MACRO Nikkor 12cm F6.3 in Woods

見得を切るマクロニッコール12cm F6.3の立ち姿にマクロ派も納得

オオムラサキ色の涼紫光

このレンズのコーティングを見てほしい。
現代ではもう作れない深く硬質のアメジストパープルコーティングはオオムラサキの羽根の色。
しみじみと、しみじみと、しみぢみ涼紫光。
夏涼しい軽井沢の小さい森に三脚を立て、レッドラインニッコールを風に向けた。
静かだが、レンズは木々を通して遠景を見ている。
ニコンの旧型のベローズ装置はニコンPB-4。
あおり機構が組み込まれているので、たのもしい存在だ。

アメジストパープルコーティングのレンズ前玉 (撮影年は2001年8月)

ぜいたくな山岳レンズ

マクロニッコール12cm F6.3は、ライカのL39スクリューマウント。
L-Fリングを介してかんたんにFマウントに装着できる。
もちろん、無限遠がきちんと出る。
このレンズ1本で、山岳写真も、人物群像も、もちろんマクロ撮影までこなす万能レンズ。
もともと大判カメラ(4×5インチ判)用のレンズなので、 イメージサークルは巨大である。
それを35ミリ一眼レフカメラで使う。なんともぜいたく。
ぜいたくな時間は、シンプルなレンズできまる。
このレンズのアメジストパープルのコーティングに写る森の静寂は、たいせつにしたい。

ニコンベローズPB-4の使い方 (水平作法)

センチ表記のプライド

ふと旅に出たくなるレンズがある。
こういうストイックでオーバースペックなハイエンドレンズをバッグに入れてしまうと、 蒸発してしまいそうになるので要注意です。
数年前まで現行製品(注)だったけど、 最後の最後までセンチ表記をしていた唯一のニッコールレンズであることは、 知る人ぞ知るということにしておきたい。
日本光学スピリットをひそかに残した、意地とプライドの現れだ。
赤いラインのレッドラインニッコール。
万能レンズとしてマニヤの間でも隠れた人気がある。評価も高い。
山岳写真家と自然科学写真家には必携の超高解像度レンズだ。

(注)
数年前までとあるのは2001年当時の状況であって、 マルチフォト装置そのものが顕微鏡の製品カタログに掲載され、 現行製品として販売されていたのは、1996年前後ではないかと推測します。 私の手元には1993年印刷の使用説明書があります。

ニコンベローズPB-4を駆使した自由なマクロ拡大撮影の楽しみ

街の中でも大活躍

小型で軽量なカメラの装備は、街の中でも軽快で、フットワークよく活躍できる。
ニコンの古い一眼レフカメラならば、マクロニッコール12cm F6.3がよくなじむ。
夏休みは八月の東京リバーサイドをカメラを持って佃から月島へと歩いた。
首都圏に住むクラシックカメラファンならば、よく知られている場所にカメラを置いてみた。

古いニコンカメラにマクロニッコール12cm F6.3 (撮影年は2002年8月)

2016年の追記

このコンテンツは2001年10月当時に書いたものです。 多少フライング気味の言及もありますが、そのままにしておきました。
当時のウェブでは画像を1枚きり掲載していましたが、 2016年の見直しにあたり、当時リアルタイムに撮影した画像をすこし追加しました。
当時のデジタルカメラの画像は、 ウェブに掲載するには今となっては小さく品質もあまりよくないのですが、 時代の雰囲気や空気がよく出ているのでそのまま使いました。

多少は昔話か解説気味な話になりますが、 最後の画像の銀色のフットボールみたいな物体は、 当時写真家の田中長徳さんが主宰されていたカメラファンの集い「アルパ研究会」 の会場としていた集会場があった建物の入口にあるモニュメントです。
建物の名は大川端リバーシティ21。 モニュメントは正式には「風の卵」と名前が付いているようです。 大江戸線の月島駅のすぐ近くです。

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