Process Nikkor 210mm F10 Supreme Wide Angle Lens

古い日本の暮しにプロセスニッコール210mm F10

Very Fine Quality
Supreme Wide Angle
PROCESS NIKKOR 210mm F10
Exclusive Grand Lens

旅の重さ

涼しみの秋の夏。
むかし見た日本映画は、リアルタイムな記憶として機能するときがある。
吉田拓郎の「今日までそして明日から」を入道雲沸き立つ晴れた日曜日なのに朝から聴いていたら、 映画「旅の重さ」のラストシーンがみえてきた。
ラストでも始まりだったのが、1970年代初頭の時代は優しく動いていたと思う。

ちょい役ではあったが、入水自殺してしまう文学少女は秋吉久美子だった。
手にしていた岩波文庫が智と理想の象徴で、星ひとつは50円。
四国遍路の旅に出るのは十代の高橋洋子。
原作は伝説の小説家といわれた素九鬼子が書いた。

伝説のなんとかという形容はよく出てくるが、この小説家は伝説の格が違う。
作家由紀しげ子の死後、筑摩書房の編集者が作家宅で遺稿を整理していた。
このとき書斎から発見された原稿が彼女のデビュー作となる「旅の重さ」。
出版を思い立った編集者は著者の素九鬼子を新聞広告を出したりして八方探したが、 とうとう見つからず。
本人とも連絡がつかないまま、小説「旅の重さ」が筑摩書房から見切り出版されたのは1972年。

もっとすごいのは、素九鬼子本人が現れたのが出版の2年後だという。
なんともミステリアスな点は、昭和初期にあった伝説のボン書店の存在感にトランスできる。
情報が満たされることは幸福ではないことに気がつく。

古い山門にプロセスニッコール210mm F10

リセット気分

四国遍路に出るには理由がいる。
理由がないのにレンズを持って遍路はできない。
せめて山門にレンズを置けるならば、明日に四季がくるように、 小さいリセットができるような気がしてきた。

ヒグラシの声は涼しい。
プロセスニッコール210mm F10はしずかに佇んでいた。
日本の風景になじむレンズは美しい。
機能美があって控えめなところがよい。
鏡胴の黒い塗装は重厚で、白いラッカー流し込みの刻印はよく切れている。
付属の専用大型フードは上等な仕上がりで、ラムネ色の透明な前玉と調和する。

ヒグラシの声をきくプロセスニッコール210mm F10

球状の前玉は大きい。
こういった大型レンズを持って歩くと、目的のない午後であっても風をかんじるし音もみえてくる。
気がついたらリセットされていた。
小さいリセットではあったが、これでよいのだ。

テクニカルデータ

プロセスニッコール 210mm F10 は完全対称型の超広角レンズだ。
スーパーワイド・プロセスニッコール 210mm F10 の性能をここで整理してみよう。

−焦点距離: 211.0mm
−最小絞り: F32
−レンズ構成: 4群4枚
−倍率: 1/3 〜 3 X
−画角: 68度20分 (F10)、74度 (F22)
−色収差補正波長域: 400nm〜650nm
−画像サイズ: 570mmφ (F10)、630mmφ (F22)
−原稿サイズ: 570mmφ (F10)、630mmφ (F22)
−重量: 475g

このレンズは、とにかく前玉が大きく、ほとんど球に近い曲面は前に突き出ているのだ。
すでに本サイトで取り上げているが、完全対称型の丸いプロセスニッコール260mm F10 をそのままスケールダウンしたレンズなのである。

画角74度は、35ミリ一眼レフ用レンズで換算すると、ちょうど28ミリ広角レンズだ。
カタログには、画角がきわめて広いことと、像面の平坦性がよいことが特筆されている。
8×10インチ判以上の超大型カメラをかるくカバーする広角レンズであるから、 米国にはプロセスニッコール用のマウントを特注で応じる専門業者もいる。

コレクターズノート

米国はロサンゼルス郊外の倉庫で、デッドストックが出たとの情報が入ってきた。
紙箱ではなく初期のウッドボックス入りで、 しかも工場出荷時のハトロン紙包装のまま出てきたという。 オリジナルコンディションの収集も、時代の背景を知る上で必要だった。
製品検査証書のサインが誰かも気になった。
2台日本に帰国させることにした。すこしばかり地下組織の気分である。

工場出荷時の紙包装のままの2台のプロセスニッコール210mm F10

ふつうは海外から荷物を送ってもらうと、税関で開梱されて中身のチェックが入る。
包装紙も破かれて、テープでべたべた修復されて戻ってくる場合が多い。
しかし、このレンズの箱は開梱された形跡がなかった。
工場出荷時の紙包装のままのM型ライカを見たことがあるが、そのままの状態なのである。
あまりにも長い米国での倉庫暮らしだったためか、 紙包装の粘着テープは乾燥していて手で触るとパリンと剥がれた。

白木に透明ニス仕上げの木箱はガッチリとできている。
クロームめっきの美しい留め金をパチンと外すと、 ニコンシリカゲルが4つも入ったビニール袋からレンズが見える。
金属削り出しのキャップがフロントとリアにねじ込まれている。
このキャップだけでも立派なものだ。
座金は1ミリくらいのごく小さいネジ1本で止められているので、 座金を外す場合にはこのネジを極小ドライバーで外すこと。
もちろん座金取り付け用の6組のボルトとナットは小袋に入って、 さらに包まれて木箱の中に入っている。

透明ビニールケースに収まった製品検査証書のサインは、この時代はM. Hiraoさんだ。
M. Hiraoさんのことも日本光学を通じて知ることができた。
機会をみて紹介していきたいと思う。

ふつうは同じものを2つ買うこともないだろう。
涼しみの秋の夏。それもよいか。

木製の専用収納箱に入った2本のプロセスニッコール210mm F10

2016年の追記

オリジナルのコンテンツは2002年8月に書いたものです。
レンズを手にして大きい前玉をながめていたら、古い時代の日本映画がイメージにうかび、 夏のおわりに書いたことを思い出しました。内容も画像も当時のままとしました。
米国ではこのレンズを大判カメラにマウントして、 超広角なランドスケープ写真を狙う写真家の方がいると聞きます。 かなり実用になる高性能レンズで、専用の大型フードなど上質な造りも楽しめます。

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