TV-Nikkor 35mm F0.9 Big Fast Super Light

TVニッコール35mm F0.9ビッグファースト・スーパーライト

ニッコールレンズ史上最速の高速レンズ

ニッコールレンズの中で、最も明るいレンズは何だろうか。
ニッコール35mm F0.9である。
刻印の間違いではなく、またフェイクでもなく、正真正銘のニッコールレンズである。
F1.0よりもさらに明るい高速F0.9が実存するのだ。 1:0.9の刻印が美しいこのレンズを、2004年に本ウェブサイトで紹介したが、 これは世界で初めてのことだった。

超高速レンズといえばニッコール35mm F0.9

ニコン研究会で初めて実物を見る

工業用ニッコールレンズのセールスマニュアルに、 ごく小さい写真が掲載されていたのは記憶している。 後にも先にも、写真はこの1枚しか目にしたことがなかった。 モノクロのベタっとした写真で、デティールも質感も分からない写真だった。 長年探していたが、情報はもちろん、現物を目にすることはないだろうと「安心」していた。

ニコン研究会で、ある時いつもながらのカメラ談義で盛り上がり、 話が工業用ニッコールレンズの話題にそれた時だ。 会員の方から、何でそういったレンズ(工業用ニッコール)を集めているのかと、 正しい思想の質問に答えていると、 「そういえば、私はF0.9のニッコールレンズを持っています」 と衝撃的なことを平然にお話されるものだから、私は驚いてしまった。 F0.9のニッコールレンズとは、小さい不鮮明な写真でしか見たことのない、 幻の高速レンズ、TV-Nikkor 35mm F0.9にほかならないからだ。

次の研究会の例会に持ってきていただいたのが、このレンズである。 事前に私が調査した性能緒元と、 探し出したレンズ構成図の図面の上にTV-Nikkor 35mm F0.9はしずかに置かれた。 なんでレンズ構成図の図面があるのかという話もあるが、そこはこらえていただきたい。 なんとも、じつに美しい、超高速レンズを見ていただこう。

日本光学TVニッコール35mm F0.9

蛍光板撮影用ニッコールレンズ

絞りリングの彩色エナメル文字流し込みが美しい。 1本づつ面相筆(中国北方生息のオスのイタチ毛で作られた最高級の極小面相筆かもしれない) を使って、手書きで精緻に彩色されている。 鏡胴は高品質な漆黒の、お道具調の鏡玉に仕上げてある。 工業用ニッコールレンズにしては珍しく、 メートル表記とフィート表記の距離リングが付いている。 このレンズはなにものか。

TV-Nikkorというと、 一般には放送局などで使うプロ用ビデオカメラに搭載するズームレンズとして有名である。 しかし、このレンズは放送局用のレンズではない。 日本光学が分類・付与した名称は、「蛍光板撮影用ニッコール」だ。 レントゲン映像を撮影するための特殊用途レンズなのだ。 工業用ニッコールレンズのセールスマニュアルから、説明を引用してみよう。

TV-Nikkor 35mm F0.9は、レントゲン写真の間接撮影用レンズで、 エックス線によって蛍光板上に造られた映像をフィルムまたは撮像管に結像するのに使用されます。 近年蛍光板上の像をイメージインテンシファイヤーと称する増幅管を用い、 電気的に明るくする事ができるようになりました。 この増幅管による像は小さいためレンズ系(第一次レンズと第二レンズよりなる) を通し、テレビによって拡大して観察されたり、映画に記録されたりします。

このためには明るい撮影用レンズが必要となり、 現在のニッコールレンズでは、第二次レンズとしてTVニッコール35mm F0.9が、 第一次レンズがf=100mmの場合は16mm映画撮影用に、 f=75mmの場合はITV用に使用されています。 またこのレンズは、F1.0以上の明るさをもっているため、 暗い被写体や、明るくても極めて高速度で変化する現象の撮影等に好適です。 さらに近距離設計されていますので、 その倍率における接写や拡大撮影によい結像をうることができます。

ライカL39スクリューマウントのTVニッコール35mm F0.9

美しき基本性能

7群8枚のゴージャスなレンズ・ガラスブロックが引き出すパワーは超高速のF0.9。 その基本性能を見てみよう。 なお、マウントはライカL39スクリューマウントだ。 フィルター径は52mm/p=0.75と、ニコンFシステムと同じなのはうれしい。

−焦点距離: 36.0mm
−開放絞り: F0.9
−最小絞り: F16
−レンズ構成: 7群8枚
−画角: 20度
−色収差補正波長域: 400nm〜650nm
−口径蝕: 0%(F1.4にて)
−画像サイズ: 12.6mm⌀
−フィルター径: 52mm P=0.75
−マウント: ライカL39スクリューマウント
−重量: 270g
−当時の価格: 158,000円(1969年1月)

しかし、なぜTV-NIKKORという名前にしたのだろうか。 ここは歴史的ニッコールレンズの1つである、レグノ・ニッコール(Regno Nikkor) としてほしかった。 日本光学の高速レンズは、レグノ・ニッコールとむかしからきまっているのだから。

日本光学が生んだ高速レンズTVニッコール35mm F0.9

極稀少レンズはカメラを選ぶ

このレンズはライカL39スクリューマウントだ。 L-F接続リングを介してそのまま装着可能であるが、 正方向のマウントでは四隅がけられてしまう。

前玉のフィルター径は52ミリ。 つまり、BR2Aリング(または旧製品のBR2リング)が使えるのだ。 BR2Aリングは片方が52mmのオスねじ、もう片方がオスのFマウントになっている。 BR2Aリングを前玉にねじ込み、レンズをリバースしてFマウントのカメラに装着完了。 四隅もけられることなく、美しい高速画像が目に入ってくるはずだ。

きわめて現存数の少ない、稀少なレンズである。極稀少レンズはカメラを選ぶ。 どんなカメラで対応するか、一晩悩むのも、日々の暮らしのなかでもたいせつなことだ。 でも最適な選択をしないほうがよいかもしれない。そういうものなのです。 物理的な最適制御で安定して朽ちるよりも、どこか足りないゆるんだ振動のほうがたのしいものです。

ああ、私の存在を
生まれてきた価値を
そしていまでもひそりと生きているのを認めてくれてありがとう。
と、ニッコールレンズ史上最速の、幻の高速レンズがつぶやいたのを私はかくじつに聞いた。

ニコンF2TレガシーエンジンにTVニッコール35mm F0.9

TVニッコール35mm F0.9をもう1本

ニコン研究会でこのTVニッコール35mm F0.9が話題になると、 「では、私も1本」という方が出てきて、お披露目していただいた。
そう簡単に私も1本というわけにはいかないはずなのだが、 やはりこの世界の達人にかかると仕事が早い。 細かい話は抜きに写真画像で見ていただこう。
ニコン研究会の例会レポートからの抜粋なので、 すでにご覧になっている方が多いと思うが、 再確認ということでご理解いただきたい。
2005年5月のニコン研究会からの画像である。 この例会で初めて、 TVニッコール35mm F0.9をミラーレスカメラで実用するスタイルが提案された。

美しい高速レンズTVニッコール35mm F0.9

さらにニコン研究会から

ニコン研究会「ウルトラマイクロニッコール28mm F1.8特集」から抜粋した画像を見ていただきたい。 2007年11月のニコン研究会からの画像である。

人気の高いTVニッコール35mm F0.9

師走は年末のニコン研究会。
日本橋たいめいけんのクリスマスディナーのテーブルには、TVニッコール35mm F0.9があった。 すでにミラーレスカメラに装着して実用の範囲である。 2009年12月のニコン研究会からの画像である。

クリスマスディナーのテーブルにTVニッコール35mm F0.9

ミラーレスカメラで蘇る性能

バックフォーカスが短く、撮像素子が35ミリフルサイズより小さい仕様のミラーレスカメラの出現は、 短焦点の特殊用途レンズ愛好家には非常によい結果をもたらした。
レンズをリバースしなくても順方向にカメラへ装着し、 フォーカスが得られるのだ。
ミラーレスカメラの特性に着目し、こういった使い方もできると提唱したのはニコン研究会で、 2005年の話である。
以下に紹介する写真はその後の2010年5月のニコン研究会からの画像である。

ミラーレスカメラにTVニッコール35mm F0.9

ミラーレスカメラでこのように合焦する

ブラックペイントのライカM4とツーショット

やはり美しいTVニッコール35mm F0.9のコーティング

TVニッコールとは何か

X線TVとかX線テレビでネットを検索すると、医療機関や医療機器メーカーから数々の情報が得られることは承知している。 その上で、1960年代のTVニッコールとは、あまりにもベタではあるがテレビニッコールのことであることが明確になった。 実は最近までの長い間、明確に裏付ける一次資料が見つからなかったのである。 しかし、2018年の夏にニコンの一次資料が見つかった。しかも、遠くスロバキアの地から送られてきた。

以下に当該資料から抜粋した記事を画像で貼り付けた。日本語で書かれた資料である。 日本国内だけだとこれで通用するが、画像をたんに貼るだけはやめてくれ、ちゃんと日本語のテキストで書いてくれ、 との海外の読者からの要望が当サイトには非常に多い。

いまや、googleの機械翻訳機能を使えば、日本語はおよそ世界中の言語に翻訳が可能だ。 しかしながら、元ネタ・ソースはテキストに限る。写真画像では無理なのである。 例えば、アラビア語とかヒンディー語で書かれた記事もテキストだったらそのままコピーして、入力画面に貼れば翻訳できる。 だがアラビア語とかヒンディー語を写真画像を示されたら、そもそもテキストに起こせない。私だったら絶対に無理だ。 そんな背景から、画像の下に日本語のテキストを置いた。 じじつとして、先ほど目にしたヒンディー語の書き込みもテキストをコピーして簡単に機械翻訳できた。 ありがたい時代になったものである。

話を元に戻すが、 「テレビニッコール EE 25mm F1.4特殊マウント」などと言うあやしいレンズの存在を知ってしまった。 いずれ20年以内には、世界のどこかでこの記事が役に立ち、勇気づけられる人が出てくるだろう。


「Nikkor」日本光学発行 資料番号 BAOL 6503-69 昭和41年9月
テレビニッコールの説明が記載された1966年9月版の資料から
スロバキアのマーチンさん(Mr. Martin Moravcik-san)提供

A.  X線テレビニッコール 35mm F0.9(ライカマウント)

X線テレビに於いては、写真の場合と違って撮影像に入る光量が少ないと、 テレビブラウン管の映像に電気的雑音が入って解像力が低下致します。 一方、X線の放射能傷害を避けるためにX線はなるべく弱い状態で使用しなければなりません。 X線テレビニッコールは、X線によって生じた電子管の像を撮影するためのレンズで、 明るさの点では市販されているレンズの中で最高の値を持っています。 また解像力もF0.9の開放で充分に使用の目的を果たします。

B.  テレビニッコール EE 25mm F1.4

テレビニッコールEEは、いわゆるEE機構を備えており、 レンズを通る光を自動的に調節します。 そのため工業用テレビに使用される撮像管即ちビジコンに入る光の量は、 絶えず一定量を保つことができます。 またこのEE機構にはビジコンを保護するため、ふだんは光を遮断し、撮影する 時レンズの絞りが作動する特殊機構が採用されております。

2018年のあとがき

このコンテンツは2004年7月当時に書いたものがベースになっています。
2016年の見直しにあたり、公開当時の画像に加えて、その後に撮影した画像を盛り込みました。 サブタイトル「TVニッコール35mm F0.9をもう1本」以降が新たに追加したコンテンツです。

2018年の夏のことです。 スロバキアのブラチスラヴァ在住の写真家であってニコンのスーパーコレクターでもある、 マーチンさん(Mr. Martin Moravcik-san)から 「テレビニッコール」と明確に記載されたニコンの資料(日本語版)が送られてきました。
長い間、私の手持ちの資料の範囲ではTVニッコールのTVとは何を意味するのか、 テレビジョンとは簡単に想像はついたのですが、それを裏付ける一次資料がなかったのです。 たったそれだけの話ですが、信頼できる一次資料に巡り合うまで14年を要しました。 サブタイトル「TVニッコールとは何か」で資料の画像を掲載し説明を加えました。 貴重な資料を提供くださいましたスロバキアのマーチンさんありがとうございました。

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