November 2006, Nikon Kenkyukai

Very Super Vintage Nikon I No. 60924

November 18, 2006
Nikon Kenkyukai Tokyo Meeting
Dr. Manabu Nakai
Special Study
Nikon I Deep Research

秋の研究会風景

富山大学名誉教授 中井 学先生

今月の特別ゲストは、富山大学名誉教授の中井学先生です。
中井先生は、雑誌「写真工業」に

  • 軍用ライカの謎に迫る(前編) 2004年7月号
  • 軍用ライカの謎に迫る(後編) 2004年8月号
  • ニコン神話の研究−ニコンS論考− 2006年3月号
と、学術的観点からみた歴史的写真機にかんする考察を掲載されています。
ニコン研究会の月例報告 2006年3月例会 でも紹介しましたが、 2006年3月号「ニコン神話の研究−ニコンS論考−」は、ニコン研究会の会員が 全員購入したという非常に密度の高い論考となっています。

中井先生がニコンI型の内部機構にかんする研究を行っていることを知り、 秋山満夫が中井先生にとくべつにお願いして、 ニコン研究会例会でお話を聞く機会をセッティングしました。
先生はご自身が所有の貴重なニコンI型を持ち込まれました。 ニコン研究会からは、 最初期型をはじめとするいくつかのバージョンのニコンI型を集めました。
会員が持ち寄ったニコンI型と歴史的ニコン機を並べ、 実機の検証を中心とした研究、平たくいえば、 超マニヤックなニコン談義に突入しました。

富山大学名誉教授 中井 学先生

ニコンS2南極観測隊特装機を鑑定する中井博士

ニコンS2南極観測隊特装機

さいしょに、いくつかのニコン歴史的写真機を見てみました。
ニコンS2南極観測隊特装機は、第一次観測隊(1956年)用に、 当時の日本光学が機械的改造と潤滑油系統の調整を行った特殊機です。

日本光学の正式資料によりますと、伊藤洋平氏執筆の南極観測隊の記事のなかに、 以下の記述を見出すことができました。
「東京出向を旬日の後に控えたある日、私は日本光学の好意で、 よく整備の行き届いた二台のニコンS2と、 そのアクセサリー一式(レンズはニッコール三五ミリF1.8、 五0ミリF1.4、一三五ミリF3.5)を手に入れることが出来た。」 (原文のまま)

ここでいう、「日本光学の好意で、よく整備の行き届いた二台のニコンS2」 がこの機械かどうかは特定できません。
しかしながら、

(1)  シャッターダイアルの刻印が1/500秒までしかない
(2)  フィルム巻き戻しクランク部周辺に扇状の切り欠きが入っている
(3)  A-Rリングに切り欠きが2つ入っている
(4)  シャッターボタンが市販モデルよりやや高い

など、日本光学工業株式会社でないとできない精密な機械的改造がなされている点から、 ニコンS2南極観測隊特装機と判断できます。
シャッター速度が1/1000秒から1/500秒に落してあるのは寒冷地対策、 細かい操作部分に切り欠きが入っているのは、手袋をしていても操作をし易くするためと思われます。

ニコンS2南極観測隊特装機(JARE1スペシアル)1956年

フィルム巻き戻しクランク部周辺の扇状の切り欠き

伊藤洋平氏のことを説明したいと思います。 第一次南極観測隊に医師として参加した当事は33歳。 京都大学医学部を卒業し、京都大学ウィルス研究所に勤務されていました。 山岳文献に詳しい方だと誰でも知っている話ですが、 昭和22年5月に山岳雑誌「岳人」を創刊したのは、 当事京都大学の医学生だった伊藤洋平氏なのです。

伊藤洋平氏の山岳方面での活躍はあまりにも有名なので省略しますが、 医師であり山岳家だった伊藤洋平氏が持ったニコンS2南極観測隊特装機は、 現在でもその風格ある姿を保っています。

伊藤洋平氏は、その後昭和56年に京都大学医学部長に就任されましたが、 昭和60年7月に現職のまま急逝されています。

極地での使用に耐えた風格を放つニコンS2南極観測隊特装機

ここで、2017年に「ニコンS2南極観測隊特装機」が南極観測隊で実際に使われた事実が、 極めて信頼できるエビデンスと共に一般公開されましたので報告します。

2017年の夏のことです。東京は二子玉川の「玉川高島屋S・C」。
夏休みの子供とファミリー向けの「南極・北極展」と題した企画イベントが開催されました。 会期は2017年7月22日(土)〜8月16日(水)。
関係者から、「南極で使われた古いニコンのカメラが展示されている」との情報を得ました。 イベントの特別協力は国立極地研究所です。
これは期待できそうと行ってみました。驚きました。

ニコンS2南極観測隊特装機の現物が展示されていたのです。 特装機であることを特定する外観上の大きな特徴がすべて備わっています。 カメラの来歴も血統も完璧です。完璧なエビデンスです。 説明掲示パネルには以下のとおりの解説がありました。

●南極観測の原点を物語る”歴史的記念品”

1957年(昭和32)第2次南極地域観測隊に参加した吉田栄夫さん (当時:東京大学大学院生 現:日本極地研究振興会理事長) 提供の重要史料を特別公開。

NIKON 製カメラ「ニコンS2南極観測隊特装機」
1956年の第1次南極地域観測隊の地理部門用に開発され、 使い易さや寒冷対策、地図測量撮影への最適化等、調整された特別仕様のカメラ。 吉田さんが第2次隊に参加する際、 東大での恩師で第1次隊の吉川虎雄先生から引き継いだもの。

提供:日本極地研究振興会

2017年夏「南極・北極展」で展示されたニコンS2南極観測隊特装機

この部分の説明は、2017年8月17日に追加しました。 それにしても、歴史的事実のエビデンスは時間の経過とともに、 ある時いきなり出てくるものです。驚きました。

プレス仕様のニコンS型

以下は特別プレス仕様のニコンS型です。 巻き戻しがクランク式に改造された機械で、従軍カメラマンのプレス仕様です。 全体の風合いと言い、佇まい、景色、 どれをとってもニコン歴史的写真機の美しさが実感できるカメラです。

特別プレス仕様のニコンS型

巻き戻しクランクに注目したいニコンS型

幻のニコンFラジオコントロールユニット

さて、ここでコーヒーブレイクということで、別の出品アイテムを見てみましょう。
な、なんと、幻のニコンFラジオコントロールユニットが登場です。 写真でしか、それも画像の不鮮明な写真でしか見たことがありません。 ここは、ニコンF研究家の鈴木昭彦さんに解説をしていただきましょう。

写真 1.ニコン無線操作装置一式

ニコン無線操作装置

おそらく、この無線装置フルセットの画像が公開されるのは世界で初めてでしょう。 ニコンFの純正アクセサリー調査、収集にとって最難関のひとつです。

今までのニコンFに関する書籍でも、 カタログの複写とか挿絵によって紹介されていた品物で このサイトならでは公開できる非常に貴重な画像だと思います。 また、この個体は、ほぼ未使用状態で、 まだ一部の配線にいたってはオリジナルの封も切られておりません。

こういった、アクセサリー類は、 各種学校や研究所に於いて確固たる使用目的が定められていない状態で、 カタログを見て奨められるままに購入する場合が多く、 この個体も同様な経緯によって購入され、 また使用されずに放出されたと想像出来ます。

今回の画像の無線装置はカタログに登場した無線装置としては、 三番目の形状をしており、実際販売が確認されている機種です。 この装置は、モータードライブ用のリレーボックスを使用すれば、 ニコンF以外でもSPやS3M、S2Eにも使用することが出来ます。 ニコンFの直結バッテリーボックスには、 この受信装置から直接配線して作動させることも可能で、 この個体はそのように改造されていました。

改造箇所は、写真 1、写真 2とも右下部に普通の 100Vの 黒色のプラグのように見受けられる部品で、 これはまさに当時の 100Vのプラグで、 直結バッテリーボックスを使う場合は、 リレーボックスの差し込みプラグを切断して、 市販されているACプラグコードを接続して使用するように説明されており、 その改造が施されています。

この装置は、一度に 2台のカメラを操作することが出来ます。 ただし、一コマ撮り、連続撮りは無線装置では変更できず、 カメラに結線してあるリレーボックス、 あるいは直結式電池ケースのスイッチを、 事前にセットすることにより設定します。 脇に 3つの同じ形をしたスイッチによって 2台の操作をします。

アウトプット 1に結線してあるカメラを操作する場合は、1のボタン。 同様にアウトプット 2のカメラは 2のボタン。 同時に 2台作動させる場合は 3のボタンを押して操作します。 遠隔操作ですので、連続撮りの場合はスイッチを離しても一コマ余計に 撮影されてしまう事があると注意書きがあります。 到達距離は、最良条件で 1km、市街地で約 300m(障害物により大幅に短縮される)。

無線操作装置は調査対象が非常に少ないので、 どのようなバリエーションがあるかは未調査です。 ただ、初期のカタログには、 全く違う形状の無線装置らしき物が掲載されております。 また、ニコンFフォトミックが発売された頃のカタログには 明らかに、ニコン用と思われる無線装置の画像がカタログに載っています。 しかし値段等は一切記述がなく、実際に販売されたかどうかは不明です。

この機種の使用説明書は、数種類確認出来ておりますので、 思っていたより長期間にわたって販売されていたようです。 1964年のカタログより登場して来ましたので、他のアクセサリー同様、 東京オリンピックに合わせて発売されたのではないかと思われます。 ちなみに当時の価格は15万円でした。

鈴木 昭彦

写真 2.ニコン無線操作装置(左が送信機、右が受信機)

写真 3.ニコン無線操作装置(送信機には3つのボタン)

写真 4.左は MW-1ラジコンユニット、右は MW-2ラジコンユニット

ニコンT型の研究

詳細は雑誌「写真工業」2007年5月号、および6月号に掲載されている、 中井先生の特集記事「ニコンI・Mを愛でる」をぜひ参照してください。
ニコンT型の初期型における着脱式スプールの形状、 寸法について何台かの実機を計測してデータを取りました。
また、ニコンT型で実写を行った経験から、フィルムにキズがついたり、 フィルム送りに不都合が出ることはないことが報告されました。

超マニヤックなニコン談義が全開

世界一若番のニコンT型 No. 60924

ニコンT型 No. 60924のトップカバー

ニコンT型 No. 609199

ニコンT型 No. 609345

さらにニコンT型がもう2台

裏ブタを外したニコンT型

初期型ニコンT型の底ブタには大きい文字のMIOJ刻印

日本光学写真機作法

非常に希少なニコンT型が集まり、 初期型から製品として安定してきたバージョンまで 外観と内部機構を確認することができました。
レールの仕上がり、圧板のスプリングのきき具合、 内部の黒塗装の仕事ぶりなど、 何台もの実機を見比べないと分からない事実が見えてきました。

たのしいニコンの講義で盛り上がっています

カメラを痛めない特殊なプラスチック製測定器による計測

初期型ニコンT型の機構を観察する中井博士

初期型ニコンT型の底機構を撮影する中井先生

初期型ニコンT型の底機構

初期型ニコンT型のレール

ニコンT型スプールとマガジンの計測データ

貴重な日本光学写真機講義

中井先生を囲んで集合記念写真

楽しく興味深い、ディープなニコン講義はあっという間に時間を迎えました。 出席者全員で記念写真を撮りました。 後日、中井先生から、以下のメッセージをいただきましたので、 紹介したいと思います。

カメラやレンズに関する身近な研究では、 まず対象を観察することができないと研究は成立しません。
ニコン製品の長い年代・広い範囲にわたって、 今日入手困難なニコン製品が貴会の会員によって保存されており、 その意義は大きいと考えます。
次に貴会のそれらの製品が良好な状態にあることです。 状態が良いことは製品の機能や雰囲気を正しく理解する上で大事なことです。
3番目に、広い分野にわたってそれぞれの専門家がおいでることです。
既成概念のみでなく、 貴会の研究に基づく新鮮な視点からいろいろご教示をいただき、 有難うございました。

中井 学 (なかい まなぶ)

中井先生の記事が掲載された2007年5月号と6月号

草創期のニコンカメラ ニコンI・Mを愛でる

謝辞
富山大学名誉教授 中井学様には、東京で開催のニコン研究会例会へご参加くださり、 さらには貴重な現物試料を用意していただきました。 あわせて、研究への取組みにつきご助言をいただきました。
どうもありがとうございました。あつく御礼申し上げます。

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