Process Nikkor 260mm F10 Supernatural Grand Lens

Exclusive Grand Lens
PROCESS NIKKOR 260mm F10
Supernatural Masterpiece

マスターピース

マスターピースといえば万年筆は、西ドイツ製のモンブランマイスターシュテュック149。 1980年代の話ではあるが、若気の至りで使いもしないのに丸善か伊東屋で購入したり、 あるいは海外出張はサンフランシスコ国際空港の免税店で、 調子に乗って買って来たはいいけれど、 万年筆で文字を書くという時間もないという貧しい理由で、 けっきょくはデスクのひきだしの奥で仕舞いっぱなしになっているのはよくあることだと思う。 いつのまにかインク吸引用のピストンが固着してしまい、 小野萬年筆さんでフルレストア+ペン先調整してもらったことを思い出した。

マスターピースは定番中の定番であって、傑作の王道品でもあるし、 完成の頂点を極めた原器という位置付けなのだろう。 プロセスニッコール260mm F10は、 スーパーナチュラルなマスターピース・レンズなのである。

レンズという営為とその背景

「被写体はレンズ」と言い切る潔さ

そもそも、概念としてのグランドレンズに、さらにエクスクルーシブが冠してしまう。 ここは、高級な、富裕層向けのという意味合いではなく、唯一の、一つだけの、気位の高い、 という素直な形容詞で語りたいものである。

トポゴン様式の硝子玉

天上の晴天と川の流れにレンズを置く

午後の曳航

時間が定まらないような、季節がみえない会話も、 気の浄化という意味ではスーパーナチュラルなレンズを置くと静まるものである。 午後を曳航してしまうと昭和文学論になってしまうが、 極超高解像力レンズ愛好家はだまって本物を選ぶ。 それで問題が解決する場合もあるからだ。 レンズは文学であるから、あまり細かい話は抜きにして、 だまって空気を絶対投影するために、カメラにスタンバイすればよいことだ。

プロセスニッコール260mm F10がある書斎の午後
(撮影年は2002年7月)

ここで紹介するのは、プロセスニッコール 260mm F10 である。 クールな大型超広角レンズだ。 ニコンFには古いオートニッコール28mm F3.5がマウントしてある。 大きさの比較のためにレンズ前玉を向けて2本並べてみた。 やはりその圧倒的な存在感はたいしたものだ。後述するが画角は同じである。

プロセスニッコール260mm F10とニコンF

デビューは1968年

プロセスニッコールは発売当初ファックスニッコールという名前でデビューした。 1968年のことだ。 1969年4月のセールスマニュアルには、5本のファックスニッコールがラインナップされている。 160mm F5.6、210mm F5.6、210mm F7、260mm F10、300mm F7である。 ファックスニッコールは、複写機用レンズとして開発された広角レンズだ。 また、広角の製版用カメラとしても当時は使われていた。

1974年6月1日付けの産業用レンズ価格表を見てみると、この頃のラインナップは4本である。 ただし、開放絞りはすべてF10に揃い踏みだ。 プロセスニッコール 180mm F10、210mm F10、240mm F10、260mm F10である。 この時代には、いわゆるゼロックスコピーマシン用のファックスニッコールと、 広角製版カメラ用のプロセスニッコールが明確に棲み分けられている。 それにしても画像サイズが大きい。 イメージサークルと言った方が一般的かもしれないが、以下にリストしてみる。

- プロセスニッコール 180mm F10 (画像サイズ 540 mm⌀)
- プロセスニッコール 210mm F10 (画像サイズ 630 mm⌀)
- プロセスニッコール 240mm F10 (画像サイズ 720 mm⌀)
- プロセスニッコール 260mm F10 (画像サイズ 800 mm⌀)

当時のプロセスニッコールの製品カタログのキャッチコピーを見てみよう。
「テーブル型の製版カメラ用に開発された広角度の製版レンズです。 画角がきわめて広いため、カメラの大きさに比べて広い原稿サイズをカバーすることができます。 レンズの明るさはF10で、それほど明るいとはいえませんが、 レンズ径が大きくビネッティングが少ないため、 開放絞りでも68度、F22に絞れば74度の範囲を撮影できます。 原寸前後の倍率で撮影するとき、最良の性能を示します。」 と、なかなか飾り気のない、日本光学らしいことばが並んでいる。

絞り開放F10と暗いが性格は明るいレンズ

テクニカルデータ

プロセスニッコール 260mm F10 は完全対称型の超広角レンズだ。 当時のニコンのオリジナル資料から性能諸元とレンズ構成図を転載させていただいた。

出典:
日本光学工業株式会社「Nikon 写真製版用レンズ Process-Nikkor」
カタログ番号 8208-01 KJC 301-5/1

−焦点距離: 267mm
−最大口径比: 1 : 10
−最小絞り: F32
−レンズ構成: 4群4枚
−基準倍率: 1 X
−標準使用倍率範囲: 1/2 〜 2 X
−画角: 68° (F10にて)、74° (F22にて)
−口径蝕: 0%(68° の時 F16)、0%(74° の時 F22)
−色収差補正波長域: 400nm〜650nm
−画像サイズ: 720mm⌀(68° )、800mm⌀(74° )
−原稿サイズ: 720mm⌀(68° )、800mm⌀(74° )
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 1,070mm
−マウント: 90mm P=1.0 ねじマウント
−座金外径: 121mm
−重量: 930g
−付属品: フード、前後キャップ、座金、ボルトとナット
−当時の価格: 78,000円(1974年 6月)
−当時の価格: 78,000円(1977年12月)

特徴的な4群4枚のレンズ構成は、教科書に出てくるトポゴン( Topogon )そのものである。 トポゴンの出現は1930年代であるから、実に歴史の長い超広角レンズということになる。 鏡胴の絞りリングには、絞り操作用の長い金属製のバーが取り付けられている。 これは控えめながらチャームポイントだ。 バーは鏡胴にネジ込まれているので簡単に取り外すことができる。 でもこの長い金属製のバーの存在こそがプロセスニッコール 260mm F10 の象徴であり顔なのである。

画角74度は、35ミリ一眼レフ用レンズで換算すると、ちょうど28ミリ広角レンズだ。 ただの広角レンズではない。 イメージサークルが80センチメートルもあり、 8×10インチ判以上の超大型カメラをかるくカバーする広角レンズなのである。 しかも現代でも通用する性能を保持したままなので、実際の撮影の現場でもまだ現役なのだろう、 米国にはプロセスニッコール用のマウントを特注で応じる専門業者もいる。

このレンズは、とにかく前玉が大きく、ほとんど球に近い曲面は前に突き出ているのだ。 レンズ構成図はクリックするとすこし大き目の図面が出るので、 トポゴン型の個性的なレンズ構成をご覧いただきたい。あまり真剣に見なくてもよいが。

プロセスニッコール 260mm F10 のレンズ構成図

レンズ構成図各部寸法入り

絞り操作用の長い金属製バーがチャームポイント
(撮影年は2002年6月)

陽の目を見た瞬間

産業用ニッコールレンズは用の美であるから、新品未使用品がきわめて少ない。 もともとコレクション向けとか、だいじにタンスにしまう人もいないため、 時代の産業用マシンに装着されてかなり使い込まれているものが多い。 その反面、時代に忘れ去られて販売されずに倉庫の片隅で、 30年、40年を過ごしてしまう産業用ニッコールレンズもごく少数であるが存在する。

米国で見つかったデッドストック品が届いた
(撮影年は2002年5月)

たまたま運良く、米国の倉庫でデッドストックになっていた、 未開封のプロセスニッコール260mm F10を救い出すことができた。 少し前なら見向きもされなかったが、 世界でもごく少数ではあるが評価する動きに連動して出てきたレンズである。 どんな動きであれ、絶滅危惧種を救い出すことはうれしい。

2019年現在に、改めて梱包材のダンボール箱を写した画像を見てみると、 「Red Bull VIP Ice Bucket」が入っていた箱のようだ。 レッドブルが日本のコンビニに並ぶようになったのは2006年以降らしいので、 どうりで2002年当時は何も印象に残らなかったわけだ。 再利用のダンボール箱一つとっても時代考証ができるからおもしろい。

コレクターズノート

このレンズの特徴は、なんといっても巨大な球状の前玉である。 突き出た前玉保護のために、金属ソリッド削り出しのキャップが付属している。 完全対称型であるから、前玉も後玉も同じである。 この豪華な造りのキャップは前玉と後玉に付いている。 外周にはネジが切ってあり、日本光学の一眼レフカメラ用魚眼レンズのキャップと 同じような形状と仕上がりだ。

水晶玉のようなまるく透明なレンズ

それと特筆すべきは、巨大な前玉に超広角レンズの誇りである大型のフードがつく。 このフードも、日本光学はすごい手間をかけている。 金属スクラッチ加工は肉厚の、つや消し黒塗装がすばらしいフードを付属しているのだ。

コレクターズノートとしては、もしこのレンズを入手しようとするならば、 紙の元箱はともかく、 前後のキャップと専用フード付きであることが重要、とノートしておきたい。 もちろん座金付きが理想であるが、これは難しいかもしれない。

たまに、キャップだけが中古市場に出てくることがある。 なんのキャップか社会に認知されていないので、 アルパやライツ、ベルチオやアストロベルリンのそれに比べるとタダのように安い。 プロセスニッコール260mm F10の専用キャップだけを購入したことがある。 レンズ本体一式がそれからやってきた。そういうものなのである。

ただ、キャップなしのレンズだと後玉が傷だらけということになりかねない。 キャップなしでテーブルに置くと、丸いレンズ面が直に当たりゴロリと転がる。 このレンズだけは専用レンズキャップが必要なのだ。

ミュージアムコンディション

これからこのレンズの入手をお考えの方向けに、完品の状態をお見せしたい。 完全揃いの状態を把握しておかないと、欠品に気が付かない場合がある。 ミュージアムコンディションのカタログ写真である。 デッドストックの新品を条件に探していて、 たまたま私が入手できたのはおそらくは後期の製品なのだろう、 収納木箱ではなく紙製の元箱に入っていた。 実用品としてレンズをお使いになる方には箱なんてどうでもいい話となるが、 コレクター向けの話として理解していただきたい。

紙製のニコン元箱(通称金箱)

レンズ本体と付属品一式

本体と紙のシリアル番号が一致

ニコンシリカゲルとボルト・ナット

検査合格証

透明ビニールケースに収まった検査合格証には、M. Hirao(Matsuo Hirao、平尾 松男氏) の直筆サインが記されている。 成品検査責任者のサインである。この時代は平尾 松男氏だった。

検査合格証の裏面はLENS DATAとして、測定した実測データが書き込まれている。 製品カタログに明示された焦点距離は267mm。実測データが266.7mmとは素晴らしい。

レンズの実測データ

クールな座禅レンズ

笹山はマイナスイオン。 レンズの性能アップには、マイナスイオンが効果がある。滝の近く笹の山。 ひやりとした空気にはマイナスイオンを深呼吸しているプロセスニッコール260mm F10がいる。

透明で水明な鏡玉にみどりが透過する

座禅をしているのかどうか、私にはわからない。 レンズも一人になり、なにも考えないことも必要なのだろう。 水でできているレンズだ。 透明で水明な鏡玉にみどりが透過する。 水はどこまでも美しい。冷涼な水。これが日本。

野に河原になにも考えていない生き方もある
(撮影年は2002年5月)

ポストモダンレンズ

モダンの最先端をいくレンズを追うと、ポストモダンに辿り着く。 であるから、ポストモダンをめざすことは、モダンの最先端にふれることになる。

H20 水の音

日本が工業立国に邁進した時代の逸品

黒塗装の美しい鏡胴に白文字の精緻な刻印は工業立国時代の日本の象徴である。 現代では工業立国というよりも技術立国というべきか。 いやその方向性は今はなくなってしまった感がある。 そんな昭和の時代の懐かしい物語も、いまとなってはモダンの最先端なのである。 ダイナミックなレンズ前玉のキラキラ感には希望がもてる。

キラキラ光線の下で輝く

2019年のあとがき

オリジナルのコンテンツは2002年7月に書いたものです。 当時掲載していた編集後記みたいなものに撮影の話がありましたので参考に転載します。
「2002.07.28
プロセスニッコール260mm F10を紹介します。 前玉が大きく球状の広角レンズです。 このレンズは何回も姿写真を撮ってもうまく写りませんでした。 迫力がうまく出ないのです。 初夏のころからま夏にかけて何回か撮影し、やっと納得の1枚が写りました。 洋酒の瓶が並んだカウンターでの記念写真です。」

迫力のあるレンズを迫力が出るように撮るのは難しいものです。 特にプロセスニッコール260mm F10は前玉が球面ですから、雑多なものが写りこみ、 いろいろと工夫したことを思い出しました。

夏草のはつらつとした午前

2019年の見直しにあたり、新たに鮮明な画像を加えて、大幅に構成を変更しました。 「午後の曳航」に続く2002年当時の文章と写真画像はそのまま残してありますが、 テクニカルデータは公知のデータを精査し直し、レンズ構成図を追加しました。 ミュージアムコンディションの枠組みでは元箱姿一式の説明も加えてあります。 最初の公開から実に17年経過してから本格的な改訂となったわけですが、 17年前に撮影した画像はいまだ力強く、 レンズの持つパワーを投影していることは言うまでもありません。

モダンの最先端をいく力強いレンズ

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Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2002, 2019