Micro Nikkor 70mm F5

マイクロニッコール 70mm F5 グランドエレガンス

グランドエレガンス

なにやら昭和の時代は、新宿から各駅停車で2つ3つ、 京王線か小田急線の駅前にあるような純喫茶(もう死語か)の店名か、 古いFM放送は細川俊之がヨーロッパの街を語った番組はワールド・オブ・エレガンスみたいな、 そんな今となってはややすべり気味なコピーではあるが、 そこは大人の余裕でみていただきたい。 見た目に優雅であるが本格的な工業用(産業用)ニッコールレンズなのである。

いにしえの茜レッドのコーティングがすでに人生を語る風情となっている。 マイクロニッコールである。 なにか本サイトの影響で、マクロニッコールがあれであって、 マイクロニッコールがこれだからとか、あまり意味のない話をされても困るので、 とに角マイクロニッコールなのである。

マイクロニッコール 70mm F5 という雰囲気のある、 そして情況から風景を偏微分した断片のような記号が見えるレンズなのだ。

マクロニッコールではなくマイクロニッコール

テクニカルデータ

まずは最初にお断りをしておきたい。 マイクロニッコール 70mm F5 は大きく分けて、初期型と後期型がある。形状も大きく異なる。 初期型は特殊なネジ径のマウントで、後期型はライカL39スクリューマウントだ。
このコンテンツでは、姿画像ほか、後期型について説明している。 厳密に言えば最後期型のレンズである。

さて、性能緒元から見ていただこう。焦点距離が 70mmというのがまず珍しい。 75mmというのはよくあるが、わずか 5ミリの差がユニークな存在である。 そして開放絞りは F5。こだわりの素数絞りのレンズなのである。

説明は日本光学工業株式会社の一次資料(技術資料)をそのまま引用させていただいた。 資料をそのまま画像で貼れば済むではないかとの話もあると思うが、 海外の方々、とくに本格的な筋金入りのエンスージアストのみな様は、 日本語のサイトを google外国語翻訳のようなツールで自国語(セルビア語やラトビア語) に翻訳しているので、あえて日本語のテキストを置くことにした。

マイクロニッコール 70mm F5

35mm無孔フィルムを使用するマイクロ写真撮影機用に設計されたレンズです。
比較的広い範囲(55.2mm⌀)に鮮鋭な像を結びますので、 光学機械の一部として産業面に多く多用されています。
拡大原図から精密縮小撮影をして、精密写真原板をえたり、 レンズを逆向きにして拡大に用いて (レンズを逆向きにして使用すれば、被写体と像の関係は縮小撮影の場合と 同じことになりますので、その性能を保つことができます。)、 小型フィルムの投影および引伸し撮影に利用されています。
また、映画フィルムの複製用レンズとして、 プリンターに装着されて35ミリサイズを70ミリサイズ、あるいは、 16ミリサイズにする拡大および縮小撮影に用いられています。

マイクロニッコール 70mm F5(後期型)

−焦点距離: 70mm
−最大口径比: 1 : 5
−最小絞り: F22
−レンズ構成: 4群5枚
−基準倍率: 1/12X
−標準使用倍率範囲: 1/30X〜1/5X
−画角: 43度
−色収差補正波長域: 400nm〜650nm
−口径蝕: 0%(F7にて)(注)
−歪曲収差: 0.3%
−解像力: 125本/mm
−画像サイズ: 55.2mm⌀(32 x 45 mm)
−基準倍率における原稿から画像までの距離: 985.8mm
−フィルター径: 40.5mm P=0.5
−マウント: ライカL39スクリューマウント
−全長: 48mm
−最大径: 51mm
−重量: 250g
−重量実測: 240.0g
−付属品: 前後キャップ、木製格納箱入

−発売時期: 1969年
−当時の価格:
   45,000円(1974年 6月)
   45,000円(1976年 4月)
   49,500円(1977年12月)

(注)
口径蝕:0%(F7にて)とニコンの技術資料に掲載されている。 F7というのも気合の入った素数絞りだ。 複数のニコン資料にあたってみたが、いずれも口径蝕:0%(F7にて)となっていた。 日本光学工業株式会社が発行した、 当時の日本語版資料を3種類、英語版資料を2種類調べたが同じだった。

なぜレンズ本体に F7の絞り目盛りが存在しないのに「F7にて」と絞り値を限定をしたのだろうか。 他のレンズでは絞り目盛りが存在する絞り値(F5.6とかF8とか)での性能表記となっている。 そもそも、F5.6と F8の中間絞り(1/2段絞る)は F6.7である。
おそらく緻密に計算して割り出したものと思われる。 開口効率100%になる絞りを探したのだろう。

シンプルなレンズ構成

マイクロニッコール 70mm F5 のレンズ構成図を示す。 日本光学工業株式会社が発行した正式な技術資料から転載させていただいた。 4群5枚のシンプルなレンズ構成。 典型的なゼノター型(Xenotar:クセノタールとかクセノターと言う方もいる)だと思っていたら、 日本光学の技術資料には変形ガウス型(modified Gauss type)と説明されてる。

信頼できる専門家のお話によると、XenotarはSchneider-Kreuznach社の商品名なので、 あえて使わなかったのではないかとのことである。 なお、天下のドイツのZeissを座椅子といつも言っている私である。 よって、日本語表記についての言及はご遠慮くださるようお願いしたい。

マイクロニッコール 70mm F5(後期型)のレンズ構成図

寸法入りの図面からは、ライカL39スクリューマウントということが確認いただけるだろう。 以下の画像は縮小されているので画面で見ると少々薄いが、 画像上でクリックすると大き目のサイズで表示されるので確認していただきたい。

マイクロニッコール 70mm F5(後期型)のレンズ各部寸法図

私のマイクロフィルムコレクションとマイクロニッコール 70mm F5

歴史は古い

マイクロニッコール 70mm F5 の歴史は古い。 最初はセンチ表記のマイクロニッコール 7cm F5 であった。 日本光学の記録によると、オーダー番号28FL70で、 生産期間は昭和34年(1959年)7月から昭和43(1968年)年9月。 総生産台数は 703台(本)。生産はここで一段落したようである。 当時の価格は 18,200円(1966年9月)。 この時代のニコンFマウントの マイクロニッコール 55mm F3.5の価格が 27,450円(1966年9月)だったことを考慮すると、 意外とお手頃価格なレンズだったことがわかる。

後継機である後期型はオーダー番号 28FL70Bで生産された。 昭和44年(1969年)1月の価格表には「(価格が)未定」と記載されているが、 同年(1969年)7月のセールスマニュアル(LENS DATA 1969,7 MC-3) には詳細の性能仕様と外観の写真、レンズ構成図が掲載されている。 よって後期型は 1969年後半に市場に出たと思われる。 1970年代後半まで生産が続いたようだ。

1977年12月版の価格表まで製品が掲載されていることを確認できる。 1981年5月の価格表(英語版)には既に掲載されていない。 手元にあるエビデンス(資料)の範囲での推測はここまでとしよう。
ちなみに、1977年12月版の価格表では 49,500円だった。 その価格表の下には、ウルトラマイクロニッコール 30mm F1.2が 1,250,000円。 同165mm F4が 1,200,000円で並んでいるのを見ると、割安感がある。 比べる相手が適切でないという気もするが。

初期のマイクロニッコール 7cm F5 おなじく 70mm F5 は、 レンズのマウントも特定のマイクロ写真撮影機用に設計されたとかで、 56mm ピッチ1mmのネジマウントだった。いかにも特殊なネジマウント径である。 その他のカメラには取付けにくいとのことから、 ライカL39スクリューマウントに変換する専用のアダプターが用意されていた。 このあたりは、以下に当時の技術資料を置いたので確認していただきたい。 画像をクリックすると大き目のサイズで表示可能。

初期型と後期型の技術資料

マイクロニッコール 70mm F5(初期型)

マイクロニッコール 70mm F5(後期型)

コーティングの美しいレンズは高性能とむかしからきまっている

お道具は極め箱入り

レンズは過剰に頑丈でそして美しい木箱に収められている。 内装は重厚な赤いビロード張りである。 レンズのシリアル番号は 370シリーズである。Nikon銘であり製品としては最後のロットとなる。 金属削り出しのフロントキャップと、縮緬塗装の凝った金属製リアキャップが付いている。

専用の前後のキャップに木箱付きのフルセット

なお、同じマイクロニッコール 70mm F5でも、Nippon Kogaku Japan銘のものは、 シリアル番号が 705で始まる 705シリーズがある。 70mmの 70と F5の 5を取って 705。これはわかりやすい。 しかし 370とはどういうことか。 全体像を把握していないが、シリアル番号の付与体系もよくわからない。

本レンズは初期型と後期型に大きく分類できる。 さらに後期型は Nippon Kogaku銘と最後期の Nikon銘に分類できる。 都合で3つに分類できる。そうなると三世代目を示す「3」に焦点距離「70」を足して、 シリアル番号が 370で始まる 370シリーズとした。 と、勝手な推測解釈をしてみた。

ちなみに元計算機技師の私は 370シリーズとくるとIBMの名機 IBM System/370を連想してしまう。 System/370 Model 158君とはお友達だった。 巨大で美しいメインフレームが上昇気流に乗って止まることのない時代を牽引していた。 おっと話を元に戻そう。

日本が誇る美術品はお道具一式の凛とした美しさ

このレンズは入手に時間がかかった。 非常に長きに渡り製造されたレンズだけあって、市場にはよく登場する。 しかしながら、専用の前後のキャップ付きで、 紙モノ(検査合格証)付き、さらに木箱入りで未使用クラスとなると話は別だ。 なかなか出て来ない。 でも、なかなか出て来ないからこそ、突然入手のチャンスはやって来る。 出会いはご縁である。

箱にきっちり収納の状態

検査合格証

この種のレンズには、レンズ1本づつ検査が行われ測定値が記載された検査合格証が付いている。 日本光学工業株式会社の検査責任者のサインがペンで認められている。 検査合格証の裏には、LENS DATAのタイトルが入り、 「使用上不必要と思われるデータは記入してありません」と、 かるく宣言されている。

そこまで言い切る必要もないのではと思うが、 1960年代から1970年代にかけての日本人の仕事である。 いかにも真面目なのである。 しかしながら、壮絶だが現代よりもはるかにのんびりしていた時代の仕事だ。 電子計算機(メインフレーム)なんて特別な人間でないとお呼びでない。 パソコン無い。ケータイ無い。もちろんスマホ無い。

コピーなんて人が付きっきり一枚づつの湿式だ。 デジカメ無い。カメラはなんとフィルム装填式で、運がよければ写真が写った時代。 パイロットのインク瓶か丸善のアテナインキ瓶から付けペンで ヒトが文字を手で書いていた時代を想う。

検査合格証にはM. Hirao (Matsuo Hirao、平尾 松男氏) の直筆サイン入り

検査合格証の裏面

午前の夏

グランドエレガンスな夏休み。 木立の下。日陰で蝉しぐれを嗜むことにした。 ★が1つ。パラフィン紙カバーの岩波文庫は堀辰雄。 ポケットに入れれば避暑地の文学になってしまう。 無頼を気取って安ウイスキーのポケット瓶では不審者だ。

音が聞こえる気がする

それではとマイクロニッコール 70mm F5 最後期型をブラックニコンにセット。 しかしながら、この過剰に反応する時代においてはカメラを持ったじてんで不審者確定なわけだが、 さらには家族の記念写真も撮れないようなレンズ限定では逃げ場がない。 でもそこは断固として午前の夏なのである。

音が聞こえるかもしれない

音が聞こえてきた

画像を見ながら、清涼な蝉しぐれ、木々がそよぐ α波、成層圏からの風の音を聴いていただきたい。 自然界の音もカラーよりモノクロの方が気分の場合がある。

音もモノクロームになるレンズ

コーヒーブレイク

さて、このコンテンツは長い。まだ半ばである。 ここらでちょっと、コーヒーブレイクでもしよう。 前述のとおり、後期型のマイクロニッコール 70mm F5 はライカL39マウントである。 しかしながら、ライカL39スクリューマウントの座金は、製品に付属していない。 レンズを収納する木箱の内装からみて、前後キャップを付けたレンズのみできっちり。 マウント座金を付ける余裕はない。

マイクロフィルム撮影装置等に初めからライカL39スクリューマウントが備わっていればよいが、 ボードだけの場合は、マウントを用意する必要があった。 こういったマウント座金とかアダプターリング類はどこかで見たことがあったなと、 ストックを開けてみた。

ストックから出てきた各種アダプターリング類

珍しいニコン純正の「ライカマウント座金」単品

あった、あった。ライカL39スクリューマウント用のニコン純正座金が出てきた。 はて、いつ頃の製品だろうか。価格 1080円(税別)とある。 消費税の導入は 1989年4月。この時の税率は 3%。5%になったのが 1997年4月。 そして8%になったのは 2014年4月。 1080円というのはいかにも消費税8%のようだが、実際にははるか昔に座金を入手している。 青箱の雰囲気から 1990年代の製品のように思える。

写真引き伸し用レンズである ELニッコール用のオプションかと思い、 1973年から製造を終了した 2006年までのカタログを確認したが掲載は無かった。 ニコン産業用レンズ価格表も手持ちの範囲で調べてみたが、やはり掲載は無かった。 はてどんな用途のために製品化されたのだろうか。 座金の単品で元箱に入っている。価格が印刷されていて店頭販売用の姿だ。 保守部品ではない。保守部品だったら、もっと素っ気ない白い箱。 あるいは、油紙に包まれてビニール袋に 部品リスト番号と共にポンと入っているのが保守部品の作法である。 そもそもカメラ店の店頭に並ぶことはない。

マイクロニッコール 70mm F5 にライカマウント座金を装着した図
座金の元箱の裏には「ライカザガネ」とダメ押しの檄文が揮毫されている

いずれにせよ、 こういったニコンの金色や青の小箱は見つけた時にゲットするのがお約束である。 用途はわからくてよい。むしろ用途不明の方がおもしろい場合がある。 その時はなんの役に立たないもの買ってしまったと思うかもしれないが、 時が経過して、ある時にピタリと適合するシーンを迎える時がくる。きっとくる。 くると信じる人にはくる。

さて、ヨタ話をしながらのコーヒーブレイクも終わったことだし、 後半のコンテンツにいってみよう。まだ長いよ。 マイクロニッコール 70mm F5 による実写画像も出てくるようだ。

午後の夏

午前があるなら午後もある。 夏の終りは午後がいい。熱風に走るダイナミックな雲の造形は遠い。 ダイナミック・アンド・エレガンス。 また昭和調の、景気はいいけど、どこか哀愁のコピーが連打されている。 それでも、マイクロニッコール 70mm F5 は実にグランドなエレガンスさ香るレンズなのである。

ダイナミック・アンド・エレガンス

じつは屋外で、レンズとカメラの姿写真を撮るのはむずかしい。 ブラックボデイならなおさらだ。そして晴天がいちばん撮りにくい。 輪島塗は漆の光沢のブラックニコンの黒。この黒はどこまでも黒く。 さらにレンズの前玉にはレンズの人格と今までの仕事ぶりが投影されないといけない。 でも気難しいようなレンズとカメラでも、声をかけると協力してくれるからありがたい。 そんな信頼かんけいの下で、多摩川はつげさんの「無能の人」を演出してみた。

風景は映画になった

上の画像。やや右手の下に注目してほしい。 川沿いの夏の乾いた道に、 黒ズボンに白いワイシャツ、白い帽子の男が、映画のシーンのように歩いて行った。 完璧な演技である。

映画のような絵を撮りたいと念じていたら、 無作為に選ばれた一般市民がその一瞬に登場してくれたのである。 だからどうした、そんなのなんの役にも立たない、と言われると嬉しい。 わかる人だけわかればよいのである。

育ちの良さが顔に出ている

画像に付けたキャプションは、なんの役にも立たないが、 「レンズで遊べるんだ」と理解してくださる方がすこしでもいれば、 役に立ってしまうことになるが、それもよしとする。

口数は少ないが超絶的高性能を誇る工業用(産業用)ニッコールレンズ

40.5mmアクセサリー

マイクロニッコール 70mm F5 のアタッチメントサイズ、つまりフィルター径は 40.5mmである。 「Nikon 1」シリーズ用に、40.5mm径のフィルター、同じくフードが用意されている。 これがピタリとフィットする。
詳しい話は、 新しいニコン純正の40.5mmフィルターとレンズフード を参照していただきたい。

画像では、 40.5mmのニュートラルカラー NCフィルターと 40.5mmレンズキャップ LC-N40.5が置かれている。 レンズには 40.5mmのレンズフード HN-N103が装着されている。 いずれも現行品で、リーズナブルな価格で購入できるのでありがたい。

ニコンF2チタンにマイクロニッコール 70mm F5 のセット

マイクロニッコール 70mm F5 の写り

作例写真をご覧いただきたい。 野球グランドでは、小学生だろうか、少年野球チームが元気な声を出していた。 手をつないで応援している姿におもわずシャッターを切った。

このくらいの微妙な距離感。すこし長めの日常風景。 マイクロニッコール 70mm F5 ほんらいの使い方ではまず見たことのないシーンだろう。 いつもの仕事は朝から晩まで、 タングステン光源の下で黙々と文書のマイクロフィルム化に励んでいたレンズである。 少年野球を見たら元気になったとレンズが言った。

少年野球の日曜日
マイクロニッコール 70mm F5 によるすこし長めの風景

マイクロニッコール 70mm F5 は、いわゆる無限遠での撮影も可能だ。 しかしながら、ここはマイクロニッコール本来の性能が発揮できる舞台で使ってみたい。 軽み気分のゆるい接写とか、のんびりしたマクロ撮影の範囲である。

ガラスで作られた美術工芸品のように美しい色彩と質感

精密で原音に忠実な表現力

早朝に花見の冷気

人生の最盛期を知る

気軽で軽快な撮影セットでもレンズがすごい

マイクロニッコール 70mm F5 は、標準使用倍率範囲が1/30X〜1/5Xと穏やかである。 一部のマニヤしか取り扱うことが困難な、 撮影倍率が2Xを超える拡大系マクロの世界の撮影は修行の様相を呈するが、 そこまで思い詰めない低倍率であれば、明るくブリリアントな自然光線との会話が楽しめる。

快晴の光線状態、しかも順光で、工業用ニッコールレンズ丸出しの仕事をする。 劇場映画フィルムの複製用レンズとして使うことも設計要件に入っているので、 色収差は無い。色にじみも検出できない。 やはりただ者ではないことはレンズ本人が黙っていてもわかってしまう。

菜の花快晴

桜色は日本の伝統色

ブリリアントな日本は桜木の生命

ジャパニーズ・トラディショナル・スイーツ

真剣で真面目のつもりだがゆるい撮影風景

日本の四季にマイクロニッコール 70mm F5

マイクロニッコール 70mm F5 を持ち出す時はいつも晴れている。 晴れているからこのレンズを持ち出したくなるのかもしれない。

春の陽気に気をよくし、初夏に向かう風を追った。 盛夏にレンズを向けていたら秋の入口まで歩いてしまった。 秋の紅葉はあっけなく短く。冬晴れの空の下に柿が熟していた。 日本の四季と空気感はマイクロセコンドの単位で高速に劇的変化する。

冬晴れ柿熟すマイクロニッコール 70mm F5 と情況の構成美

Nikon 1シリーズ用の40.5mm径フィルターとフードを装着

マイクロニッコール 70mm F5の豊麗な写り「冬日午後の柿」

マイクロニッコール 70mm F5 お道具一式

マイクロニッコール 70mm F5。 ある時は繊細な砂糖細工のような可憐なレンズとなり、 気配が集中してくると豊麗な鏡玉となる。 これだけ小さいのに圧倒的存在感を示す高性能レンズなのである。

ニコン Z 写真帖

ニコン Z 6 にマイクロニッコール 70mm F5 を装着した。 レンズが小さいのでとても身軽な撮影セットとなっている。 すこし距離感のある遠距離にある風景を撮影してみた。 以下のスタイルで無限遠が出ている状態である。

Micro Nikkor 70mm F5 on Nikon Z 6

ニコン Z 6 には社外品(K & F CONCEPT製)のFマウントアダプターを装着した。 マルチフォト装置用のL-F接続リングを取り付ける場合、 ニコン純正のFTZマウントアダプターだと精度が高すぎてきついかんじがする。 それに電子接点があるのでこするとまずい。 その点この社外品だとアダプターに電子接点がないし多少のネジ余裕があるのでさくっと取り付けられる。 しかしガタつくというわけではない。

カメラボディがFマウントになったので、L-F接続リングを取り付けて、 レンズ側をライカL39スクリューマウントにする。 そのままマイクロニッコール 70mm F5 を装着。

Nikon Z 6 + F-Z + L-F + Micro Nikkor 70mm F5

レンズにはニコン純正の40.5mm NCフィルターを付けた。 さらにニコン純正の40.5mm レンズフード HN-N102 を装着した。

コダクローム25のような写り

一眼レフによる実写画像は近接撮影ばかりであった。 マイクロニッコール 70mm F5 の標準使用倍率範囲は 1/30X〜1/5X である。 1/30Xということはもう無限遠でも性能はギンギンに出るということだ。 いつもの無限遠テストの撮影ポイントに立つ。京王線多摩川橋梁。 被写体までの距離が約600メートル。 実写画像はすべてJPEG撮って出しでいっさい手を加えていない。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 1600   F8   1/8000 sec.   -0.3

季節十一月の午後3時半はすでに日没が近い。 この時間帯の光線状態が好きなのだ。鉄橋を渡る電車の音が心地よい。 レンズの絞りはすべて絞りF8に固定して撮影した。 絞り優先オート(Aモード)にして多少の露出補正をしたが基本的にはニコン Z にまかせた。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 1600   F8   1/8000 sec.   -0.3

発色は見ていただいているとおりデジタルリマスターで生き返った昭和の総天然色映画のようだ。 1971年頃使っていたデイライトのコダクローム25のような発色には感動した。 黄色と赤とオレンジ色が重厚な色彩だった。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 1600   F8   1/8000 sec.   -0.3

線の細いダイナミックな写り

光あふれる季節の写真なのですこし長めのレンズフードを装着。 きちんとハレ切りしてスカッとしたヌケのよい映像を狙ってみた。 マイクロニッコール 70mm F5 にマルミ光機製の 40.5mm - 52mm ステップアップリングを入れて AIニッコール105mm F2.5用のレンズフード(HS-14)を着けた。

Micro Nikkor 70mm F5 on Nikon Z 6

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/1600 sec.   +1.0

スコーンとヌケのよい絵が出てきた。 マイクロニッコール 70mm F5 のコンセプトは線の細いダイナミックな写りだ。 もともとマイクロフィルム等の精密撮影用に特化された専用レンズである。 日本桜花の撮影くらい余裕でこなす。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/2000 sec.   +0.3

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/640 sec.   -0 +0

明暗のある被写体なのでどうしたものかと思ったが、 ダイナミックレンジの広いマイクロニッコール 70mm F5 である。 軽くさくっと仕事をしてくれた。 くどいようだがJPEGの撮って出しである。もうこれで十分だ。

優れたマイクロコントラスト特性

海外のプロフェッショナル・フォトグラファーの一部では、 極めて優れたレンズを語る時に 「マイクロコントラスト(Micro contrast)」という評価指標が出てくる。 画像処理ソフトのそれではなく、レンズ自身が持つ能力を指す。 いくつかの撮影サンプルを通して、高性能レンズであるマイクロニッコール 70mm F5 は 優れたマイクロコントラスト特性を持っていることが理解いただけるだろう。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/1250 sec.   -1.0

写真はベタな日の丸構図に限る。ピントは花弁の付け根に合わせた。 色彩はそのまま植物図鑑の正確さだ。 マイクロコントラストに優れたレンズの写りは気持ちよい。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/1250 sec.   -0.7

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/1250 sec.   +0.3

いかにもマイクロニッコールらしい精密感のある緻密な描写である。 若いひまわりの茎や葉、 花の蕾まわりの白い産毛(トライコーム) のかんじとか夏の生命感がよく出ている。 元気なゴーヤの赤ちゃんの表情が可愛いらしい。

Micro Nikkor 70mm F5,   ASA 800   F8   1/1600 sec.   -0.3

コレクターズノート

マイクロニッコール 70mm F5 は、長きにわたり製造されたレンズなので現存数は多いと思える。 とくに初期型はネット上で目にすることが多い。 しかし最後期型は数が少ないようだ。 1970年代はすでにマイクロフィルムの時代は終わり、デジタル化への模索が始まった時期である。 このレンズに関しては、機能の詳細性能緒元から実際の写りまで、 ネット上にまとまった情報がなかったので、ここにまとめて整理しウェブ公開した。

実際の写りは作例写真で見ていただいたとおりで、 劇場用フイルムの複製用途に使うことに対応した高性能レンズだけあって、 色収差のない色彩はきわめてニュートラル、そして精密な描写をする。 フルサイズミラーレス一眼機に装着して撮影してみると、 マイクロニッコール 70mm F5 レンズが持つ優れたマイクロコントラスト特性を実感できる。 最後期型で木箱付きにこだわらなければ比較的入手がしやすいレンズなので、 気軽に持ち歩いて、撮影に使って楽しいレンズといえるだろう。

2022年のあとがき

本コンテンツのオリジナルは2016年12月に新規作成し公開したものです。 2018年と2019年には細かい改版を行っています。
2020年の改版では「ニコン Z 写真帖」として Z 6 による実写作例を組み込みました。 ストレートに撮影した遠距離レンジの映像は、精細かつダイナミックな写りでした。

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