サガワカードの歴史とサガワさんの仕事 ● 1枚のカード 私が最初に入手した特殊用途ニッコールレンズは、 リプロニッコール85mm F1.0(REPRO-Nikkor 85mm F1.0)だ。 日本光学のオリジナルのそっけない紙製元箱に、そのレンズはゴロリと入っていた。 1枚の小さい紙製のカードが添えられていた。 ● 精緻達筆な手書きサイン 一連の特殊用途ニッコールレンズコレクターのあいだでは、このカードは有名だ。 レンズの血統書、あるいは骨董よろしく箱書きに相当するもので、 このカードがあるとないとでは評価が変わってくる。 通称サガワカード。 知らないとこの世界ではモグリと言われるが、さて、サガワカードとは何なのか。 正しくは、検査合格証だ。当時の日本光学が発行している。 おそらく丸ペンかGペンに(両方とも古い人しか知らないか)パイロットの製図用インキで、 カードの裏面には精密なレンズ測定結果と、おもてには T. Sagawa と達筆のサインが入っている。 とうぜん1枚1枚手書きだ。 ELニッコールも何本か持っているが、 35ミリ判やブローニー判用の引き伸し用レンズにはサガワカードは付いてこない。 デッドストックで購入した、未使用コンディションのELニッコール210mm F5.6には入っていた。 サガワカードは、産業用ニッコールと呼ばれる仕様のレンズに入っているようだ。 ニューヨークの倉庫から発掘された、これもミントコンディションの アポニッコール455mm F9にも、もちろん T. Sagawa の鮮やかな筆跡が確認できた。 ● ミスター・サガワを探せ 私はこのミスター・サガワなる人物に興味を持った。 その鬼気せまる精緻な測定結果記入の筆跡が、気になった。 精密なペン先で、製図用インキの少し光沢のある粘質で黒の度数が高い文字が走っていた。 日本光学で、特殊用途ニッコールレンズを専門に担当していた方とは想像がついた。 雑誌「ネジ(注1)」に記事を書いたことがある。 しかし、とくに消息まで分かる反応はなかった。 ● ネットで判明した事実 私がこのウェブサイトを2001年10月末に立ち上げてから、 今までは知りえなかった情報やエピソードが分かるようになった。 それは、2001年11月12日はもう日没の早い夕刻だった。 株式会社ニコンの川田氏より、 サガワさんに関するコメントがネットで公開された。
ニコンステーション(SNIKON)(注2) ● 生きているサガワさん 私は川田氏からのコメントをパソコンのディスプレイで読み、うなった。 長年の謎が氷解した。 そして思い浮かべていた人物像と一致するので、安心感を覚えた。 それと同時に、そうだろそうだろ、 ミスター・サガワはそういう人だった(はず)と昂揚している自分に気がついた。 私がウェブで取り上げたかったのは、サガワさんみたいな人物だ。 どういう生き方をした人なのか、字が物語っている。 ペンなのに筆が立っている。誇りあふれある武士の字そのものだ。 すでに故人ということでは残念だ。 サガワさんのことをたった1枚のカードから想いめぐる人物がいたということを知らせたかった。 あとあとまで残る仕事をされて、うらやましい話だ。 これはたただのレンズ収集趣味ではなく、人生をトレースすることなのだと、再確認した。 私の手元にあるカードは、いずれも40年以上前の製品のものだ。 サガワさんが、嬉しそうな顔をしている。よかったサガワさんが生きていて。 敬意をこめて一献。ウィスキーをいっしょに飲みたくなった。 きょうは、すこしうれしい。
(注1) 雑誌「ネジ」
(注2) ニコンステーション(SNIKON) ● 2020年のあとがき このコンテンツは2001年11月に書いたものです。 2016年の見直しにあたり、経過年数などの記述を修正しました。 画像は当時のオリジナルのまま掲載しています。 ネットの背景は激変しており、ニコンステーション(SNIKON)は現在ありません。 SNSなどネットを利用するための環境が大幅に一般化しました。 検査合格証に入ったサインは、時代によって検査責任者の方のお名前が変わってきます。 このあたりは、いずれ調査した結果をまとめたいと思っています。 記事中ではパイロットの製図用インクと書いていましたが、 株式会社パイロットコーポレーションの製品説明によりますと、 インクではなくインキと呼称されているのを知りました。 よって、パイロットの製図用インキに書き改めました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2001, 2020
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