ウルトラマイクロニッコールのテクノロジー ● マイクロ写真から超マイクロ写真へ グランドヒストリーでは簡単に書いたが、 日本光学が最初にリリースしたウルトラマイクロニッコール105mm F2.8は、 高周波トランジスタ用のエバポレーション・ネガマスクの作製が目的だった。 以後は微細なフォトマスク製作用、つまり超マイクロ写真用に開発が進められていった。 線幅は当時の資料によると1〜3μm(マイクロメートル)だ。 現在の半導体工業の世界で一般的に使われなじみの深い単位である ナノメートル(nm)に直すと1000nm〜3000nmということになる。 「半導体_線幅_最新」で検索すると現在ではとんでもないことになっている。 今日書いたデータは明日には記録更新されてしまうので、具体的数値については、 それぞれ、それぞれの時にお調べいただきたいが、なんと1桁ナノメートル(nm)の世界なのである。 私はレンズ愛好家なので、3000ナノメートル(nm)の世界で十分。十分幸福である。 だいいち、レンズを手で持てるのがありがたい。 レンズの重量が1トンとかだとクレーンがないと動かせない。 普通のファミリーマンションのTOSHIBAエレベーターだと定員9名で積載重量は600キロ。 エレベーターにも載せられない。そもそも入らないのではないか。 ちなみにニコンのArF液浸スキャナー(2010年)のレンズの重量は1.2トン。 あくまでレンズの重量である。
手持ち撮影が可能なウルトラマイクロニッコール ● レンズの明るさと解像力のこと さて、重たいレンズの話になってしまったが、話を元に戻そう。 カメラファンの常識、あるいは一般的な感覚として、 「レンズは絞り込むとシャープになる」、というのがある。 であるから、超高解像力レンズの開発は、 明るさを犠牲にして高解像力を追求することが考えられるが、 このハイエンドな世界ではそれが通用しない。 収差の非常に少ないレンズの場合は、絞り込むほどに解像力が低下する。 高い解像力を有するためには、レンズが明るいことが絶対条件なのだ。 以下のかんたんな式を見てほしい。 収差の極めて少ない優秀なレンズが波長λnmの光で被写体を結んでいる。 FeはレンズのFナンバーの実効値。 その画面中心部の解像力は、以下の簡単な式で表現できる。 解像力=1/1.22λFe (本/mm) 被写体が無限遠にある場合は、FeはFと一致するが、 被写体が近距離にあって撮影倍率M倍の場合には、おおよそ以下の式になる。 Fe=F(1+M)
レンズに夏空が映るウルトラマイクロニッコール125mm F2.8 ● 光の波長と解像力のかんけい
前述の式より、Fナンバーの実効値を計算してみると以下の表のようになる。
この表から、高い解像力を必要ならばFeの値が小さいこと、つまり、
レンズが明るくなくてはならないことが理解できるだろう。
また、同じFナンバーだと光の波長を短くするほど高い解像力が得られる。
出典:日本光学工業株式会社 LENS DATA 1971, 1 UM-2-1
● e線とg線 短い波長ほど高い解像力が得られることがわかったが、利点ばかりではない。 銀塩乳剤を使った高解像力乾板では、短波長の光ほど粒子による錯乱が多くなり 画像にニジミを生じさせ像の鮮鋭度が低下する欠点があった。 銀塩乳剤ではダメならばということで、 フォトレジスト(感光性樹脂)を使うことが考えられた。 製品も銀塩乳剤用のレンズとしてのe線用ウルトラマイクロニッコールが、 感光性樹脂用のレンズとしてのg線用ウルトラマイクロニッコールが 当時のカタログに登場する。 このあたりが理解できていないと、なんで似たようなレンズが重複しているか、 という疑問に答えられないのだ。
ウルトラマイクロニッコール28mm F1.7eの重厚な輝き ● ウルトラマイクロニッコールの解像力 個人的なコレクションとして、 現在でもウルトラマイクロニッコールを入手される方もおいでだろう。 レンズを入手したら実際に撮影してみたくなるのが人情だ。 さて、実際の撮影に使えるのだろうか。 e線とかg線とか特殊な限られた単色波長でないとだめとか、そんな制限はあるのだろうか。
著者がフィルム式のニコン一眼レフカメラ(ニコンFおよびF2)
やニコンデジタル一眼レフカメラ、
さらにはフルサイズミラーレス機(ニコン Z 6)に
各種ウルトラマイクロニッコールを装着して実写した限りでは、
なんら問題なく非常に品質の高いカラーバランスに優れた映像が撮影できることを確認している。
日常の自然光線を含む可視光線の下で健康的な気持ち良い画像が得られる。
e線用ウルトラマイクロニッコールの解像力
g線およびh線用ウルトラマイクロニッコールの解像力
出典:日本光学工業株式会社 LENS DATA 1971, 1 UM-1
● 理想レンズ・ウルトラマイクロニッコール ウルトラマイクロニッコールは理想レンズに近い特性を持っている。 数値特性を知らなくてもよい。 往年のレコードもたいせつだが、生き延びたレンズには生きがいが必要だ。 働いてきたレンズだ。 その扱いは、敬意をもって接したい。 けっして失礼があってはならない。 レンズのなかにも礼儀あり。と、むかしの人は言っている。 日本刀は武器だ。言ってみれば人を斬るために存在する。 しかしいま、そのほんらいの役割はない。 美術品として、そしてもっと精神性のある存在に昇華している。 ウルトラマイクロニッコールも同じことが言える。 いまさら、時代の装置にセットすることもない。 日本の春夏秋冬。日本の歳時記のなかで、使うことがよい。 癒し系レンズなのかもしれない。本物は、生きつづけるものだ。 写真は、ウルトラマイクロニッコール55mm F2。 解像力 500本/mmの驚異的性能のスーパー標準レンズだが、姿はやさしい。 新潟の米どころ、初夏は田んぼで休憩中にスナップ。 研ぎ澄まされたレンズの前玉に鎮守の森が映っている。
初夏の田園にウルトラマイクロニッコール55mm F2 ● 2022年のあとがき このコンテンツのオリジナルは2001年10月当時に書いたものです。 技術的なデータは、 ウルトラマイクロニッコールのセールスマニュアル等から参照しました。 2016年の見直し大改訂では現在一般的に使われている単位系(ナノメートル)に数値を換算し修正しました。 2020年には内容の見直しを行いニコン Z の姿画像を追加しました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2001, 2022
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