APO Nikkor 240mm F9 Landscape Photographer

アポニッコール240mm F9 ランドスケープ・フォトグラファー

風景写真家の軽い装備

アポニッコールは大きく分けて二種類ある。 3群4枚レンズを搭載したアポニッコールと4群4枚レンズを搭載した対称型アポニッコールである。 本稿では対称型アポニッコールに分類されるアポニッコール240mm F9について述べている。

アポニッコール240mm F9は写真製版用の産業用レンズだ。 写真が、そして印刷処理がデジタル化され、 町の印刷屋さんほか印刷業界から大量に廃棄あるいは放出されたレンズという位置付けである。 アポニッコール240mm F9。 開放F値はF9。感動的に暗い。最小絞りはF128だ。 これ以上の最小絞り値目盛を備えているニッコールレンズは聞いたことがない。

アポニッコール240mm F9は風景写真家におすすめだ。 レンズが軽い。軽い装備で壮大なランドスケープと対峙できる。

ニコンPB-4ベローズとアポニッコール240mm F9は最強の組合せ

ニコン一眼レフカメラ用のレンズフードが似合う

テクニカルデータ

アポニッコール240mm F9は写真製版用で、 可視光線はもちろん近紫外線についても色収差を除去・補正した完全なるアポクロマートレンズだ。
Nikon銘が入っているので、1970年代後期から1980年代の製品と思われる。 金属製のリアキャップ付きの状態で購入した。レンズはやや濃い目のパープルコーティング。 53ミリネジ(ピッチ0.75)マウントの座金が付属している。

APO Nikkor 240mm F9

−焦点距離: 240mm
−最大口径比: 1 : 9
−最小絞り: F128
−レンズ構成: 4群4枚 完全対称型
−基準倍率: 1X
−画角: 46度
−色収差補正波長域: 380nm〜750nm
−口径蝕: 0% (F16にて)
−歪曲収差: 0%
−画像サイズ(基準倍率にて): 400mm⌀
−原稿サイズ(基準倍率にて): 400mm⌀
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 960mm
−フィルター径: 47mm P=0.5mm
−マウント: 径53mm P=0.75mmのネジマウント
−重量: 180g(レンズ単体の実測値。座金込みだと205g)(注)
−付属品: 蝶番付き前キャップ、後キャップ、木製格納箱入
−付属品: 差し込み絞り板、差し込みフィルター挟み、レンズ座板、ボルトナット
−当時の価格: 32,000円(1969年1月)
−当時の価格: 45,000円(1974年6月)
−当時の価格: 51,800円(1987年1月)

(注)重量のこと
ニコンの正式一次資料(セールスマニュアル、カタログ)によると、205gあるいは220gとの記載がある。 発行年によって値が異なるのである。 であるならばと、サンプル数は手持ちの1個だけではあるが、家庭用のハカリで実測したら180gだった。 座金を加えてようやく205g。 すでに半世紀昔の印刷物にものを言うには聞く相手がいない状況ではあるが、 ELニッコールしかり、仕様諸元のこと重量に関しては一貫していないケースがある。 素材材料の変更があったことも考えられるが裏付ける資料は手元にない。

アポニッコール240mm F9のレンズ構成図

特注したマウントアダプターでFマウント化を実現

パワフルで精悍な存在感を放つアポニッコール240mm F9

マウント座金の話

中古品がよく流通しているこのクラスのレンズは、 写真撮影装置からレンズだけを手で持ってクルクル回して外したのだろう。 座金は装置本体に残したままだ。
6本のネジやボルトで止めてあるため、座金を外すのは手間がかかるのか。
それとも解体業者は、それほど座金が重要なパーツと思わないのかもしれない。

とも角、下の写真ではこの53ミリネジ(ピッチ0.75)のマウント座金が4枚写っている。 じつは苦労したのは、このマウント座金を探すことだった。
4枚とも日本光学製のオリジナルで新品だ。
非常に精緻な金属加工された座金は、うすいみどり色の簡素な紙に包まれている。
必要な人は探す。でも、なかなか出てこない。そういうものなのだ。

アポニッコール240mm F9と専用マウント座金
(撮影年は2001年11月)

この53ミリネジ(ピッチ0.75)のマウント座金を探していた理由は、 ほかの産業用ニッコールレンズには座金がこのサイズのものが多いためだ。 例えばリプロニッコール85mm F1.0がある。 マウント座金さえあれば、たとえばFマウントにするアダプタの製作がひかくてき実現しやすい。 ニコン純正オリジナルのため精度も高い。

フィルターとフードの話

アポニッコール240mm F9のフィルター径は47mm P=0.5mm。かなり特殊なサイズといえる。 2004年当時では適合するステップアップリングが市販されておらず、 特注で47mm→49mmのステップアップリングを造ってもらった。 1個だけである。ローレット加工の高級品。 49mm→52mmのステップアップリングは標準的なサイズのため、大手メーカーの市販品が買えた。 フィルター径52mmが確保できるとニコン純正アクセサリーは格段に豊富となる。 フードはニッコールオート100mm F2.5/135mm F3.5用の汎用の市販製品を装着している。

なお2018年現在でも、47mm→49mmのステップアップリングはケンコーやマルミ光機の大手メーカーからは販売されていない。 しかしながら、ネット通販だと中国製ではあるが入手可能だ。 しかも350円とか考えられない格安の価格となっている。 この価格は日本の産業界にとっては問題を含む話であるが、ユーザーにとってはありがたい時代になったものだ。

熱い視線にはよわい

このレンズは、めずらしく国内で入手した。
しかも、あの東京は首都圏で年に何回か開催される中古カメラ市でだ。
初日に行けず、土曜日に落穂拾いに行ったら、誰にも相手にされず待っていた。
もう1本、ワイドアングルアポニッコール210mm F8も出ていた。
ワイドアングルの方が希少で当時でも高価だったのだが、 ふつうのアポニッコールには、 オリジナルの縮緬塗装の金属製リアキャップが付いていたのだ。
当然キャップが付いている方をゲット。そういうものなのだ。

もう1本買ってもよいリーズナブルな値段だったが、 私が2本レンズを並べて品定めしていたら熱い視線を手元にかんじた。
ここはマニヤ同士ゆずりあいの気持ちで1本だけ求めた。
熱い視線の人は、すごい勢いで残されたワイドアングルアポニッコール210mm F8を手にとり、 こころの中でガッツポーズをしたようにみえた。

少年野球の観戦にもぴったり

レンズのためなら情けは

大きいバレルレンズも迫力だけど、 そのままスケールダウンした、手のひらにのる業務用レンズもかわいくてよい。
しかし。しかし、あのとき無情にも、 ワイドアングルアポニッコール210mm F8と2本とも買っておけばよかったなあ。 と、思うことしきり。
いまは昔のこの出来事いらい、ワイドアングルアポはその後一度も姿を現していない。
レンズのためなら情けは無用。しない方がいい苦労は買ってでもするな。
逃がしたサカナはなんとかと言うが、これは、この世界の鉄則なのです。

この状態のベローズ長で無限遠の空を見る

シンプルで軽い装備に漂う知性

当初は付属のマウント座金を利用してマウントアダプターを自作しようとした。 しかし、もろもろの面倒な金属加工作業が必要となり、私にはハードルが高い。
2004年の夏のことであるが、 リプロニッコール85mm F1.0用に開発・特注したFマウントアダプターが完成した。 Fマウントに変換するが側のレンズマウントねじ径は53mm P=0.75mmの仕様である。 このあたりの話は ここに書いてある

アポニッコール240mm F9も同じねじ径は53mm P=0.75mmのマウントである。 さっそくこのマウントアダプターを介して、 ベローズPB-4付きのニコン一眼レフにアポニッコール240mm F9を装着してみた。 レンズを開放にしても最大絞りがF9という暗さではあるが、 シンプルで軽い装備が構築できて、さらに高性能という話となれば、 それは欠点にならない。

軽快な装備で野を行くランドスケープ・フォトグラファーや、 とにかく高性能を求めるボタニカル・フォトグラファー(高級植物写真家)にはおすすめのレンズである。

空高く日没前レンズが一本

ここはアポニッコール240mm F9の出番だ

夕暮れて秋の気配
(撮影年は2004年10月)

さて月日がなにか許すこともあるのだろう。 上の画像には日没近く川辺であそぶ若いカップルが写り込んでいる。 右下にアクセントがほしくて意図的に画像の中に登場していただいた。 撮影年は2004年の秋である。 はたして十余年の時が過ぎ、この若いお二人はどうしているのだろうか。 きっとたのしく暮らしていることだろう。そうに違いない。 それぞれの事情とそれぞれのさだめを想う。
それぞれの、それぞれの、それ。

ボタニカル・フォトグラファーの隠し玉

とおく地平線の彼方のランドスケープ・フォトだけが舞台ではない。 もともと基準倍率が1倍のレンズである。 近距離の被写体にたいして絶大なる超絶性能をたたき出すのはあたり前と言えるだろう。

アポニッコール240mm F9ほか世界のハイエンドレンズで、 素晴らしいボタニカル・フォト(Botanical photograph)を撮影されている方を紹介したい。 写真共有サイトflickrでいくつかのグループを運営し活躍されている HIRO. Morisonさんだ。

被写体は蘭科をはじめとする高級植物である。 画像の掲載につきご本人からご承諾をいただいたのでご覧いただきたい。 アポニッコールの持つ、どこまでも原音に忠実な記録性と再現性、 臨場感あるダイナミックな空気感描写に音場表現、 さらには大英博物館所蔵の17〜18世紀の植物図鑑に勝るとも劣らない色彩感情の粒子感が素晴らしい。
実写画像をクリックすると大き目のサイズの画像が出ます。

被写体である植物の解説と撮影機材の説明は、 HIRO. Morisonさん のflickrをご覧いただきたい。 希少種の入手から栽培の苦労まで、とても本の一冊や二冊では語りつくせそうにない。 お花と会話ができる特殊能力がないと、こういったボタニカル・フォトはまず無理だろう。

シンビジウム・インシグネ 'ベトナム・ビューティー'
APO Nikkor 240mm F9 and TOYO-VIEW 45G and Nikon D800E

Photo: Copyright (c) 2018, HIRO. Morison/flickr, All Rights Reserved.

シンビジウム[ティグリヌムx(ティグリス・デライトxアレクサンデリー)] 'ホワイト'
APO Nikkor 240mm F9 and TOYO-VIEW 45G and Nikon D800E

Photo: Copyright (c) 2018, HIRO. Morison/flickr, All Rights Reserved.

シンビジウム ルビー・アイズ 'レッド・スター'
APO Nikkor 240mm F9 and TOYO-VIEW 45G and Nikon D800E

Photo: Copyright (c) 2018, HIRO. Morison/flickr, All Rights Reserved.

撮影レンズはアポニッコール240mm F9である。カメラはニコンD800E。 レンズとカメラの間にはトヨビュー45Gの大型蛇腹がベローズ装置として入っている。 大判カメラお得意のあおり機構がフル活用できるシステムとなっている。
4×5インチ判用の大型蛇腹は35ミリ用ベローズのそれと比べると、 内寸がはるかに大きく、蛇腹による画面のケラレがない。 よって自由度が高くきめ細かい作画が可能なデジタル写真装置なのである。

シンビジウム・インシグネ 'ベトナム・ビューティー'
APO Nikkor 240mm F9 and TOYO-VIEW 45G and Nikon D800E

Photo: Copyright (c) 2018, HIRO. Morison/flickr, All Rights Reserved.

クリビア・ミニアタ変種シトリナ 'スミザーズ・イエロー'
APO Nikkor 240mm F9 and TOYO-VIEW 45G and Nikon D800E

Photo: Copyright (c) 2018, HIRO. Morison/flickr, All Rights Reserved.

ランドスケープ・フォトグラファーからボタニカル・フォトグラファーまで。 アポニッコール240mm F9の活躍範囲とダイナミックレンジはどこまでも広域で余裕がある。

アポニッコール。
ほんらいの写真製版の世界、印刷業界を定年退職したレンズたちではあるが、 今まで見て来なかった、見ることができなかった生きている被写体との邂逅が、 レンズに再び生きる希望を湧き出させているのである。 生きているレンズは朽ちない。

2018年のあとがき

本コンテンツは2018年3月に全面改版してアップしたものです。
オリジナルのコンテンツは2001年11月に公開しました。
当時のコンテンツでは、レンズと座金の画像を1枚のみ掲載し、 実際には撮影ができていない状況でした。 その後に専用のマウントアダプターを開発・特注し、 アポニッコール240mm F9をニコン一眼レフカメラに装着して撮影できるようになりました。

2016年の見直しにあたり、拡大したストーリーの内容に合わせて、 2004年に撮影した画像を追加しました。 追加した分も古い時代のデジタルカメラの画像のため、 ウェブに掲載するには今となっては画像が小さく品質もあまりよくないのですが、 当時の雰囲気や気分がよく出ているのでそのまま使いました。

2018年3月の改版では、ボタニカル・フォトグラファーHIRO. Morisonさんの全面的協力を得て、 アポニッコール240mm F9による実写画像を盛り込みました。 まさか時代の写真製版用レンズも、デジタル機材とともに、 美しいシンビジウムほか高級植物の撮影に駆り出されるとは夢にも思わなかったことでしょう。 でも立派に最高品質の画像を造る仕事をしているのです。感動しました。

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