TV ニッコール 35mm F0.9ビッグファースト・スーパーライト
Big Fast Super Light TV NIKKOR 35mm F0.9 Supreme Grand Glass
TV ニッコール 35mm F0.9 ● ニッコールレンズ史上最速の高速レンズ ニッコールレンズの中で、最も明るいレンズは何かご存知だろうか。 もちろん、ニコンミュージアムに収蔵されている、 昭和十二年(1937年)に製造された 16mmシネカメラX線撮影用レンズ 6cm f/0.85 とか、 特殊なものは除く。 市販されたカメラ用のレンズという枠組みの中で答えるとすると、TV ニッコール 35mm F0.9である。 刻印の間違いではなく、正真正銘のニッコールレンズである。 F1.0よりもさらに明るい高速F0.9が実存するのだ。 1:0.9の刻印が美しいこのレンズを、2004年に本ウェブサイトで紹介したが、 これは当時世界で初めてのことだった。
超高速レンズといえば TV ニッコール 35mm F0.9 ● ニコン研究会で初めて実物を見る 話はずっと昔。 いぜんから工業用ニッコールレンズのセールスマニュアルに、 ごく小さい写真が掲載されていたのは記憶していた。 当時の情報だと、写真はこの1枚しか目にしたことがなかった。 モノクロのベタっとした写真で、デティールも質感も分からない写真だった。 長年探していたが、情報はもちろん、現物を目にすることはないだろうと「安心」していた。 2004年のことである。 ニコン研究会で、ある時いつもながらのカメラ談義で盛り上がり、 話が工業用ニッコールレンズの話題にそれた時だ。 会員の方から、何でそういったレンズ(工業用ニッコール)を集めているのかと、 正しい思想の質問に答えていると、 「そういえば、私は F0.9のニッコールレンズを持っています」 と衝撃的なことを平然にお話されるものだから、私は驚いてしまった。 F0.9のニッコールレンズとは、小さい不鮮明な写真でしか見たことのない、 幻の高速レンズ、TV-Nikkor 35mm F0.9にほかならないからだ。 次のニコン研究会の例会(2004年7月)に持ってきていただいたのが、このレンズである。 事前に私が調査した性能緒元と、 探し出したレンズ構成図の図面の上にTV-Nikkor 35mm F0.9はしずかに置かれた。 なんでレンズ構成図の図面があるのかという話もあるが、そこはこらえていただきたい。 なんとも、じつに美しい、超高速レンズを見ていただこう。
日本光学 TV ニッコール 35mm F0.9 ● 蛍光板撮影用ニッコールレンズ 絞りリングの彩色エナメル文字流し込みが美しい。 1本づつ面相筆(中国北方生息のオスのイタチ毛で作られた最高級の極小面相筆かもしれない) を使って、手書きで精緻に彩色されている。 鏡胴は高品質な漆黒の、お道具調の鏡玉に仕上げてある。 工業用ニッコールレンズにしては珍しく、 メートル表記とフィート表記の距離リングが付いている。 このレンズはなにものか。 TV-Nikkorというと、 一般には放送局などで使うプロ用ビデオカメラに搭載するズームレンズとして有名である。 しかし、このレンズは放送局用のレンズではない。 日本光学が分類・付与した名称は、「蛍光板撮影用ニッコール」だ。 レントゲン映像を撮影するための特殊用途レンズなのだ。 工業用ニッコールレンズのセールスマニュアルから、説明を以下に引用させていただいた。
ライカL39スクリューマウントの TV ニッコール 35mm F0.9 ● テクニカルデータ TV ニッコール 35mm F0.9
−焦点距離: 36mm
−発売時期: 1965年 7群8枚のゴージャスなレンズ・ガラスブロックが引き出すパワーは超高速の F0.9。 それにしても当時の価格はすごいことになっている。 1969年1月で158,000円だった。 この時点での当時の国電(現在のJR)の初乗り運賃は20円だった。 2021年現在のJR山の手線の初乗り運賃(最低運賃)は140円。 7倍である。 単純に計算すると、110万6千円。 現在の感覚でもやはり100万円を軽く超える価格だったのである。
TV ニッコール 35mm F0.9のレンズ構成図 このレンズ構成図を見て、6群8枚ではないかとお考えの方もおいでだと思うが、 左から数えて5枚目と6枚目のレンズは完全に分離しており、 7群8枚となっている。 ● 発売時期と製造数 まずは発売時期について検証してみたい。 原則に従い、ニコン75年史(資料集)およびニコン100年史( 100 Years of Nikon Vol. II ) にあたってみた。残念ながら、どこにも TV ニッコール 35mm F0.9の記述がない。
日本光学の資料を調べてみた。 生産期間は、1965年3月から1967年7月。 2年と4か月の間に製造したのは 154台。月産 5〜6本程度だったようだ。
地球上に現時点で残っている現物標本の製造シリアル番号と本数は以下のとおり。 捨番が、3501と3502の現物がいくつか確認できている。 検査に合格して世に出たレンズは150本程度のようである。 製造数は少ないがそこそこの数が流通しているように思える。 なお捨番が、ずうっと飛んで 3509の存在が確認できているが、 特別注文の枠組みで製造されたレンズかもしれない。 このあたりはもう少し調査を進めたい。 発売時期を推測してみる。 1966年9月付けのカタログ( 「Nikkor」日本光学発行 資料番号 BAOL 6503-69 昭和41年9月 ) にレンズの外観写真画像入りで登場している。 製造開始時期を考慮し、発売時期を1965年と推測してみた。 ● 稀少レンズはカメラを選ぶ このレンズはライカL39スクリューマウントだ。 L-F接続リングを介してそのまま装着可能であるが、順方向のマウントでは四隅がけられてしまう。
日本光学が生んだ高速レンズ TV ニッコール 35mm F0.9 前玉のフィルター径は52ミリ。 つまり、BR2Aリング(または旧製品のBR2リング)が使えるのだ。 BR2Aリングは片方が52mmのオスねじ、もう片方がオスのFマウントになっている。 BR2Aリングを前玉にねじ込み、レンズをリバースしてFマウントのカメラに装着完了。 四隅もけられることなく、美しい高速画像が目に入ってくるはずだ。 現存数の少ない稀少なレンズである。極稀少レンズはカメラを選ぶ。 どんなカメラで対応するか、一晩悩むのも、日々の暮らしのなかでもたいせつなことだ。 でも最適な選択をしないほうがよいかもしれない。そういうものなのです。 物理的な最適制御で安定して朽ちるよりも、どこか足りないゆるんだ振動のほうがたのしい。
ニコンF2Tレガシーエンジンに TV ニッコール 35mm F0.9
● TV ニッコール 35mm F0.9をもう1本 ニコン研究会でこの TV ニッコール 35mm F0.9が話題になると、 「では、私も1本」という方が出てきてお披露目していただいた。 そう簡単に私も1本というわけにはいかないはずなのだが、やはりこの世界の達人にかかると仕事が早い。 細かい話は抜きに写真画像で見ていただこう。 ニコン研究会の例会レポートからの抜粋なので、 すでにご覧になっている方が多いと思うが、再確認ということでご理解いただきたい。 2005年5月のニコン研究会からの画像である。 この例会で初めて、TV ニッコール 35mm F0.9をミラーレスカメラで実用するスタイルが提案された。
美しい高速レンズ TV ニッコール 35mm F0.9
● さらにニコン研究会から ニコン研究会「ウルトラマイクロニッコール28mm F1.8特集」から抜粋した画像を見ていただきたい。 2007年11月のニコン研究会からの画像である。
人気の高い TV ニッコール 35mm F0.9
師走は年末のニコン研究会。 日本橋たいめいけんのクリスマスディナーのテーブルには、TV ニッコール 35mm F0.9があった。 すでにミラーレスカメラに装着して実用の範囲である。 2009年12月のニコン研究会からの画像である。
クリスマスディナーのテーブルに TV ニッコール 35mm F0.9
● ミラーレスカメラで蘇る性能 バックフォーカスが短く、撮像素子が35ミリフルサイズより小さい仕様のミラーレスカメラの出現は、 短焦点でイメージサークルの小さい特殊用途レンズ愛好家には非常によい結果をもたらした。 レンズをリバースしなくても順方向にカメラへ装着し、フォーカスが得られるのだ。 ニコン研究会がミラーレスカメラの特性に着目し、こういった使い方もできると提唱したのは2005年の話である。 その後の試行錯誤の取組みは続いた。 以下に紹介する写真はその後の2010年5月のニコン研究会からの画像である。
ミラーレスカメラに TV ニッコール 35mm F0.9 ミラーレスカメラでこのように合焦する ブラックペイントのライカM4とツーショット
やはり美しい TV ニッコール 35mm F0.9のコーティング
● TVニッコールとは何か X線TVとかX線テレビでネットを検索すると、医療機関や医療機器メーカーから数々の情報が得られることは承知している。 その上で、1960年代のTVニッコールとは、あまりにもベタではあるがテレビニッコールのことであることが明確になった。 実は最近までの長い間、明確に裏付ける一次資料が見つからなかったのである。 しかし、2018年の夏にニコンの一次資料が見つかった。しかも、遠くスロバキアの地から送られてきた。 以下に当該資料から抜粋した画像を掲載する。 いまやgoogleほかアプリの機械翻訳機能は写真画像上の文字さえも読み取り翻訳できるが、 念のため日本語のテキストも添えてみた。 この資料のおかげで 「テレビニッコール EE 25mm F1.4特殊マウント」などと言うあやしいレンズの存在を知ってしまった。 いずれ20年以内には、世界のどこかでこの記事が役に立ち、勇気づけられる人が出てくるだろう。
「Nikkor」日本光学発行 資料番号 BAOL 6503-69 昭和41年9月 A. X線テレビニッコール 35mm F0.9(ライカマウント) X線テレビに於いては、写真の場合と違って撮影像に入る光量が少ないと、 テレビブラウン管の映像に電気的雑音が入って解像力が低下致します。 一方、X線の放射能傷害を避けるためにX線はなるべく弱い状態で使用しなければなりません。 X線テレビニッコールは、X線によって生じた電子管の像を撮影するためのレンズで、 明るさの点では市販されているレンズの中で最高の値を持っています。 また解像力もF0.9の開放で充分に使用の目的を果たします。 B. テレビニッコール EE 25mm F1.4 テレビニッコールEEは、いわゆるEE機構を備えており、 レンズを通る光を自動的に調節します。 そのため工業用テレビに使用される撮像管即ちビジコンに入る光の量は、 絶えず一定量を保つことができます。 またこのEE機構にはビジコンを保護するため、ふだんは光を遮断し、撮影する 時レンズの絞りが作動する特殊機構が採用されております。 ● TV ニッコール 35mm F0.9ユーザーズクラブ 現存数の少ない希少レンズである。 それでも、世の中には入手を試み、目的を達成する方々がいらっしゃる。 日本在住のスーパーマニヤのお二人である。 まずはデューク東郷さん(ツイッターID:@duke2go)を紹介したい。 本職はプロの研究者であるが、ご自宅に弩級の研究用顕微鏡を揃えている方だ。 ご本人からのタレコミによると、SEM(走査型電子顕微鏡)をご自宅に設置したらしい。 「買っちゃいました」「一台だけですから」と言われても一般人には意味不明である。 そんな過激な家庭環境なら仕方がないとも思えるが、 ちょっとテーブルに置いてあるレンズとか小物を見せていただいただけでも、この有様である。
テーブルに置かれたニコンのレアものアイテム
画像はクリックすると大き目のサイズで表示されるが、
それぞれのレンズおよびアクササリーはそのすじの銘品ばかりである。
それとこれとあれはニコンのレンズの中でも希少なものであることは、
このサイトのご常連のハイエンドな紳士淑女に傾奇者の旦那衆であればお気づきのことだと思う。
澄んだ眼の TV ニッコール 35mm F0.9
高級ミラーレスカメラに似合う TV ニッコール 35mm F0.9
● ハイスピードレンズコレクター
次に世界的なハイスピードレンズコレクターを紹介したい。
ハイスピードレンズとは、ベタに言うと高速レンズであるが、つまりは開放F値の明るいレンズを意味する。
前玉が巨大で重量級となるが100mm F0.7というモンスターレンズも実存する。
F0.7級のお化けレンズと並ぶ力強い超高速レンズの世界
TV ニッコール 35mm F0.9
開放F値 F0.9 の美しい前玉
無限遠まで刻まれた距離目盛に注目
精密なライカL39スクリューマウント
高級ミラーレスカメラに似合う TV ニッコール 35mm F0.9
● 海外にいる TV ニッコール 35mm F0.9 なにかと話題の TV ニッコール 35mm F0.9ではあるが、 シンガポール在住のローレンス・タン(Mr. Lawrence Tang-san)さんから 「ウチにもあります」との連絡をいただいた。 画像が何枚か送られてきたが、ご本人の承諾を得たので紹介したい。 レンズのライカL39スクリューマウントにはライカMマウントアダプターが装着されている。 M型ライカで距離計に連動することはないので、ライツのベローズに取り付けるためのお作法とみた。 フィルター径が52mm、つまり、アタッチメントサイズが52mmなので、 汎用のメタル製窓付きレンズフードがいいかんじになっている。
ライカMマウントを装着した TV ニッコール 35mm F0.9
窓付きのレンズフードがしゃれている
● 記事強化の背景
2018年の夏のことである。
スロバキアのブラチスラヴァ在住の写真家であってニコンのスーパーコレクターでもある、
マーチンさん(Mr. Martin Moravcik-san)から
「テレビニッコール」と明確に記載されたニコンの資料(日本語版)が送られてきた。
同じく2018年は夏の終りのことである。 株式会社ニコンからニコンFXフォーマットミラーレスカメラ Z 7 が発表され大きな話題となった。 さらには、NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct の開発がアナウンスされたのである。 開放絞りF0.95という高速レンズが現代に出現だ。 この新製品発表にともない、当サイトのこのTV ニッコール 35mm F0.9の記事のアクセスが急増。 それならばと、なにか新しい情報でパワーアップしたくなり、 ネットを通して知り合ったTV ニッコール 35mm F0.9のユーザーさんを紹介させていただくことにした。 入手が困難なレンズだが、状態の良いミュージアムコンディションのレンズをお持ちなのだ。 オリジナル画像を提供していただいたので、 サブタイトル「TV ニッコール 35mm F0.9ユーザーズクラブ」として追加した。 そうこうしているうちに、 シンガポールのローレンスさん(Mr. Lawrence Tang-san)から 「TV ニッコール 35mm F0.9ユーザーズクラブ」に参加したいとの連絡がきた。 この場で画像を公開させていただいた。 関係者の皆様ご協力ありがとうございました。 ● 2022年のあとがき 本コンテンツのオリジナルは2004年7月に書いたものです。 2016年のサイト移転に伴う見直しで「TV ニッコール 35mm F0.9をもう1本」 以降に画像を追加しました。 2018年には「記事強化の背景」に示すとおり関係者の皆様のご協力により大幅に情報が加わりました。 2020年には記事トップの画像を読者様から提供いただき更新しました。 2021年には「発売時期と製造数」の記事を入れました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2004, 2022
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