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Special Applications Electro-Optical Instrumentation COM-Nikkor 37mm F1.4 Super Recording Lens M=1/8 Nippon Kogaku ● COM ニッコール 37mm F1.4
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スーパーレコーディングレンズ COM ニッコール 37mm F1.4 なかなか実物が出て来ない珍しい部類のレンズだと思う。 私がこのウェブサイトを立ち上げた 2001年の話であるが、 COM ニッコール 37mm F1.4 に関する画像はもちろん情報も見出すことはできなかった。 当時は、COM-NIKKORをキーワードとしてGoogleで検索すると、 「COMは一般すぎる言葉」という警告メッセージが出て検索することが仕様上できなかった。 Googleが日本で使われ始めた頃の話である。 現在ではこういった制限はなく検索することができるが。 いまどき磁気録音再生方式のカセットテープを使っている人はきわめて少ないと思うが、 そのゆったり気分の音質は捨てがたく、 いまだソニーのカセットテープレコーダーを愛用している。 むかしの「生録(ナマロク)」世代だとご存じだと思うが、 ソニーの TC-D5は磁気テープ式携帯録音機としての完成度が高い。 そんな TC-D5の上にレンズを置いてみた。 ● ナグラのような金属芸術 古くて新しいナグラの真空管アンプ NAGRA PL-L を通して、 ザ・バンドの「ザ・ラストワルツ」を聴いているのは、 COM ニッコール 37mm F1.4 である。 精緻な金属の質感と究極の完成度はスイスメイド・ナグラの存在理由だ。
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ナグラ PL-L と COM ニッコール 37mm F1.4 そのナグラのような金属の質感そのままに、アルミ色の絞りリングが、 カチリ、カチリと小気味よいクリック感で動く。 小さいが重たい鏡胴には、COM-NIKKOR 1:1.4 f=37mm M=1/8 Nikon と刻印されている。 日本光学のレンズにしては珍しく、ロッコールグリーンのコーティングだ。 手に冷たく小さい見た目よりは重いレンズである。
![]() ナグラのような金属感の COM ニッコール 37mm F1.4 COM ニッコール 37mm F1.4は鏡胴の黒と白(クローム)のバランスが美しい。 黒いパネルに銀のスイッチが美しいマークレビンソンのハコ (D/Aコンバーター No. 30.6L)と雰囲気が似ている。
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マークレビンソンと COM ニッコール 37mm F1.4 ● このレンズは何者か 日本光学の資料によると 「COMとは、Computer Output Microfilmingの略称であり、 電子計算機から取り出される大量の情報を、高速度で直接マイクロフィルムに記録して分類、 保管、輸送、検索、再生等を容易にしようとするものです」と説明されている。 CRT(陰極線管)の蛍光面上に表示された情報を、 マイクロフィルムに縮小撮影するための大口径比、高解像力レンズなのである。 1960年代後期から 70年代初頭。 汎用機でいえば FACOM 230-60から 230-75の時代か。 今考えると信じられないことだが、FACOM 230-75の外観は木目調のキャビネットだった。 タタミ一畳くらいの大型の操作パネルには、びっしりとランプとトグルスイッチが埋め込まれていた。 空前のモンスターマシンが動き出すと、この世のものとは思えない美しくランプが高速点滅し、 まるでSF映画に出てくる電子頭脳のようだった。 この時代を境に、コンピューターの外観はただの箱になってしまうが。 COM ニッコール 37mm F1.4は、 この当時のデジタル電子計算機のプアな表示装置画面をトレースするのに使われたのだ。 表示管に浮かび上がるみどり色の文字列をマイクロフィルムに撮影した。 感度の低いマイクロフィルムには、 開放値 F1.4の明るい高速超高解像力レンズが必要だったのだろう。
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昭和モダンレンズ ● テクニカルデータ レンズの保護とほぼ同じ時期に、 ロサンゼルスから COM ニッコールの英語版資料が届いた。 日本で発行されたレンズ資料では見出せなかったレンズ構成図などの情報も含まれるが、 概要をまとめてみたい。 COM ニッコール 37mm F1.4
−焦点距離: 37.2mm
−発売時期: 1970年代初頭
![]() COM ニッコール 37mm F1.4のレンズ構成図 COM ニッコール 37mm F1.4のレンズ構成図を示す。 ニューヨークのNikon Inc. が発行した英語版のカタログ「Nikkor Lenses for Special Applications」 から転載させていただいた。 6群8枚の美しいレンズ構成。 寸法入りの図面からは、アタッチメントサイズ(フィルター径)が 40.5mm P=0.5、 レンズマウントはポピュラーなライカL39スクリューマウントということが確認いただけるだろう。
![]() レンズ構成図各部寸法入り ● ザ・ラストワルツ このレンズはカリフォルニア州はベンチュラで出土し、ニューヨーク経由で日本に帰ってきた。 残念ながら日本では、もう絶滅したレンズである。1本も存在しない。 しかしまだ、海外ならばひっそりと生きている可能性はある。 まだ遅くはない。全世界から絶滅する前に救い出さなくてはならない。 ザ・ラストワルツは終焉ではなく、過去を見直した新しい創造がテーマだ。 ナグラのオープンリール・テープ録音機でしか聴こえない音があると、 かたくなに磁気録音テープにこだわる人たちもいる。 精密な音が音楽かと問い詰める人たちだ。 私の場合はかなりゆるい趣味なので、 ソニーの古いカセットテープデッキで昭和の古典楽曲を聴いている。 時代遅れもアナクロも、非日常的な趣味の選択は、大人の特権だ。 たった 1本のスーパーレンズで幸せな気分になれるのだったら、安いものだ。 レンズから音楽が聴こえてくる。それはそれで、そういうものなのである。
![]() 昭和の古い曲を昭和の古いカセットテープで聴く昭和の古いレンズ ● 新品デッドストック 下の画像は、コレクター用語でいうところの、新品元箱付きの姿である。 ニッコールゴールドの紙のハコ(金箱と言う方もいる)には、 IBM電動タイプライターの活字でレンズ名が打ってある。 印刷ではないので、少量生産品であることがわかる。
![]() 電動タイプライターの印字ラベルが貼られた元箱 クロームめっきされたライカL39スクリューマウントの仕上がり。 リアキャップは金属削り出しの手作り品である。 なにもここまで丁寧に仕事しなくてもいいのではないかと思うが、 当時の日本光学製である。プライドが許さなかったのだろう。
![]() レンズに比べて大ぶりな箱に収納されているのは好ましい 型抜きされた発泡スチロール製の緩衝材でレンズの保護を固め、 ビニール袋にはスポンジのクッションと、 ニコンシリカゲルがレンズをキープしている。 これはこれで、こういうものなのである。 小さいレンズだからと言って、あまりにもキッチリの箱では問題がある。 やはりゆったりと、 きちんと緩衝材が機能するように大ぶりな箱に入れて出荷していただきたいものだ。 そもそも、これでも元箱はかなり小さく、可愛いサイズなのである。
![]() 発泡スチロール製の緩衝材が残っているのは珍しい 特筆すべきは、40.5mm径のプラスチック製専用レンズキャップだ。 ごくふつうのレンズキャップに見えるが、なんとキャップの外周が旋盤加工してあり、 鋭角をもって精密な仕上げをしているのだ。レンズ鏡胴にピタリ合う。 きっと後年、誰かが気が付いてくれるだろうと、 密やかな期待を込めて旋盤を操作した生真面目な青年もしくは匠のおじさんがいたはずだ。 私は認めたよ。あんたの仕事を。
![]() 鋭角に旋盤加工された専用のフロントキャップ ● カタログの話 このコンテンツに記載したレンズ性能諸元のデータは、 ニューヨークの Nikon Inc. が発行した英語版のカタログ「Nikkor Lenses for Special Applications」 から転載させていただいた。カタログの表紙から気合の入った文字列が並んでいる。 Nikkor Lenses for Special Applications Electro-Optical Instrumentation, Motion-Picture Optical Printing, Oscilloscope and CRT Recording, COM, Relay Optics, Office Copiers, Micrographics, Photographic Lofting, Printed Circuit, Photomask Making, and Graphic Arts. 英語版だが日本で印刷されたカタログである。 水をかぶった形跡があり一部は紙面が波打っている。 実はこのカタログにはちょっとした物語がある。
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Nikkor Lenses for Special Applications
海外のネットオークションにこのカタログが出品された時の説明である。
と、たいへんに煽りのきいた檄文となっている。 この説明文は作り話かガセネタかもしれない。 水に濡れてヘロヘロでしかも書き込みが入っていて汚れている。 なんとか言って売ってしまおう。そういった背景からの創作かもしれない。 しかしながら、このカタログそのものは絶対的に世の中に存在していないことは事実なのである。 このカタログを 2002年に入手してから 20年以上経過した。 もう少し状態がよいものをと探し続けていたが、市場に出てこないのである。 COM ニッコール 37mm F1.4のレンズ構成図はこのカタログにしか掲載されていない。 たった 1枚のレンズ構成図のためにヨレヨレのカタログを高いお金を出して買う。 どの世界の方々も、そんな苦労話とはいえない自嘲ネタを持っているものなのだ。
![]() 万葉集に出てくるようなレンズ ● フィルター径は 40.5mm COM ニッコール 37mm F1.4はアタッチメントサイズが 40.5mm(P=0.5)なので、 「Nikon 1」シリーズ用の 40.5mmフィルターが活用できるのがうれしい。 ニュートラルカラーNCフィルターは無色透明のレンズプロテクションフィルターである。 ニコン純正で「MADE IN JAPAN」の刻印が凛々しい。
![]() ニコン純正品の 40.5mm HN-N102 フードを着けた姿 同シリーズの 40.5mmねじこみ式レンズフードは「HN-N102」か「HN-N103」から選ぶことができる。 今では貴重な「MADE IN JAPAN」である。 40.5mmレンズキャップは「LC-N40.5」はプラ製で、黒色と白色がある。 正式名称は、「40.5mmスプリング式レンズキャップ LC-N40.5」と少々長い。 こういった小物アクセサリーは現行品で購入できるうちに入手することをおすすめする。 外歩きに用に気軽に使える。
![]() 小さいレンズには専用フードがピタリときまる
![]() 笹色グリーンのコーティングが涼しいレンズ ● ニコン Z 写真帖 ニコン Z 6 にCOM ニッコール 37mm F1.4を装着した。 ニコンFマウント一眼レフの環境ではフランジバックが長いため無限遠が出せなかったが、 極端に短いフランジバックを有するフルサイズミラーレス機ニコン Z マシンの登場により、 接写のみならず、 数メートル先の近距離撮影から数百メートルレンジの遠距離撮影も余裕で可能となった。
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4 and Nikon Z 6 ニコン Z 6 には市販の K&F CONCEPT製の L39 - Z マウントアダプターを装着。 カメラボディがL39ライカスクリューマウントになった。 もうこれで準備完了である。 Nikon Z 6 + L39 to Z + COM-Nikkor 37mm F1.4 上に示す画像のとおりレンズをピッチリとねじ込むとオーバーインフとなる。 ねじをゆるめてレンズを前に引き出すようにするとキッチリと無限遠が出る。 ヘリコイドのようにスムースにはいかないが、実用にはこれでじゅうぶん使える。 フルサイズでは四隅がケラレてしまう。 このレンズについてはすべてカメラをDXフォーマット(APS-Cサイズ) に設定して撮影した。 ● 空気 小学生の頃を思い浮かべてみるのもいい。 有り余るほど時間があって、太陽は真上にあった。なにもないいつもの日々。 夏雲が走っている。こんな日には COM ニッコール 37mm F1.4だ。 週末の日曜日は元気な少年野球場。 昨今では小学生の男子にまじって 女子もユニフォームを着ていっしょに練習試合をしている。 今日は誰もいないグラウンド。日通のトラックが走った。 以下4枚の画像はDXフォーマット(APS-Cサイズ)に設定して撮影。 四隅をほんの少しトリミングした。
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 800 F8 1/3200 sec. -0 +0
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 800 F8 1/2500 sec. +0.3
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 1600 F8 1/2000 sec. -0.7 濃い 6B の鉛筆でスケッチしたような絵が出てきた。 鉛筆を選ぶならば西ドイツ製のステッドラーは青い軸が美しいマルス ルモグラフ。 日本国三菱鉛筆ならあずき色の軸に金冠が品のあるハイユニだ。 さくっと撮っただけで物語か小説になってしまう。
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 1600 F8 1/1000 sec. -0.7
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4 and Nikon Z 6 ● 歌枕 数メートル先の風景もまたよし。 このくらいの距離感だと COM ニッコール 37mm F1.4は、DXフォーマット(APS-Cサイズ)そのままで味が出る。 以下の4枚はトリミング無しのJPEGの撮って出しである。 すこし四隅が落ちているけどそれは「軽みを狙った」とか「歌枕に使う画像」と言えば納得していただけるだろう。 暗いけれども明るい。明るいが暗い。解釈はそれぞれ自由だ。
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 3200 F8 1/1250 sec. -0.3
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 3200 F8 1/250 sec. -0 +0
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 3200 F8 1/400 sec. -0.7 銀杏の大木。若い葉が勢い。 たしかに四隅が落ちているがこの雰囲気では四隅が落ちていないと絵にならない。 木の根っこもそうだ。 ここまで樹齢を重ねているので、四隅が落ちていることなど本人は気にしないだろう。
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4, ASA 800 F8 1/800 sec. -1.0
![]() COM-Nikkor 37mm F1.4 and Nikon Z 6 撮影していてじつに楽しいレンズである。小さく可愛いレンズではあるが個性的な描写をする。 健康的な写りと言うのであろうか。開放の F1.4ではなく、最小絞りの F8で撮ってしまった。 いくら絞っても F8までしかないのも潔い。 ● 2023年のあとがき このコンテンツのオリジナルは 2002年6月当時に書いたものです。 公開当時は 2枚きりの画像でしたが、2016年のサイト移転に伴う見直しで、 新たに撮影した画像を盛り込みました。 2018年の改訂ではレンズ構成図を追加しカタログの話を盛り込みました。 2019年には、新規撮り下ろし画像で「新品デッドストック」の記事を書き直し、 新たに「フィルター径は 40.5mm」の記事を加えました。 2020年の改版では「ニコン Z 写真帖」として Z 6 による実写作例を組み込みました。 ニコン一眼レフ(フィルム機、デジタル機ともに)では接写しかできませんでしたが、 ニコンゼットでいきなり撮影範囲が広がるとレンズを持ち出す機会が増えました。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2002, 2023 |