APO Nikkor 455mm F9 in Japanese Tea Break

アポニッコール 455mm F9。Nippon Kogaku Japan銘。極箱つき

茶碗にアポレンズ

アポ、つまり、アポクロマートのニッコールと冠した唯一のレンズがAPO Nikkorだ。
バカラのクリスタルも茶道具だつた。
深い道。マニヤックな岡倉天心先生のことだから、 きっとアポニッコールを景色として茶室に置いたのかもしれない。

銘のない茶碗でも、色があれば使う。姿あれば、それで宇宙観のできあがり。 おおらかで白いのんびりした緊張のない茶碗を置いてみた。
日本のタタミ・カーペットも、これは気分でレンズだ。 障子の外にある光も紙を通過すると情になる。 音もひかりも、しずかで、世阿弥は時空を超えてなにを言つたのか。

「初心忘れろ」とは何を意味するのか。 畳に座して、そう型を気にせず煎茶を飲めば、 アポニッコールを景色に置いた亭主のこころづかいをかんじる。

写真製版用レンズ

さて、これは、アポニッコール 455mm F9だ。
写真製版用の、いわゆるバレルレンズと呼ばれている大型のレンズである。 このレンズ、米国市場ではよく出てくる。 印刷会社が放出というか処分したものが流れるのだろう。 だから使い込まれたものが多い。 木箱に入っていても、付属品が欠落しているものがたくさんある。

もちろん実用で、レンズを使いこなしたいという方なら、 付属品がなくても十分なのでお手ごろ価格での入手を期待したい。
しかし、これが、お道具となると、状況がかわる。 実用・実務レンズであるがゆえに、未使用品がきわめて少ない。 日本光学では、製版レンズビジネスを1970年代に見切りをつけたようで、 市場に出てくるのは30数年は経過しているレンズなのだ。

下の画像は2001年2月当時に、このレンズが米国で売りに出た時の商品写真である。 今のデジタルカメラの基準からすると、画像サイズが小さく、 画質も貧弱であるが、これでも当時はシャープで鮮明な画像だった記憶がある。

米国で売りに出た時の商品写真

お道具の条件

お道具としてのアポニッコールのお約束は以下のとおりだ。
(カッコ内は掲載した写真の説明)

− 極箱 (白木のニス塗り木箱、金属製銘板付き。内装一部ビロード張り)
− 差込み絞り板 (写真左。真中に小さい穴のある板。5枚)
− フィルター枠 (写真右。大きい丸い穴のあいた板。5枚)
− 専用ボルトナット (座金取付け用。6組)
− サガワカード (検査合格証。有名なSagawaさんの署名入り)
− レンズにふたのような前キャップ。金属製のリアキャップ
− 座金 (周りに6つ穴のあいたリング)

などである。
ここで紹介するのは、米国の倉庫に眠っていたデッドストックの新品だ。
ビニール袋までロゴ入りのオリジナル。 木箱のニスが日焼けしていなく、かなり白い。
経験の浅い人が失敗するのは座金の欠落。これは、かなりきびしい。 レンズボード、レンズ座金ともいうが、 レンズを写真撮影装置(カメラ)にマウントするときに使う。

座金は付いているか

レンズのマウントがライカのスクリューマウントだったら、 カメラとの装着は簡単だ。
だが、こういったバレルレンズは径が大きい。
APO Nikkor 455mm F9は86ミリ・ピッチ0.75のネジマウントだ。

この座金が付属していないと、まず座金単体では出てこないし、 座金だけを特注すると、かなりやっかいなことになる。 結局は、座金付きを求めたほうがお得ということになる。
付属品には、ゼラチンフィルター用のフィルター枠とか、 差込み絞りをユーザーが自分で工作できるように素材も5枚ほどセットされている。

鮮鋭かつダイナミック

肝心の光学性能だが、写真製版のマスター用だけあって、 完全に3原色の色補正がされた本物のアポクロマートレンズだ。
4群4枚の対称型レンズ構成が引き出すパワーは、鮮鋭かつダイナミック。
歪曲収差は堂々の-0.2%だ。重量810gはやはり貫禄がある。
なお、非対称型の3群4枚のアポニッコールも用意されているが、 これは写真製版用ではなく一般の撮影用との位置付けのようだ。

アポニッコールは写真製版や工業用複写レンズとして使われたが、 市中の写真場のカメラレンズとして使うことを当時の日本光学では想定して提唱している。
もっとも、その後年、このアポニッコールのコンセプトをベースに、 ビューカメラ用の大判撮影向けレンズがラインナップされていく。
その前夜の製品がアポニッコールとして、1970年代初頭まで勢揃いしていた。

テクニカルデータ

APO Nikkor 455mm F9

−焦点距離: 455mm
−最大絞り: F9
−最小絞り: F128
−レンズ構成: 4群4枚 完全対称型
−基準倍率: 1X
−画角: 46度
−色収差補正波長域: 380nm〜750nm
−口径蝕: 0%
−歪曲収差: 0.00%
−画像サイズ: 770mmφ
−原稿サイズ: 770mmφ
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 1820mm
−重量: 810g

午後の季節のない時間

お道具としての様式美をそなえている点では、 現代でも十分に鑑賞にたえる。
置いてよし。ながめてよし。使ってよしのレンズだ。

名誉のためでなく、もちろんお金のためでもなく、 仕事をするために生まれてきたレンズだ。 たまには、いっしょに茶を飲んでもいいじゃないか。 玉露なら正座だが煎茶ならばお菓子もでてくる。 番茶もすてがたいが、じぶんで煎ったほうじ茶だったら、 それも正しい作法だ。
なにも正座をしなくても、敬意はたもてる。

午後の、季節のないような時間に、むかしから日本人は茶を飲んできた。
だから日本光学のアポクロマートレンズ。本物のアポクロマートレンズ。
APO Nikkor 455mm F9。これは本物である。

岡倉天心先生と語る午後

2016年の追記

このコンテンツのオリジナルは2001年11月に書いたものです。
2016年の見直しにあたり、内容を再確認しましたが、 特に時代の変化にともなう変更や修正はありませんでしたので、 ほぼそのままで掲載を続けることにしました。
パソコンの過去データを再確認していたら、 このレンズを入手した時の画像を見つけましたので、 時代の記録として追加しました。
なお掲載している畳の上での画像は2001年当時に撮影したものです。

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