Process Nikkor 210mm F10 Supreme Wide Angle Lens

Very Fine Quality
Supreme Wide Angle
PROCESS NIKKOR 210mm F10
Exclusive Grand Lens

ピンポン玉レンズ

一般にあまりにも有名な名玉は帝國光学のズノー50mm F1.1。 昭和29年(1954年)に発売された。 レンズ後玉がまるで卓球のボールのようなまん丸。 ピンポン玉(ピンポン球)とか愛称で呼ばれることが多い。 いまはコレクターズアイテムとなって高価なレンズではあるが、 本サイトをご覧の方々にはすでにお持ちの方もおいでだろう。

産業用ニッコールレンズにもピンポン玉レンズが存在していた。 プロセスニッコール210mm F10である。 焦点距離の数字だけを見るといわゆる望遠レンズのように思えるが超広角レンズなのである。 2群4枚完全対称の典型的なトポゴン型の姿が凛々しい。 そのピンポン玉な姿を見ていただこう。レンズフードは外してみた。

たしかにピンポン玉だ

水晶玉のように透明な山紫水明の情況

ほんらいの使用目的は、 テーブル型の製版カメラ用に開発された広角度の製版レンズである。 製品カタログには、 「画角がきわめて広いため、カメラの大きさに比べて広い原稿サイズをカバーすることができます」、 「原寸前後の倍率で撮影するとき、最良の性能を示します」と言い切り、宣言されている。
イメージサークルが63センチメートルと巨大である。 一般的な大判写真機ならば、8x10インチ判などかるくカバーしてしまう。

レンズフードを付けて夏木陰

旅の重さ

涼しみの秋の夏。 むかし見た日本映画は、リアルタイムな記憶装置として機能するときがある。 吉田拓郎の「今日までそして明日から」を入道雲沸き立つ晴れた日曜日なのに朝から聴いていたら、 映画「旅の重さ」のラストシーンがみえてきた。 ラストでも始まりだったのが、1970年代初頭の時代は優しく動いていたと思う。

古い日本の暮しに佇む
(撮影年は2002年8月)

ちょい役ではあったが、入水自殺してしまう文学少女は秋吉久美子だった。 手にしていた岩波文庫が智と理想の象徴で、星ひとつは50円。 四国遍路の旅に出るのは十代の高橋洋子。 原作は伝説の小説家といわれた素九鬼子が書いた。

伝説のなんとかという形容はよく出てくるが、この小説家は伝説の格が違う。 作家由紀しげ子の死後、筑摩書房の編集者が作家宅で遺稿を整理していた。 このとき書斎から発見された原稿が彼女のデビュー作となる「旅の重さ」。 出版を思い立った編集者は著者の素九鬼子を新聞広告を出したりして八方探したが、 とうとう見つからず。 本人とも連絡がつかないまま、小説「旅の重さ」が筑摩書房から見切り出版されたのは1972年。

もっとすごいのは、素九鬼子本人が現れたのが出版の2年後だという。 なんともミステリアスな点は、昭和初期にあった伝説のボン書店の存在感にトランスできる。 情報が満たされることは幸福ではないことに気がつく。

古い山門に置く

涼しいレンズの美学

四国遍路に出るには理由がいる。 理由がないのにレンズを持って遍路はできない。 せめて山門にレンズを置けるならば、明日に四季がくるように、 小さいリセットができるような気がしてきた。

ヒグラシの声は涼しい。 プロセスニッコール210mm F10はしずかに佇んでいた。 日本の風景になじむレンズは美しい。 機能美があって控えめなところがよい。 鏡胴の黒い塗装は重厚で、白いラッカー流し込みの刻印はよく切れている。 付属の専用大型フードは上等な仕上がりで、ラムネ色の透明な前玉と調和する。

ヒグラシの声をきく

球状の前玉は大きい。 こういった大型レンズを持って歩くと、目的のない午後であっても風をかんじるし音もみえてくる。 気がついたらリセットされていた。 小さいリセットではあったが、これでよいのだ。

テクニカルデータ

プロセスニッコール 210mm F10 は完全対称型の超広角レンズだ。 当時のニコンのオリジナル資料から性能諸元とレンズ構成図を転載させていただいた。

出典:
日本光学工業株式会社「Nikon 写真製版用レンズ Process-Nikkor」
カタログ番号 8208-01 KJC 301-5/1

−焦点距離: 210mm
−最大口径比: 1 : 10
−最小絞り: F32
−レンズ構成: 4群4枚
−基準倍率: 1 X
−標準使用倍率範囲: 1/3 〜 3 X
−画角: 68° (F10にて)、74° (F22にて)
−口径蝕: 0%(68° の時 F16)、0%(74° の時 F22)
−色収差補正波長域: 400nm〜650nm
−画像サイズ: 570mm⌀(68° )、630mm⌀(74° )
−原稿サイズ: 570mm⌀(68° )、630mm⌀(74° )
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 840mm
−マウント: 72mm P=1.0 ねじマウント
−座金外径: 98mm
−重量: 510g
−付属品: フード、前後キャップ、座金、ボルトとナット、木製格納箱入
−当時の価格: 65,000円(1974年 6月)
−当時の価格: 65,000円(1977年12月)

このレンズは、とにかく前玉が大きく、ほとんど球に近い曲面は前に突き出ているのだ。 すでに本サイトで取り上げているが、完全対称型の丸いプロセスニッコール260mm F10 をそのままスケールダウンしたレンズなのである。 レンズ構成図はクリックするとすこし大き目の図面が出るので、 トポゴン型の個性的なレンズ構成をご覧いただきたい。

プロセスニッコール 210mm F10 のレンズ構成図

レンズ構成図各部寸法入り

画角74度は、35ミリ一眼レフ用レンズで換算すると、ちょうど28ミリ広角レンズだ。 カタログには、画角がきわめて広いことと、像面の平坦性がよいことが特筆されている。 8×10インチ判以上の超大型カメラをかるくカバーする広角レンズであるから、 米国にはプロセスニッコール用のマウントを特注で応じる専門業者もいる。

コレクターズノート

米国はロサンゼルス郊外の倉庫で、デッドストックが出たとの情報が入ってきた。 紙箱ではなく初期のウッドボックス入りで、 しかも工場出荷時のハトロン紙包装のまま出てきたという。 オリジナルコンディションの収集も、時代の背景を知る上で必要だった。 製品検査証書のサインが誰かも気になった。 2台とも日本に帰国させることにした。すこしばかり地下組織の気分である。

工場出荷時の紙包装のままの2台

ふつうは海外から荷物を送ってもらうと、税関で開梱されて中身のチェックが入る。 包装紙も破かれて、テープでべたべた修復されて戻ってくる場合が多い。 しかし、このレンズの箱は開梱された形跡がなかった。 工場出荷時の紙包装のままのM型ライカを見たことがあるが、そのままの状態なのである。 あまりにも長い米国での倉庫暮らしだったためか、 紙包装の粘着テープは乾燥していて手で触るとパリンと剥がれた。

白木に透明ニス仕上げの木箱はガッチリとできている。 クロームめっきの美しい留め金をパチンと外すと、 ニコンの純正シリカゲルが入ったビニール袋からレンズが見える。 金属削り出しのキャップがフロントとリアにねじ込まれている。 このキャップだけでも立派なものだ。 座金は1ミリくらいのごく小さいネジ1本で止められているので、 座金を外す場合にはこのネジを極小ドライバーで外すこと。 もちろん座金取り付け用の6組のボルトとナットは小袋に入って、 さらに薄い梱包材に包まれて木箱の中に入っている。

透明ビニールケースに収まった検査合格証には、M. Hirao(Matsuo Hirao、平尾 松男氏) の直筆サインが記されている。 成品検査責任者である平尾 松男氏のことも日本光学を通じて知ることができた。 機会をみて紹介していきたいと思う。

ふつうは同じものを2つ同時に買うこともないだろう。
涼しみの秋の夏。それもよいか。よしとしよう。

木製の専用収納箱に入った2本が同時に届いた
(撮影年は2002年8月)

ミュージアムコンディション

これからこのレンズの入手を考えている方向けに、完品の状態をお見せしたい。 完全揃いの状態を把握しておかないと、欠品に気が付かない場合がある。 ミュージアムコンディションのカタログ写真である。 もっとも、レンズのみを実用で使うことが前提であれば、収納木箱さえなくても気にすることはない。

木製の美しい専用収納箱

金属製の製品銘板

フタを開けた全体像

きっちりコンパクトに収まっているのはさすが

レンズ本体と付属品一式

機械論的世界観

すべてあしたにつながっていた。 むかし入手したレンズであったが、さまざまな人、モノ、出来事をつないでくれた。 きょうおきたなんでもないじじつも、ふり返ると、その先のいまのきっかけになっていることだろう。

木陰にさす一条の光のような、乾いた夏にとおく鉄橋をわたる列車の心地よい音も、 あしたのげんじつだろうか。 水晶占いなのに、大吉と出た気分である。 それは違うだろうとすこし違和感があるが気にしないことにする。 しかしここは、工業用ニッコールレンズを語るサイトだから話はややこしい。

全景を投影する午後の光

川辺に水晶玉レンズ

乾いた夏に似合う

2019年のあとがき

オリジナルのコンテンツは2002年8月に書いたものです。 レンズを手にして大きい前玉をながめていたら、古い時代の日本映画がイメージにうかび、 夏のおわりに書いたことを思い出しました。 米国ではこのレンズを大判カメラにマウントして、 超広角なランドスケープ写真を狙う写真家の方がいると聞きます。 かなり実用になる高性能レンズで、専用の大型フードなど上質な造りも楽しめます。

2019年の見直しにあたり、新たに鮮明な画像を加えて、大幅に構成を変更しました。 「旅の重さ」に続く2002年当時の文章と写真画像はそのまま残してありますが、 テクニカルデータは公知のデータを精査し直し、 ミュージアムコンディションとして箱姿一式を掲載しました。 最初の公開から実に17年経過してからの改訂となったわけですが、 オールドレンズ、ヴィンテージレンズの世界は、 たった100年経過したくらいではなにもかわりません。 かわらないものはあたらしいのです。

笹影の風の中にゐる

Back to RED BOOK NIKKOR


Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2002, 2019