World Minimum Nikon Silver Filter

世界最小の日本光学製銀枠フィルター
(撮影年は2001年11月)

世界最小の日本光学製銀枠フィルター

ずばり世界最小の日本光学製銀枠フィルターだ。
日本光学(ニコン)製に限定して、さらに銀枠(白枠という方もいる)のフィルターとなると、 これより小さいモデルは存在していないと思える。ただし、市販されていない特殊用途機器用は除く。

手のひらには、イエローとND4フィルターがちょこんと乗っている。 べつに私の手が特別大きいわけではない。 そのサイズ。ノギスで測ると径は15.0mm。 しかも白枠。つまり、クローム仕上げの銀色枠のフィルターだ。 驚くべきことに、この極小サイズのフィルター枠に刻印が彫り込んである。

NIPPON KOGAKU JAPAN Y48
NIPPON KOGAKU JAPAN ND4X
と読める。ちゃんと彫りこんだ文字にはきちんと黒エナメルが流し込んである。

だからどうしたと言わないでほしい。 時代は昭和30年代の製品であるが、この極小サイズのフィルターが存在していたことは 当時の社史「50年の歩み」、「ニコン75年史」には出てこない。 ギネスブック級のアイテムであるが、歴史から消えようとしている。

NIPPON KOGAKU JAPANの精緻な刻印

こだわるということ

日本人の感性でないと、この極小のフィルターは作れないだろう。 製品化するという姿勢に頭が下がる。 極小精密カメラの代表格である旧ラトビアか西ドイツ製のミノックスでも、 こういった凝ったフィルターは用意されていない。 一歩間違えると玩具扱いになるところを、日本光学はシリアスにまとめ、 きちんと極小のプラスチックケースに入れて市場に出した。 ケースさえ、伝統の富士山マーク、Nippon Kogaku Tokyo のロゴが浮き彫りになっている。 こだわるとはこういうことなのか。

極小精緻な刻印美

極小フィルターマニヤの世界では、オリンパスペン用の22.5mm径のフィルターが有名だし評価も高い。 小さいが精密な金属製で、やはり精緻な刻印が付されている。 仕上げもていねいである。とうぜんケースまで小さくかわいい。 しかし、そのサイズはニコン極小フィルターの方が二回りも小さい。

手のひらにフィルターが2個。それだけで情景であるが、 たったそれれだけのことをウェブで取り上げるのはページコンセプトに合っている。

オリンパスペン用の22.5mm径フィルターと比べても小さい

誰も知らないところで生きている

くどいようだが、このニコン製極小フルターはめったに市場に出てこない。 あったとしても安いものである。でもお金を用意したところで、モノがない。 存在を知る人も少ないからリクエストもない。誰も知らないところで生きているわけだ。

時代をうらむわけでなく、プライド高くどうどうとしている。
たったこれだけのこと。
たったと思える人はこれからも健全な写真機生活が送れるはずだ。
しかし、このレポートにみょうに感動してしまったあなた。
こういう人はアブない。

いまからでも遅くない。
あまりRED BOOK NIKKORモノを見ないようにしたい。
でもこれは、なかなかできるものでは、
ない。

ニコレックス8用の専用フィルターと専用レンズフード

ニコン15.0mm銀枠フィルターの種類

ここらでこのフィルターの素性を明らかにしておこう。 この小さいニコンフィルターは、 ニコレックス8(ダブル8方式の8mmフィルム式家庭用小型映画撮影機)の専用フィルターなのである。 小さい専用レンズフードまで用意されていたことに驚く。

ニコン研究会の2006年1月例会において、 ニコン15.0mm銀枠フィルターコレクションが公開されたので、この場で再掲しておきたい。 以下の画像をご覧いただきたい。

Dマウントレンズとニコン15.0mm銀枠フィルターコレクション

ニコレックス8用の専用フィルターと専用レンズフード

ニコン15.0mm銀枠フィルターと紙の元箱

8ミリムービーカメラ用のDマウントレンズと共に、 ニコレックス8のアクセサリーとしてニコン15.0mm銀枠フィルターが紹介された。 透明なUVフィルター、黄色系が2種、オレンジ色、みどり色、それにNDがあったようだ。 プラケースも大小の2種、紙の元箱もいくつかの種類があることが確認できた。

2018年のあとがき

このコンテンツのオリジナルは、2001年11月に書いたものです。 画像は手のひらの1枚のみ掲載していました。
2016年の見直しにあたり、オリンパスペン用22.5mm径フィルターとの比較など、その後に撮影した画像を追加しました。

いきなり手のひらが出てくる斬新なアートディレクションのつもりでしたが、 一部の読者の方にはうけていたようです。
すでに故人となられましたので、実名で書きますが、この手のひらをアップしたら、 東京は人形町の大正八年創業の老舗店「快生軒」オーナー社長の佐藤方彦さんから連絡が来ました。 佐藤方彦さんはカメラ界ではホーゲンさんと呼ばれ、 ツァイスの製品を始め、オリジナルのマキナやニコラペルシャイト鏡玉の大コレクターとして有名な方でした。 田中長徳氏の著書や著述された文章の中では、「人形町のムンカッチ」とのニックネームも紹介されています。

その佐藤さんが、このコンテンツの最初にある手のひらの画像をプリントアウトして、 占い師に手相を見てもらったとか。 これこれこうなんでした、との説明をくださいました。そんな出来事を思い出しました。

2018年のあとがきを書くにあたって、2001年当時の手のひらの画像と、 現在の手のひらをなんとなく見比べてみたら、手相が変わっていることに気が付きました。 手相はずっと変わらないものと思っていましたが、こうして現物のエビデンスを目にすると、 手相は変化するもの、変化する場合もあることが理解できました。

なお、2001年当時から先頭に掲載している手のひらの画像ですが、同じ日に撮影したファイルを探してみたら、 もうすこし光の具合がよくて、ほんのり柔らかな十一月の昼下がりのような色調の画像がありましたので、 この機会に置き換えてみました。

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Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2001, 2018