Micro Nikkor 70mm F5 Grand Elegance Lens

マイクロニッコール70mm F5グランドエレガンス

グランドエレガンス

なにやら昭和の時代は、新宿から各駅停車で2つ3つ、 京王線か小田急線の駅前にあるような純喫茶(もう死語か)の店名か、 古いFM放送は細川俊之がヨーロッパの街を語った番組みたいな、 そんな今となってはややすべり気味なコピーではあるが、 そこはおもてなしの気分で大人の余裕でみていただきたい。
見た目に優雅であるが本格的な工業用(産業用)ニッコールレンズなのである。

いにしえの茜レッドのコーティングがすでに人生を語る風情となっている。
マイクロニッコールである。
なにか本サイトの影響で、マクロニッコールがあれであって、 マイクロニッコールがこれだからとか、あまり意味のない話をされても困るので、 とに角マイクロニッコールなのである。
マイクロニッコール70mm F5という雰囲気のある、 そして情況から風景を偏微分した断片のような記号が見えるレンズなのだ。

マクロニッコールではなくマイクロニッコール

テクニカルデータ

まずは最初にお断りをしておきたい。
マイクロニッコール70mm F5は大きく分けて、初期型と後期型がある。形状も大きく異なる。 初期型は特殊なネジ径のマウントで、後期型はライカL39スクリューマウントだ。
このコンテンツでは、姿画像ほか、後期型について説明している。
厳密に言えば最後期型のレンズだ。

さて、性能緒元から見ていただこう。
焦点距離が70mmというのも珍しい。 そして開放絞りはF5。素数絞りのレンズなのである。
説明も技術資料をそのまま引用させていただいた。 資料をそのまま画像で見れば済むではないかとの話もあると思うが、 海外の方々でも本格的な筋金入りのエンスージアストのみな様は、 日本語のサイトをgoogle外国語翻訳のようなツールで自国語(セルビア語やラトビア語) に翻訳しているので、あえて日本語のテキストを置くことにした。

マイクロニッコール70mm F5

35mm無孔フィルムを使用するマイクロ写真撮影機用に設計されたレンズです。
比較的広い範囲(55.2mmΦ)に鮮鋭な像を結びますので、 光学機械の一部として産業面に多く多用されています。
拡大原図から精密縮小撮影をして、精密写真原板をえたり、 レンズを逆向きにして拡大に用いて (レンズを逆向きにして使用すれば、被写体と像の関係は縮小撮影の場合と 同じことになりますので、その性能を保つことができます。)、 小型フィルムの投影および引伸し撮影に利用されています。
また、映画フィルムの複製用レンズとして、 プリンターに装着されて35ミリサイズを70ミリサイズ、あるいは、 16ミリサイズにする拡大および縮小撮影に用いられています。

−焦点距離: 70mm
−最大絞り: F5
−最小絞り: F22
−レンズ構成: 4群5枚
−基準倍率: 1/12X
−標準使用倍率範囲: 1/30X〜1/5X
−画角: 43度
−色収差補正波長域: 400nm〜650nm
−口径蝕: 0%(F7にて)(注)
−歪曲収差: 0.3%
−解像力: 125本/mm
−画像サイズ: 55.2mmΦ
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 985.8mm
−重量: 250g

(注)
口径蝕:0%(F7にて)とニコンの技術資料に掲載されている。
F7というのも気合の入った素数絞りだ。 複数のニコン資料にあたってみたが、 いずれも口径蝕:0%(F7にて)となっていた。 日本光学工業株式会社が発行した、 当時の日本語版資料を3種類、英語版資料を2種類調べたが同じだった。
なぜレンズ本体にF7の絞り目盛りが存在しないのに「F7にて」と絞り値を限定をしたのだろうか。
他のレンズでは絞り目盛りが存在する絞り値(F5.6とかF8とか)での性能表記となっている。
そもそも、F5.6とF8の中間絞り(1/2段絞る)はF6.7である。
おそらく緻密に計算して割り出したものと思われる。 開口効率100%になる絞りを探したのだろう。

シンプルなレンズ構成

マイクロニッコール70mm F5のレンズ構成図を示す。
日本光学工業株式会社が発行した正式な技術資料から転載させていただいた。
4群5枚のシンプルなレンズ構成。
典型的なゼノター型(Xenotar:クセノタールとかクセノターと言う方もいる)だと思っていたら、 日本光学の技術資料には変形ガウス型(modified Gauss type)と説明されてる。
信頼できる専門家のお話によると、XenotarはSchneider-Kreuznach社の商品名なので、 あえて使わなかったのではないかとのことである。 なお、天下のドイツのZeissを座椅子といつも言っている私である。 よって、日本語表記についての言及はご遠慮くださるようお願いしたい。

マイクロニッコール70mm F5(後期型)のレンズ構成図

寸法入りの図面からは、ライカスクリューマウントということが確認いただけるだろう。
以下の画像は縮小されているので画面で見ると少々薄いが、 画像上でクリックすると大き目のサイズで表示されるので確認していただきたい。

マイクロニッコール70mm F5(後期型)のレンズ各部寸法

マイクロニッコール70mm F5の技術資料 (クリックで拡大します)

私のマイクロフィルムコレクションとマイクロニッコール70mm F5

歴史は古い

マイクロニッコール70mm F5の歴史は古い。
最初はセンチ表記のマイクロニッコール7cm F5であった。
記録によると、オーダー番号28FL70で、生産期間は昭和34年(1959年)7月から昭和43(1968年)年9月。 総生産台数は703台(本)。
その後オーダー番号28FL70Bで1970年代の間は生産が続いたようだ。
1977年12月版の価格表まで製品が掲載されていることを確認できる。 1981年5月の価格表(英語版)には既に掲載されていない。 手元にあるエビデンス(資料)の範囲での推測はここまでとしよう。

ちなみに、1977年12月版の価格表では49,500円だった。 その下には、ウルトラマイクロニッコール30mm F1.2が1,250,000円。 同165mm F4が1,200,000円で並んでいるのを見ると、割安感がある。 比べる相手が適切でないという気もするが。

なお、初期のマイクロニッコール7cm F5おなじく70mm F5は、 レンズのマウントも特定のマイクロ撮影機用に設計されたとかで、 56mm ピッチ1mmのネジマウントだった。
いかにも特殊なネジマウント径である。 その他のカメラには取付けにくいとのことから、 ライカL39スクリューマウントに変換する専用のアダプターが用意されていた。

コーティングの美しいレンズは高性能とむかしからきまっている

お道具は極め箱入り

レンズは過剰に頑丈でそして美しい木箱に収められている。
内装は重厚な赤いビロード張りである。
レンズのシリアル番号は370シリーズである。Nikon銘であり製品としては最後のロットとなる。
金属削り出しのフロントキャップと、縮緬塗装の凝ったリアキャップが付いている。

なお、同じマイクロニッコール70mm F5でも、Nippon Kogaku Japan銘のものは、 シリアル番号が705で始まる705シリーズがある。 70mmの70とF5の5を取って705。これはわかりやすい。 しかし370とはどういうことか。 全体像を把握していないが、シリアル番号の付与体系もよくわからない。

このレンズは入手に時間がかかった。 非常に長きに渡り製造されたレンズだけあって、市場にはよく登場する。 しかしながら、専用の前後のキャップ付きで、 紙モノ(検査合格証)付き、さらに木箱入りで未使用クラスとなると話は別だ。 なかなか出て来ない。
でも、なかなか出て来ないからこそ、突然入手のチャンスはやって来る。 出会いはご縁である。

専用の前後のキャップに木箱付きのフルセット

日本が誇る美術品はお道具一式の凛とした美しさ

検査合格証

この種のレンズには、レンズ1本づつ検査が行われ測定値が記載された検査合格証が付いている。 日本光学工業株式会社の検査責任者のサインがペンで認められている。
検査合格証の裏には、LENS DATAのタイトルが入り、 「使用上不必要と思われるデータは記入してありません」と、 かるく宣言されている。

そこまで言い切る必要もないのではと思うが、1960年代から1970年代にかけての仕事である。 いかにも真面目なのである。 しかしながら、壮絶だが現代よるもはるかにのんびりしていた時代の仕事だ。 電子計算機(メインフレーム)なんて特別な人間でないとお呼びでない。 パソコン無い。ケータイ無い。もちろんスマホ無い。
コピーなんて人が付きっきりの湿式だ。 デジカメ無い。カメラはなんとフィルム装填式で、運がよければ写真が写った時代。 パイロットのインク瓶か丸善のアテナインキ瓶から付けペンでヒトが文字を手で書いていた時代を想う。

検査合格証にはM. Hirao (Matsuo Hirao、平尾 松男氏) の直筆サイン入り

検査合格証の裏面

箱にきっちり収納の状態

午前の夏

グランドエレガンスな夏休み。
木立の下。日陰で蝉しぐれを嗜むことにした。
★が1つ。パラフィン紙カバーの岩波文庫は堀辰雄。 ポケットに入れれば避暑地の文学になってしまう。 無頼を気取って安ウイスキーのポケット瓶では不審者だ。
それではとマイクロニッコール70mm F5最後期型をブラックニコンにセット。
しかしながら、この過剰に反応する時代においてはカメラを持ったじてんで不審者確定なわけだが、 さらには家族の記念写真も撮れないようなレンズ限定では逃げ場がない。
でもそこは断固として午前の夏なのである。

画像を見ながら、蝉しぐれ、木々がそよぐα波、成層圏からの風の音を聴いていただきたい。
自然界の音もカラーよりモノクロの方が気分の場合がある。

音が聞こえる気がする

音が聞こえるかもしれない

音が聞こえてきた

音もモノクロームになるレンズ

コーヒーブレイク

さて、このコンテンツは長い。まだ半ばである。
ここらでちょっと、コーヒーブレイクでもしよう。
前述のとおり、後期型のマイクロニッコール70mm F5はライカマウントである。
しかしながら、ライカL39スクリューマウントの座金は、製品に付属していない。
レンズを収納する木箱の内装からみて、前後キャップを付けたレンズのみできっちり。
マウント座金を付ける余裕はない。

マイクロフィルム撮影装置等に初めからライカL39スクリューマウントが備わっていればよいが、 ボードだけの場合は、マウントを用意する必要があった。
こういったマウント座金とかアダプターリング類はどこかで見たことがあったなと、 ストックを開けてみた。

ストックから出てきた各種アダプターリング類

珍しいニコン純正の「ライカマウント座金」単品

あった、あった。ライカL39スクリューマウント用のニコン純正座金が出てきた。
はて、いつ頃の製品だろうか。価格1080円(税別)とある。
消費税の導入は1989年4月。この時の税率は3%。5%になったのが1997年4月。そして8%になったのは2014年4月。 1080円というのはいかにも消費税8%のようだが、実際にははるか昔に座金を入手している。 青箱の雰囲気から1990年代の製品のように思える。

写真引伸ばしレンズであるELニッコール用のオプションかと思い、 1973年から製造を終了した2006年までのカタログを確認したが掲載は無かった。
ニコン産業用レンズ価格表も手持ちの範囲で調べてみたが、やはり掲載は無かった。
はてどんな用途のために製品化されたのだろうか。
座金の単品で元箱に入っている。価格が印刷されていて店頭販売用の姿だ。
保守部品ではない。保守部品だったら、もっと素っ気ない白い箱。 あるいは、油紙に包まれてビニール袋に部品リスト番号と共にポンと入っているのが保守部品の作法である。
そもそもカメラ店の店頭に並ぶことはない。

マイクロニッコール70mm F5にライカマウント座金を装着した図
座金の元箱の裏には「ライカザガネ」とダメ押しの檄文が揮毫されている

いずれにせよ、 こういったニコンの金色や青の小箱は見つけた時にゲットするのがお約束である。 用途はわからくてよい。むしろ用途不明の方がおもしろい場合がある。
その時はなんの役に立たないもの買ってしまったと思うかもしれないが、 時が経過して、ある時にピタリと適合するシーンを迎える時がくる。きっとくる。 くると信じる人にはくる。

さて、ヨタ話をしながらのコーヒーブレイクも終わったことだし、 後半のコンテンツにいってみよう。まだ長いよ。 マイクロニッコール70mm F5による実写画像も出てくるようだ。

午後の夏

午前があるなら午後もある。
夏の終りは午後がいい。熱風に走るダイナミックな雲の造形は遠い。
ダイナミック・アンド・エレガンス。
また昭和調の、景気はいいけど、どこか哀愁のコピーが連打されている。
それでも、マイクロニッコール70mm F5は実にグランドなエレガンスさ香るレンズなのである。

じつは屋外で、レンズとカメラの姿写真を撮るのはむずかしい。
ブラックボデイならなおさらだ。そして晴天がいちばん撮りにくい。 輪島塗は漆の光沢のブラックニコンの黒。この黒はどこまでも黒く。
さらにレンズの前玉にはレンズの人格と今までの仕事ぶりが投影されないといけない。
でも気難しいようなレンズとカメラでも、声をかけると協力してくれるからありがたい。
そんな信頼かんけいの下で、多摩川はつげさんの「無能の人」を演出してみた。

画像に付けたキャプションは、なんの役にも立たないが、 「レンズで遊べるんだ」と理解してくださる方がすこしでもいれば、 役に立ってしまうことになるが、それもよしとする。

ダイナミック・アンド・エレガンス

風景は映画になった

上の画像。やや右手の下に注目してほしい。
川沿いの夏の乾いた道に、 黒ズボンに白いワイシャツ、白い帽子の男が、映画のシーンのように歩いて行った。 完璧な演技である。
映画のような絵を撮りたいと念じていたら、 無作為に選ばれた一般市民がその一瞬に登場してくれたのである。 だからどうした、そんなのなんの役にも立たない、と言われると嬉しい。
わかる人だけわかればよいのである。

育ちの良さが顔に出ている

口数は少ないが超絶的高性能を誇る工業用(産業用)ニッコールレンズ

40.5mmアクセサリー

マイクロニッコール70mm F5のアタッチメントサイズ、つまりフィルター径は40.5mmである。
「Nikon 1」シリーズ用に、40.5mm径のフィルター、同じくフードが用意されている。
これがピタリとフィットする。
詳しい話は、 新しいニコン純正の40.5mmフィルターとレンズフード を参照していただきたい。

画像では、 40.5mmのニュートラルカラーNCフィルターと40.5mmレンズキャップ LC-N40.5が置かれている。 レンズには40.5mmのレンズフードHN-N103が装着されている。
いずれも現行品で、リーズナブルな価格で購入できるのでありがたい。

ニコンF2チタンにマイクロニッコール70mm F5のセット

マイクロニッコール70mm F5の写り

作例写真をご覧いただきたい。
野球グランドでは、小学生だろうか、少年野球チームが元気な声を出していた。
手をつないで応援している姿におもわずシャッターを切った。
このくらいの微妙な距離感。すこし長めの日常風景。
マイクロニッコール70mm F5ほんらいの使い方ではまず見たことのないシーンだろう。
いつもの仕事は朝から晩まで、黙々と文書のマイクロフィルム化に励んでいたレンズである。

少年野球の日曜日
マイクロニッコール70mm F5によるすこし長めの風景

マイクロニッコール70mm F5は、いわゆる無限遠での撮影も可能だ。
しかしながら、ここはマイクロニッコール本来の性能が発揮できる舞台で使ってみたい。
軽み気分のゆるい接写とか、のんびりしたマクロ撮影の範囲である。

ガラスで作られた美術工芸品のように美しい色彩と質感

精密で原音に忠実な表現力

早朝に花見の冷気

人生の最盛期を知る

気軽で軽快な撮影セットでもレンズがすごい

マイクロニッコール70mm F5は、標準使用倍率範囲が1/30X〜1/5Xと穏やかである。
一部のマニヤしか取り扱うことが困難な、 撮影倍率が2Xを超える拡大系マクロの世界の撮影は修行の様相を呈するが、 そこまで思い詰めない低倍率であれば、明るくブリリアントな自然光線との会話が楽しめる。

快晴の光線状態、しかも順光で、工業用ニッコールレンズ丸出しの仕事をする。
劇場映画フィルムの複製用レンズとして使うことも設計要件に入っているので、 色収差は無い。色にじみも検出できない。
やはりただ者ではないことはレンズ本人が黙っていてもわかってしまう。

菜の花快晴

桜色は日本の伝統色

ブリリアントな日本は桜木の生命

ジャパニーズ・トラディショナル・スイーツ

真剣で真面目のつもりだがゆるい撮影風景

日本の四季にマイクロニッコール70mm F5

マイクロニッコール70mm F5を持ち出す時はいつも晴れている。
晴れているからこのレンズを持ち出したくなるのかもしれない。

春の陽気に気をよくし、初夏に向かう風を追った。
盛夏にレンズを向けていたら秋の入口まで歩いてしまった。
秋の紅葉はあっけなく短く。冬晴れの空の下に柿が熟していた。
日本の四季と空気感はマイクロセコンドの単位で高速に劇的変化する。

マイクロニッコール70mm F5。
ある時は繊細な砂糖細工のような可憐なレンズとなり、気配が集中してくると豊麗な鏡玉となる。

冬晴れ柿熟すマイクロニッコール70mm F5と情況の構成美

Nikon 1シリーズ用の40.5mm径フィルターとフードを装着

マイクロニッコール70mm F5の豊麗な写り「冬日午後の柿」

あとがき

本コンテンツは2016年12月に作成したものです。
マイクロニッコール70mm F5は、かなり長きにわたり製造されたレンズなので現存数は多いと思います。 とくに初期型はよく見ることができます。
でも最後期型は数が少ないようです。 すでにマイクロフィルムの時代は終わり、デジタル化への模索が始まった時期です。
いずれにせよ、機能の詳細性能緒元から実際の写りまで、 ネットでまとまった情報がありませんでしたので、 ここでまとめて整理し、ウェブで公開することにしました。

実際の写りは作例写真で見ていただいたとおりで、 劇場用フイルムの複製用途に使うことに対応した高性能レンズだけあって、 色収差のない色彩はきわめてニュートアル、そして精密な描写をします。
最後期型で木箱付きにこだわらなければ比較的入手がしやすいレンズですから、 気軽に持ち歩いて、撮影に使って楽しいレンズといえるでしょう。

マイクロニッコール70mm F5お道具一式

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