Printing Nikkor 150mm F2.8 Optical Fantasy

茶經 巻上 一之源
Printing Nikkor 150mm F2.8

茶経とレンズ

プリンティングニッコール。プリントはそもそも印刷物である。 なにやら急に印刷物の上にレンズを置きたくなった。 印刷物といっても、スーパーのチラシの上ではレンズにすこしばかり申し訳ない。 古い印刷物がいい。手元にある資料にはみあたらない。 手元にないところから探し出す。書棚や書類の束を探ってみたら出てきた。 古き日本のコレクションである。

「茶經 巻上 一之源」。 オリジナルはそうとう古い時代の木版印刷だろう。 とうぜんレプリカではあるが大量に保存してある。 このレプリカの紙は格調高いアートディレクションなので捨てられない。 捨てられないので大量にたまってしまった。 茶経の上にレンズを置いた。捨てずにとっておいたものが役に立った。 こんな使い方をされるとは思わなかっただろう。 それにしても京都の古いお茶屋さんは趣味がよい。

カメリアレッドな風景を曳く

プリンティングニッコール150mm F2.8オプチカルファンタジー

Printing Nikkor 150mm F2.8
Pure Apochromat Heavy Macro Lens
Optical Fantasy

植物園。人影なし。山茶花元気。 という文字を不安定に並べると、もうこれで完結してしまうが、それはそれで、 きょうはベローズユニットを載せた三脚を立てたことだし、 自由に咲くピンク色の山茶花の下で小春日和という音も空にみえたことだし、 レンズの話でもしてみたい気分である。

山茶花の花びらがびっしり落ちている。 ピンク色の花の照り返しが鏡胴に写るのは、プリンティングニッコール150mm F2.8だ。 カタログの表記では、プリンティング・ニッコールとなっているが、 ここはプリンティングニッコールと書いてみる。

このレンズは俳句ポエムをジェネレートする機能を有する。
美しい総天然色。新鮮なアポクロマート。ゼロ・ディストーション。
ハイク・ポエティックなレンズなのである。

ベローズPB-4とプリン150mm F2.8の完璧な撮影体勢
(撮影年は2002年12月)

プリンティングニッコール

プリンティングニッコールとは耳慣れない名前かもしれないが、 きわめて少ない特殊用途ニッコールのなかの生き残りのひとつである。 プリンティングニッコールがデビューしたのは、昭和43年(1968年)だった。 75mm F2.8、95mm F2.8、105mm F2.8、150mm F2.8の4本だ。 この年は一眼レフカメラ用のニッコールでも個性的なレンズが登場している。 特殊な魚眼レンズOP Fisheye-NIKKOR 10mm F5.6、シフトレンズのPC-NIKKOR 35mm F2.8、 それに超広角レンズはNikkor-UD Auto 20mm F3.5だ。

プリンティングニッコールは、 劇場映画フィルムのオプチカルプリント専用の完全アポクロマートレンズである。 おなじアポクロマートでも、 非常に大きな拡大率となる劇場映画用フィルムのプリントでは、 ごくわずかな色のにじみさえも許されない完全な色収差除去が求められる。 極限の解像力と歪曲収差・色収差の完全除去を実現した超ニュートラル・マクロレンズが、 このプリンティングニッコールシリーズだ。

ニコンのアナウンスによると、 映画フィルムのオプチカルプリント用として開発したレンズではあるが、 産業分野における微細なパターンの検査・ 計測などの高精細画像の撮像用に最適であると公表している。 現行製品で唯一アポクロマートであることと、 歪曲収差が基準倍率で完全な無収差(0%)である点を宣言しているレンズに注目したい。 EDガラスを利用して各種収差を補正する設計技術を、 プリンティングニッコールに採用していることはよく知られている。

テクニカルデータ

プリンティングニッコールはこのサイトで画像を公開している第一世代のレンズと、 レンズ構成が大幅に変わり鏡胴の塗装の質感が落ち着いた第二世代のレンズがある。 それぞれ、設計の根本であるレンズ構成枚数からして大きく異なり、 前期型、後期型というレベルのマイナーチェンジではないので、世代という概念で区別した。 まずは第一世代のレンズについて説明しよう。

(1)第一世代のレンズ

Printing Nikkor 150mm F2.8

出典:
日本光学工業株式会社 Nikkor
カタログ番号 8200-01G JC 403-2/Z 1974年2月1日発行
日本光学工業株式会社 Nikkor
カタログ番号 8200-02G JC 409-10 1
その他英語版資料による

−焦点距離: 151.5mm
−最大口径比: 1:2.8( ∞ にて )
−最小絞り: f/11
−レンズ構成: 4群10枚
−基準倍率: 1X
−標準使用倍率範囲: 1/4X - 4X
−画角: 5° 50′
−色収差補正波長域: 400nm〜800nm
−口径蝕: 0%(f/2.9にて)
−歪曲収差: 0%(1X にて)
−解像力: 未記載
−原画サイズ(基準倍率にて): 30mm⌀
−画像サイズ(基準倍率にて): 30mm⌀
−基準倍率における原画から画像までの距離: 573mm
−マウント: 2.75″⌀ P=1/24″ ねじマウント
−フィルター径: 62mm⌀ P=0.75mm
−重量: 1,030g
−当時の価格: 395,000円(1974年 2月)
−当時の価格: 650,000円(1975年 7月)
−当時の価格: 650,000円(1976年 4月)
−当時の価格: 650,000円(1977年12月)

(2)第二世代のレンズ

次に参考として第二世代のレンズについて説明しておく。 日本国内向けのカタログ等一次資料には、プリンティングニッコール 150mm F2.8A と説明されている。 末尾のAは、マルA(丸の中にA文字)と表記されている資料もある。 ニューヨークのニコンが発行した英文カタログ 「Nikon Optics THE EYES OF INDUSTRY」 には、Printing Nikkor 150mm F2.8N と説明されているが、 外観と各部寸法ほか性能諸元データが一致するので同じものと考えている。 販売するエリアで名称を少し変えて管理したのだろうか。 いずれにしても、レンズ本体にAとかNの刻印が入っているわけではなく、 カタログや価格表などの紙資料だけに見ることができる。

Printing Nikkor 150mm F2.8A
Printing Nikkor 150mm F2.8N

出典:
株式会社ニコン Nikon Printing-Nikkor オプチカルプリント用レンズ
カタログ番号 8210-5 KJC 910-IZ/1 1989年10月1日発行
ニコン(米国ニューヨーク)発行 英語版カタログ
Nikon Optics THE EYES OF INDUSTRY

−焦点距離: 149.8mm
−最大口径比: 1:2.8( ∞ にて )
−最小絞り: f/11
−レンズ構成: 6群14枚(+保護ガラス2枚)
−基準倍率: 1X
−画角: 16° 43′
−色収差補正波長域: 400nm〜800nm
−口径蝕: 0%(f/4にて)
−歪曲収差: 0.0%(1X)
−解像力(f/2.8、e-lineにて):240本/mm(中心、1X)
−解像力(f/2.8、e-lineにて):170本/mm(88mm⌀、1X)
−原画サイズ(基準倍率にて): 88mm⌀
−画像サイズ(基準倍率にて): 88mm⌀
−基準倍率における原画から画像までの距離: 559.2mm
−マウント: 2.75″⌀ P=1/24″ ねじマウント
−フィルター径: 58mm⌀ P=0.75mm
−重量: 1,050g
−当時の価格: 787,000円(1987年1月)
−当時の価格: 865,700円(受注生産品、1994.04.01)

コレクターズノート

このレンズは、レンズ本体に加えて、オリジナルの元箱に紙モノ(検査合格証)が揃いで入手できたので、 参考のためにその姿を見ていただきたい。

オリジナルの青箱と検査合格証

元箱は青いデザインの紙製ボックス。大ぶりの箱にゆったりと格納されている。 直筆サイン入りの検査合格証も揃っている。

レンズと検査合格証

検査合格証

透明ビニールケースに収まった検査合格証には、M. Hirao(Matsuo Hirao、平尾 松男氏) の直筆サインが記されている。 成品検査責任者のサインである。この時代は平尾 松男氏だった。

検査合格証の裏面はLENS DATAとして、測定した実測データが書き込まれている。 製品カタログに明示された焦点距離は151.5mm。実測データが152.8mmとは素晴らしい。

レンズの実測データ

プリンティングニッコール150mm F2.8による撮影の方法

プリンティングニッコール150mm F2.8のフィルターサイズは62mm P=0.75である。 また、レンズの最後尾が同様の62mm P=0.75ネジになっている。 このため、62mm径レンズ用のBR-5リバースリングと、 52mm径レンズ用のBR-2Aリバースリングを結合することできわめて簡単で確実なFマウントが完成する。 ただし、このアバウトな方法でマウントができるのは、 第一世代のプリンティングニッコール150mm F2.8だけである。

ニコンBR-5リングとBR-2Aリング

ニコンBR-5は現行製品のアダプターである。 本来の機能はレンズをリバースしてベローズなどに取り付けるときに使う。 アタッチメントサイズが62mmのBR-5リングと、52mmのBR-2Aリングを用意する。

BR-5 + BR-2A + M2リング

レンズ最後尾にガッシリとマウント

いずれも純正のニコン製リングを3個結合して、ガッシリとしたFマウントレンズが完成する。 ベローズにマウントする場合には、M2リングはなくてもよい。

豊穣の驚異的マクロ映像

このレンズを装着したニコン一眼レフカメラで、ファインダーをはじめて覗いたときの感動が忘れられない。 驚異的に鮮明で、豊穣の色再現のなかに、なんとも艶やかなやわらかい光線を眺めることができる。 リバーサルフィルムには総天然色の優美な映像が定着した。 完全円形絞りのせいか、 それとも14枚もの特殊光学レンズを詰めたガラスブロックの存在のせいか、 なんともシャープな画像の背景に真綿のようなボケ具合はなんなのだ。 ほんとうにこれが工業用レンズなのか。

プリンティングニッコール150mm F2.8を持って、植物園の温室に入った。 世界の珍しい植物を見ることができる。 大きいものでは、バナナの木が緑色の房をつけている。 なにやら水生植物とか、熱帯植物の苗が育っている。

古い昭和の水銀柱のある風景

「もう寝るわ」と白塗りの温度計測箱の中でゴロリ

熱帯植物の苗が育つテラス席

植物園の敷地内には、付属の果物博物館がある。 地味な理科室のような教育的展示スタイルのためか人影がないのが嬉しい。 展示室は夏でもひやりと涼しい。

プリンティングニッコール150mm F2.8の美しく、そして驚異的な豊穣のマクロ映像。 レンズを選ぶことでできる写真表現もあることが実感できる。 果物博物館の標本ケースには、古いラベルのコレクションがあった。

元禄年間から300年以上続く多摩川梨の歴史とレンズ

長い年月で退色し白っぽくなった印刷は、桃の贈答用木箱に貼ったラベルのようだ。 「多摩川水蜜」と読める時代の端正なデザインのプリントラベルコレクションに、 私はプリンティングニッコール150mm F2.8を置いた。 なぜかそうしないといけないような、映画のシーンのような、 スローモーションで音のしない時間だったことは覚えている。 このレンズは映画だ。

果物博物館の古いラベルのコレクションにレンズを置いた
(撮影年は2002年10月)

プリンティングニッコール150mm F2.8による実写

焦点距離が105mmのプリンティングニッコール105mm F2.8と同様に、 プリンティングニッコール150mm F2.8も十分に遠景(いわゆる無限遠)の撮影も可能だ。 でもやはり、いろいろと試してみたが、もともとのレンズ設計思想に準拠した、 近距離での撮影に高性能を発揮する。繊細で精密な描写が得意なレンズなのである。

やや大きくて重たいレンズのために四季を通して毎日持ち歩くことはできず、 限られた季節だけの撮影となった。
実写画像をクリックすると少し大き目のサイズの画像が出ます。

昨日のさくら

今日のさくら

明日のさくら

2019年のあとがき

オリジナルのコンテンツは2002年12月に公開しました。 当時のコンテンツでは画像を数枚のみ掲載していましたが、 2016年の見直しにあたり、ストーリーの内容に合わせて、 当時に撮影した画像を追加しました。 追加した分も古い時代のデジタルカメラの画像のため、 ウェブに掲載するには今となっては画像が小さく品質も十分ではないのですが、 当時の雰囲気や気分がよく出ているのでそのまま使いました。 さらに、プリンティングニッコール150mm F2.8による実際の撮影画像を追加掲載しました。

レンズと茶経

2019年の見直しでは、記事先頭と末尾にレンズの姿画像を新たに組み込み、構成を大きく変更しました。 元箱とレンズの画像を加えて大幅に内容を書き改めました。 本記事で紹介している第一世代のレンズの性能諸元データを、手持ちの資料から掲載しました。 合わせて、第二世代のレンズの性能諸元データも参考に示すことで、活用しやすいようにしました。

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