紀三井寺は桜満開の物語。 カメラのセットアップ、レンズの装着、そして撮影行のようすまでをごらんいただきたい。 4×5判商用カメラによる本レンズでの撮影は、世界でも例のない快挙である。 幻の工業用ニッコールレンズが現代によみがえった。 その繊細かつ豊かなダイナミックレンジと、比類なきパワーを実感できるだろう。 かつて造船ニッポン、冷たい造船用鋼板ばかり見つめていた過去をもち、 いま、日本は古都の美しい花が咲く風の彼方を、万感のおもいで記憶に焼き付ける大魔神。 私はこの世によみがえったプライド高き巨大レンズを知っている。 ---------- この記事の掲載にあたり、ドイツのクラウス・シュミット氏のご支援、 ならびに、 多数の画像を提供いただきました関西在住の藤本氏ご兄弟に感謝いたします。 ありがとうございました。 ● 2020年のあとがき このコンテンツのオリジナルは2006年4月に公開したものです。 2016年のサイト移転に伴う見直しで画像品質が向上するように再調整しました。 2020年にはすべての画像について、クリックすると大き目のサイズの画像を表示するようにしました。
Copyright Akiyama Michio, Tokyo Japan 2006, 2020
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