赤いラインは自然科学写真家の証マクロニッコール12cm F6.3 ● 箱根物語 森で暮らせたらいいなと思った時もあった。 げんじつには、そんな誰も住んでいないところで暮らすわけにはいかない。 仕事がある。通勤がある。残業がある。なによりも生活がある。 でもオフタイムにはオールドニコンを持って、すこしばかりゆっくりした時間を過ごしたいと思った。 箱根登山鉄道は宮ノ下で降りた。 箱根のクラシックなリゾートホテル。 焼き立てのパンの香りが漂う朝のメインダイニング。 ホットケーキにコーヒーとオレンジジュースが朝の気分だ。
朝のテーブルの風景 朝は冷気に深呼吸。午前中は西行を読む。夜読むとかなしいからだ。 愛読書は地人書館の雑誌「天文と気象」だったのだ。趣味が渋すぎる。 ラジオ放送の第2から流れる気象通報を聞きながら天気図を書く。
個人で白塗りの百葉箱を持ちたいと思ってカタログを眺めたことがあった。
気象庁1号型の本格派は意外と高価なのである。
むかし小学校の校庭の片すみにあったあれだ。
芝生が敷かれた小さいスペースに設置されていた。
「ひゃくようそう」、などと知っているように言わないで、
これは「ひゃくようばこ」と呼ぶのが正しい。
なぜって、小学校でそう習ったからだ。安直に変えないでほしい。
午後はホテルの部屋で執筆活動。 昭和初期にこつぜんと現れた幻のボン書店に興味はつきないが、 原子間顕微鏡で標本をリアルタイムに撮影する技術の動向を調べる。 つかれたら、古い日本光学製LUR-Ke型をのぞく。 対物レンズはオリンパス光学のプラン1.3倍だ。こだわるねえ。 ツァイスのルミナー40mm F4グリーンドットを対物レンズ代わりに付けるのも粋。
サンルームのあるクラシックホテルの午後
ジャパネスク建築に似合うオールドニコン ● マクロニッコール12cm F6.3で写真を楽しむ 箱根に滞在したあいだは、小高い丘の木陰に入り込み、カメラをセットして写真を撮った。 ニコン一眼レフカメラに、マクロニッコール12cm F6.3だ。暗い。 しかし、目の前はこの明るいランドスケープだ。なんの不都合はかんじない。 軽いのがうれしい。先鋭なスペックは鮮鋭な画像を結ぶ。 当然プリセット絞りだが、急ぎ仕事のように写真を撮っているわけではないので、 まったく不便をかんじない。 気軽に中望遠レンズが使えればそれでよい。
小高い丘の木陰から広がる明るいランドスケープ ニコンから正式にレンズの性能諸元が公開されていないため、レンズ構成図ほか不明である。 公知の範囲と実測できる数値データでまとめてみた。 マクロニッコール12cm F6.3
−焦点距離: 120mm
−発売時期: 1968年 ● 気になるこのレンズ このレンズ、現在でも現役。 科学映画製作会社のレンズ所有リストに掲載されていたり、 水産試験場の設置備品だったりする。医学系か理学系の大学だったらまだ現役だろう。 このようなヨタ話をウェブでばらまいてしまい、寝た子を起こさなければいいが。 研究室のマルチフォト装置から、レンズだけ消えたなんてないようにしたい。 ベローズ装置は面倒だと感じる方には、ヘリコイドアダプタがおすすめだ。 BORGブランドで、お手軽価格で買えるのも嬉しい。 ライカL39スクリューマウントのレンズを、一眼レフカメラに装着できるヘリコイドリングセットだ。 昔からカメラ雑誌などに出ていて現在はウェブで紹介されているので、 すでに入手されている方も多いだろう。 私もヘリコイドアダプタをニコンFマウントで用意している。 マクロニッコール12cm F6.3は無限遠も出るし、無限を超えて、冥王星までも届く。 もちろん路歩きでは、雑草生態学を実践し、名もない花を撮影するのもよい趣味だ。 マクロニッコール12cm F6.3は重量200グラム前後と軽い。暗くてもこの軽快さにはかなわない。
ヘリコイドアダプタで軽快に撮影 水車小屋にも似合うオールドニコン ● ニコンがニコンであるために ここだけの話、ニコンミラーレスカメラ用レンズに、ニコン一眼レフ用レンズに、 こういった個性的なレンズが用意されると、ニコンファンがさらに増えるのではないか。 世界中のどこのカメラメーカーでも出していない。プリミティブな仕様のレンズだ。 横並びの市場のなかで、製品の差別化はマニヤに聞かないとだめだろう。 もちろん製品すべてという意味ではない。 各社似たような製品思想のなかで、1本や2本とんがった製品が存在してもいいのではないかと思う。 夜間撮影用超高速レンズ「ノクト」がニコン Z 向けに復活したのだから期待は持てるのではないか。 ● 赤いラインはナチュラリストのこころ 夕食はディナーの時間となる。 リゾートホテルのメインダイニングはオープンが早い。 まだ外は明るい。宿泊客で座席はしずかに埋まってきた。 食前酒のつもりでよく冷えた甲州産の白ワイン。なんとも清涼な時間だ。
夏の夕食 さて、大人の夢をみるときは過ぎた。か。 赤いラインのレッドラインニッコール。 万能レンズ。ごく一部のわかっているマニヤでの人気は語り草。 山岳写真家と自然科学写真家には必携の超高解像力レンズだ。 極東のクラシックホテルでオールドニコンとのレンズ遊びにも風景がなじむ。 レンズは純情なのにかぎる。
レッドラインニッコールの端正な美しさ ● 撮影作法 初夏の木陰で風の音を写してみた。 カメラボディには軽い小さいな高性能マクロレンズを1本きり。 古い小型三脚にのせてシンプルで簡単な撮影行となる。
初夏の風の音 ライカL39スクリューマウントをニコンFマウントに変換するために、 BORG製のM42ヘリコイドシステムを使用している。 カメラボデイとの中間に入っているのはマイクロニッコール用のM2リング。 このセットでピタリと無限遠から近接にかけてフォーカスが出る。
40.5mm NC フィルターとレンズフード HN-N102 マクロニッコール12cm F6.3の先端には40.5mmのステップアップリングを装着。 この40.5mmステップアップリングは2003年に若気の至りで専門家に造っていただいたプライベート特注品 (マクロニッコールの特殊なネジ径38mm P=0.5を40.5mm P=0.5に変換)。 そして「Nikon 1」シリーズ用の40.5mm ニュートラルカラー NCフィルターと ねじ込み式レンズフード HN-N102 を着けている。 どちらも現行品で購入が可能である。 もちろん40.5mmの「Nikon 1」専用キャップもある。 これでお気楽な撮影散歩行となるわけである。
草陰の中にマクロニッコール12cm F6.3 レッドライン ● ニコン Z 写真帖 フィルム式の古いニコン一眼レフカメラからフルサイズミラーレス機に暗箱を変えてみた。 ニコン Z 6 にマクロニッコール12cm F6.3を装着した。 レンズそのものが軽いので全体的に身軽な撮影セットとなっている。 すこし距離感のあるシーンを撮影してみた。 以下のスタイルで無限遠が出ている状態。
MACRO Nikkor 12cm F6.3 on Nikon Z 6 ニコン Z 6 にはニコン純正のFTZマウントアダプターを装着。 カメラボディがFマウントになったので、ニコンの接写リングM2で延ばしてBORGのM42ヘリコイドを入れた。 BORGのM42ヘリコイドのカメラ側はニコンFマウントで、 レンズ側がライカL39スクリューマウントにセットしてある。 そのままマクロニッコール12cm F6.3を装着。 Nikon Z 6 + FTZ + M2 + BORG M42 (F to L39) + MACRO 12cm F6.3 レンズには特注の 38mm - 40.5mm のステップアップリングを取り付け、 ニコン純正の40.5mm NCフィルターを付けた。 さらにマルミ光機製の 40.5mm - 52mm のステップアップリングを取り付け、 ニコンF時代のフードを装着した。 ● さくらポエム どちらかと言うとゴツい武骨な撮影セットである。 では女子力の高いさくらポエムの撮影は可能だろうか。 平安時代の露出データを用いて平安時代の写りを再現してみた。 レンズの絞りはすべて目盛り1(SCALE=1)に固定。つまり開放のF6.3である。
MACRO Nikkor 12cm F6.3 狙い通りの絵が出てきた。鴇羽色の淡い微妙な色彩もよく表現できている。 マクロニッコール12cm F6.3の開放絞り値F6.3の描写は気品があり優しい。 気をよくして大正時代の露出データを用いて大正時代の写りを再現してみた。 こちらの方は前後の空気が淡藤色に写り込んでいて現実の心情映像に近い。
MACRO Nikkor 12cm F6.3 ニコン Z に搭載されている画像処理エンジン EXPEED 6 のアーキテクチャを信頼して 絞り優先オート(A)でさくさくと撮影が進んだ。 ポエム調を狙って意図的に露出を2段前後プラスに調整して撮ってみた。 もちろんカメラが示した適正露出の画像は植物図鑑そのものである。正確無比。 ● 木との会話 マクロニッコール12cm F6.3の得意な絵は質実剛健な描写である。 さくらポエムとは真逆の硬い光線下で寡黙な老木と対峙した。 木肌の精密描写には適している。 レンズの絞りはすべて目盛り1(SCALE=1)に固定。つまり開放のF6.3である。 もうすこし絞り込んだほうがよいかもしれないが、開放でも性能は十分に出ている。
MACRO Nikkor 12cm F6.3
MACRO Nikkor 12cm F6.3 ストレートな描写である。目の前に存在しているものがそのまま写っている。 風雪に耐えた木肌。新しい芽吹き。 こういう生真面目で硬質な描写はマクロニッコール12cm F6.3の特徴・個性とも言える。 科学写真用レンズの素性は正しい。
MACRO Nikkor 12cm F6.3 and Nikon Z 6
MACRO Nikkor 12cm F6.3
MACRO Nikkor 12cm F6.3 ● 力強い骨太の描写性能 さくらポエムから質実剛健な描写。 さらには拡大専用の科学写真用レンズで無限遠を眺めてみた。 無限遠と言っても約600メートルほど先の鉄橋を渡る京王線が被写体だ。
MACRO Nikkor 12cm F6.3 河川敷には黄色い工事車両が美しい。 美しいものを見るとつい撮りたくなる。 このレンズは焦点距離 12センチ、つまり120ミリの中望遠レンズだ。 こんな距離感にも最適。線が太く力強い重量感のある描写に注目。
MACRO Nikkor 12cm F6.3
MACRO Nikkor 12cm F6.3 少年サッカーチームが練習をしている。 乾いた空気。樹木が投影する陰の造形は夏。 スポーツドリンクの入ったボトルがズラリと置かれた風景。
MACRO Nikkor 12cm F6.3
MACRO Nikkor 12cm F6.3 and Nikon Z 6 科学写真用レンズである。拡大系の撮影に使って超絶的な解像力を誇る。 しかし近接撮影、中距離レンジのシーン、そして遠いランドスケープ撮影にも最適だ。 山岳写真家と自然科学写真家には必携の超高解像力レンズと言われてきたが、 遺跡発掘調査記録から土木工事にも向いている。 なによりも写真作家好みの抒情性豊かな描写が新鮮である。 ● 2022年のあとがき この記事のオリジナルは2001年11月に書いたものです。画像は1枚のみでした。 2016年のサイト移転に伴う見直しで「箱根物語」と題して全面的に改版しました。 画像を多数投入し文章を書き直してオリジナルとは大幅に進化したページとなりました。 2020年の改版では「ニコン Z 写真帖」として Z 6 による実写作例を組み込みました。 本来は拡大撮影用の精密描写を得意とするレンズですがポエム調な撮影でも活躍します。 もちろんストレートに撮影した映像はきわめてよく解像しており優れた描写です。
Copyright Michio Akiyama, Tokyo Japan 2001, 2022
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