ニコンS型用複写装置P型の完全セット ● 昭和29年生まれ これはレッドものというよりも、現存数の少ないセットということで紹介したい。 レンジファインダーS型ニコンカメラ用の複写装置だ。 久野幹雄氏の名著は「レンジファインダーニコンのすべて」(1990年。朝日ソノラマ刊。ISBN4-257-04006-8)。 ニコン研究会の会員でもあった故・久野幹雄氏は医師だった。 ニコン研究会では久野先生と呼ばれていた。 さて、先生のこのご著書の中で、 複写装置P型は美しいモノクロ写真により詳しく説明されているので、ご存知の方も多いだろう。 典型的なハコものである。ハコものとは、木箱入りのニコンアイテムを指す。 市場では、ほとんど流通していない。 サイズが大型であることと、レンジファインダー型カメラ用の複写装置ということで、 よほどの物好きでないと相手にしなかったためだ。 実用するにしても、カメラを跳ね上げて持ち上げ、ピントガラス上でピントを合わせ、 その状態でカメラを倒して撮影状態として、そしてシャッターをレリーズする、 という苦行の操作となる。 ここは実用というよりも、現代ではオブジェとして楽しむか、 お道具として愛でるのが正しい作法だろう。 久野先生の解説によると、1954年12月より登場した大型の複写装置となっている。 ちょうどニコンS2が発売になった時期、時代である。昭和29年のことだ。 年齢的にはすでに会社を定年退職した世代である。 ようするに、かなり昔の話となる。
ニコンS型用複写装置P型 ● 複写装置一式の構成 撮影にはニコンカメラ(S型レンジファインダーニコン)が必要だが、 これはセットに含まれていない。 また、撮影用のレンズは、ニッコール50mm F1.4あるいは50mm F2の、 どちらかを使うように設計されている。 複写装置一式のセットは以下の部品と付属品から構成されている。 金属製のクロームめっきの美しいポールは2分割されて収納されており、 ねじ込んで1本の頑丈な支柱になる。
久野先生の解説によると、製品番号はNo. 52000番代で500台は作られたのではないかとの話である。 ただし一般のアマチュアが購入したとは考えにくい。 大学や企業の研究部門が購入したとすると、とっくの昔に廃棄処分されていると考えられる。 ここ20年に渡って市場を観測してみたが、極めて少ない出現数からすると、 その1/10くらいしか現存していないのではないか。
付属のケーブルレリーズとフィルムマガジン ● ニス塗り白木の箱 このセットは新品未使用で入手した。 ある国立大学医学部で備品として購入したものだったが、戸棚の中で50年近く眠っていたものだ。 その医学部の先生から譲っていただいた。 ほんとに新品だった。 木箱は入手したばかりは白っぽかったが、カビ防止のため明るいリビングに置いていたら、 いくぶん日焼けしてニス色が濃くなってきたようだ。 バイオリンの銘器のような育ち方をする木箱である。
日本の美意識に基づく端正な木箱
堅牢な留め金と頑丈な革製ハンドル 頑丈な堅い白木の箱はていねいなニス塗り仕上げ。 安っぽいベニア板とか合板ではなく、木目の美しいムクの一枚板とは贅沢な造り。 留め金などの金具は非常に堅牢にできている。 持ち運び用のハンドル部は革で頑丈に工作されている。 格納箱が複写用の台となる初期の設計で、とにかく頑丈だ。
完璧なるお道具の世界 取扱い説明書のタイトルは「ニコンカメラ用携帯型複写装置」。 モノクロの写真入りで使用方法が詳細に説明されている。全4ページ。 表紙にオレンジ色で昭和時代のモダンなロゴが入っている。 携帯型複写装置とあるが、現代の感覚の携帯型だとポケットに入るような小さいものをイメージするが、 セット一式が収納箱に収まって取っ手が付いているので持ち運びができるという意味と解釈した。
モダンなロゴの取扱い説明書 ● オーバースペックな堅牢マシン 複写装置を構成する金属部品は前時代の鋳鉄製。 1つ1つ手仕上げで精度を出しているのがわかる。 黒の縮緬塗装の重厚な仕上がりが素晴らしい。 補助レンズとアダプターリングを入れる茶革のケースは、 Nippon Kogaku Tokyoの光学マークが重たいプレスでくっきりとエンボス加工されている。 厚い革で上等な光沢がある。 すでに70年近く昔の製品なのに、この完成度はなんなのか。 レンジファインダーニコン収集家はぜひ入手してほしいのがこのセットだ。 全国の大学医学部あたりの戸棚の奥や倉庫にまだ眠っている可能性がある。 とくに国立大学は要注意である。
重厚な茶革のケースとピント合わせ用アイピース 間隔リングセットにアイピースと茶革のケースに入った補助レンズ 左に5cm F2用の補助レンズと右に5cm F1.4用のアダプターリング 3個組みの間隔リングとアイピース 間隔リング使用表(カードサイズのプラスチック製プレート) 木箱の中には小さい収納部が造り付けられている。 ちょうどの革製の取っ手の位置になる。 木目の美しいスライド式のフタを開けると、小さいスペースになっていて、 ここにケーブルレリーズ、間隔リング使用表などの小物が収納できる。 なかなか芸が細かい。 複写装置1つで、ここまでていねいに頑丈に作った日本光学の工芸家魂。 堅牢でかつ美しい日本光学の木工技術。 その中に納まっている精密でオーバースペックな光学機械一式。 その調和がなんとも素晴らしい。昭和の美意識が木箱に凝縮されて完成している。
美しい木工技術と精密な光学機械の調和 ● 2020年のあとがき このコンテンツのオリジナルは2001年11月に書いたものです。 公開当時のコンテンツでは画像は1枚きりでしたが、 2016年のサイト移転に伴う見直しにあたり、新たに撮影した画像を追加しました。 その後に木箱の材料について問い合わせがあり木箱の木目がわかる画像を追加しました。 さらに茶革ケースの中身についても問合せが入りましたので、 補助レンズとアダプターリングの画像も追加しました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2001, 2020
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