Dr. Nakamura's Medical Nikkor 120mm F4

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Medical Nikkor 120mm F4 and Studio of Dentist
Photo: Copyright (c) 2003, Dr. Takashi Nakamura, All Rights Reserved.

Nikon F4 NAKAMURA SPECIAL and Medical Nikkor 120mm F4
Photo: Copyright (c) 2003, Dr. Takashi Nakamura, All Rights Reserved.

歯科医の仕事レンズ

むかしから、人はレンズのみにて生くるにあらずとか、レンズは人のためならず、と言われているが、 よいレンズは人を結びつけるパワーがあるようで、 メディカルニッコールをアクティブに活用している写真家と、 ふとしたきっかけからネットで遭遇した。

小児歯科医院を開業している中村先生だ。 先生は、4本のメディカルニッコール120mm F4を使う写真家でもある。 中村先生のメディカルニッコール歴は長い。 1970年代の中ごろ、歯科大学を卒業された当時の大学病院では、 ニコンFにメディカルニッコール200mm F5.6が、口腔内写真の撮影に使われていたそうだ。 しかも、まだアタッチメントレンズが色分けされていないものが使われていたという。 同じ大学病院内でも、矯正科ではマイクロニッコール55mm F3.5 にミニカムのリングストロボ付きのものを使っていたと語る中村先生は、 すでにカメラ談義の体勢である。

ミニカムのストロボというこだわりが、ギョームっぽくてよい。 メディカルニッコール200mm F5.6もその後、 カラーの線が入ったアタッチメントレンズ付きのものとなり、 「教授は最後までこのレンズだったと思います」 と記憶しているところがカメラマニヤの証である。 そして、メディカルニッコール120mm F4の時代となる。 先生が開業医としてスタートした時に選んだ機材が、 チノンインフォバック付きのニコンF2にメディカルニッコール120mm F4だったのだ。

Convoy of the Medical Nikkor 120mm F4 lenses
Photo: Copyright Dr. Takashi Nakamura

歯の定点観測

中村先生は、歯科大学を卒業してしばらく、埼玉県内の歯科医院で小児歯科医として働いていた。 その歯科医院の院長も口腔内写真を撮っていた。 先生にとって幸運だったのは、この歯科医院で患者さんの歯の写真を撮ることができ、 数年分も写真がたまったことである。 そこは医師、そして研究者としてのスピリットなのだろう。 歯の治療が終わって、それでおしまいではなく、「患者さんのその後がぜひ見たくなった」ことが、 その地で開業するきっかけとなったそうだ。

先生のウェブサイトを見てほしい。
なかむら小児歯科医院 ( http://www.nakamura-shonishika.com/
同じ患者さんだが、 3歳から10代までの十数年におよぶ定点観測の写真がそこにはある。 さらには、5歳の女の子が来院し、やがて成長して母親となり、 そしてその赤ちゃんへと続く、遠大な生命の連鎖。 口腔内写真は宇宙なのである。 風景や、都市の位置、空気を定点観測した写真は見ることがあるが、 歯を定点観測した写真は初めて見た。医師の愛情がかんじられる写真だ。 患者と医師。医師と患者のあいだには、メディカルニッコールがある。 私は、こういう歯医者さんだったら、行ってみたい。

なお先生は当然のことながら、デジタルカメラでも口腔内写真を撮っている。 機材を見せていただいたが、リングライトストロボを装備したカメラがごっそり揃っている。 しかし、フィルムカメラにメディカルニッコール120mm F4は現役だ。 メディカルニッコール120mm F4がマウントされた4台のニコンには、 コニカのネガ、コダクローム64、フジクロームセンシアIII、 そしてフジクロームトレビ100Cが装填されている。 36枚撮りフィルムを、月に100本以上も撮ることがあるというから驚く。

メディカルニッコール120mm F4 (IF)

Fマウントのニッコールレンズでは、唯一の焦点距離120mm。 もともと医学用に開発された特殊レンズ。 6群9枚のぜいたくなマクロレンズが詰まっている。 リングストロボをレンズ先端部に内蔵する。 絞りは距離リングに連動して変化するので、ストロボの露出計算が不要。 最高精度の無影撮影装置だ。 付属のアタッチメントレンズを取り付けることで、 2倍までの接写が可能。 撮影データとして、 1/11×〜2×までの倍率表示をフィルム右下に写し込むことができる。 1981年12月の発売だ。意外と長期にわたり販売されていたレンズである。

Medical Nikkor 120mm F4 (IF)

テクニカルデータ

メディカルニッコール120mm F4 (IF) の非常にユニークな性能仕様をみてみよう。

−焦点距離: 120mm(1/11×時)
−最大口径比: 1 : 4
−レンズ構成: 6群9枚 2×アタッチメントレンズ 1群2枚
−画角(対角線): 20° 30′
−撮影倍率: 1/11×〜1×(連続可変)
−撮影倍率: 2×アタッチメントレンズ使用 0.8×〜2×(連続可変)
−距離目盛: 1.6m〜0.35m(撮影倍率と併記)
−距離目盛: 0.33m〜0.26m(2×用アタッチメントレンズ使用)
−フォーカシング: 内焦式、回転角135°
−絞り目盛: f4〜f132(撮影距離と連動)
−絞り目盛: f32に固定(2×アタッチメントレンズ使用時)
−絞り方式: 自動絞り
−ASA感度目盛: ASA/ISO 25〜800(1/3段とびに使用可)
−倍率写し込み: 1/11×〜1×(レンズ単体)
−倍率写し込み: 0.8×〜2×(2×用アタッチメント使用時)
−露 出: 直列制御方式とGN方式の併用
−内蔵リングライト: ガイドナンバー5.6(ASA/ISO 100)
−内蔵リングライト: ASA/ISO 25〜800 可変 照明用ランプ内蔵
−電 源: AC電源 LA-2 DC電源 LD-2
−マウント: ニコンFマウント
−アタッチメントサイズ: 49mm(P=0.75)
−大きさ: 約97mm(最大径)×142mm(全長)
−重 量: 約920g
−当時の価格: 155,000円(1982年02月)
−当時の価格: 155,000円(1995年07月)
−当時の価格: 170,000円(1997年06月)
−当時の価格: 184,000円(1998年02月)

手元にあるエビデンスに基づき、製品の販売から終了までを追ってみた。 ニコンの製品価格表(Nikon PRICE LIST)の、 1981.9.10版と1981.10.1版には価格未定として新製品の発売が予告されている。 1982.2.10版には価格155,000円で登場している。15年間を超えて価格は据え置かれていた。 1997.6.2版で170,000円。翌年の1998.2.25版では184,000円となっている。 このあたりが販売の最後のようで、同年の1998.9.1版では価格表から姿を消している。

歯科医と写真

中村先生から、メッセージをいただいた。 題して、「歯科医と写真」である。歯をみがきながら読んでほしい。

EBM (Evidence Based Medicine) という言葉があります。
確固たる事実に基づいた医療ということです。

歯科医にとって、この事実を記録し患者さんに説明する手段として、 口腔内写真ほど手軽でわかりやすいものはありません。
たしかにレントゲン写真では、目に見えない部分の虫歯がわかります。
また、石膏の歯型模型では、上下の噛み合せの関係を後ろ側から確認することもできます。
しかしこれらは、一般の方にとってはわかりづらく、 また複製を気軽に分けてもらえません。でも写真なら容易です。

初めて来院されたとき、治療終了時、再来院時、 そしてその治療終了時の口腔内写真を、 原則としてすべての方について撮っています。
私のような小児歯科医にとっては、こうして得られた事実の記録の積み重ねが、 非常に重要なものとなります。
うまく経過した例、失敗した例、すべてが参考になります。
そのためにはメディカルニッコールのような、 撮影倍率を一定にした写真が撮れるレンズが必要不可欠です。

定期健診ということが一般化した現在、多くの歯科医院でも行われています。
歯科医院の数が過剰な時代に入ったと新聞で読んだことがあります。
少なくなった虫歯を、多くなった歯科医が旧態依然として削って詰め物をしようとするなら、 この記事はあたっているかもしれません。
でも、すべての歯科医院で健康な方を対象とした健診を行うとしたら、 私はまだまだ歯科医の数が足りないと思っています。

口の健康を取り戻し、それを維持し続けている写真による記録は、 歯科医だけでなく、きっと本人にとっても嬉しいものであると思って撮りつづけています。

Takashi Nakamura
中村 孝

先生の機材の一部を見せていただいた。顕微鏡対物マウントの極小レンズが2本。 マクロニッコール35mm F4.5にドイツはツァイスのルミナー25mm F3.5だ。 お約束の、グリコのミニチュアニコンFにセットされている。 これは、グリコを食べたら歯をみがけ、という先生のメッセージでもある。

Macro Nikkor 35mm F4.5 and Zeiss Luminar 25mm F3.5
Photo: Copyright Dr. Takashi Nakamura

これらも機材のごく一部。 左にマクロニッコール35mm F4.5、右がCRTニッコール55mm F1.2だ。 中央にひかえているのが、クロームめっきの鏡胴が美しいニコンMプラン1X。知る人ぞ知る、 これも精密マクロレンズなのである。

Nikon M Plan 1X Lens and Power Macro Lenses
Photo: Copyright Dr. Takashi Nakamura

よみがえれ日本光学

メディカルニッコール120mm F4はすでに製造されていない。 1998年にカタログ落ちしている。 全世界の歯医者さんが、このレンズを必要とした時は、中古品を探すしかないのか。 中村先生もこの点を懸念されていて、 4本のメディカルニッコール120mm F4に代わる機材として、 新しいズーム式のマクロレンズを導入したという。 しかし、専用のメディカルニッコールに比べると、 まだまだ改善の余地があるそうだ。

私も、おもうことがある。 全周魚眼レンズ、極紫UVニッコール、高速非球面ノクトニッコール、 いくつかの極超望遠レンズ群、 そしてメディカルニッコール、いずれも、もう消えた。 これではただのカメラメーカーである。 日本光学は、世界の科学者、あらゆる分野の研究者、極地探検家、警察鑑識、 そして古代遺物の修復専門家に向けたレンズを供給していた。 レンズで科学・文化を支える、本業でいわば真のメセナ活動を実践していた企業だった。 よみがえれ日本光学!

医療用レンズとしてのニコン

最後に、先生の仕事レンズをもうひとつ見ていただこう。 ニコン位相差顕微鏡のフルセットだ。 クロームめっきの美しい、位相差用プランアクロマートDL対物レンズが輝いている。 患者さんに、口腔内の状態をミクロレベルで直接見てもらい、 納得してもらうための装備である。 もちろん接眼レンズをのぞくのではなく、写真直筒にマウントされたCCDカメラから、 テレビモニターの画面を通して見ることになる。 歯垢や口腔内に隠れている細菌の姿を顕微鏡で見たら、 歯をみがく気分になるものだ。

もっとも、そのすじの顕微鏡マニヤが患者さんだったら、 これはもう顕微鏡談義でこまったことになるかもしれない。 マクロニッコール35mmをマウントしたニコンFも、 いっしょに写っている。 小児歯科医は、どこまでも真剣かつマニヤックだ。 患者さんにたいしても医療研究にたいしても。そして趣味の人生にも。

Nikon Microscope and Object Lenses with Nikon F
Photo: Copyright (c) 2003, Dr. Takashi Nakamura, All Rights Reserved.

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Special Thanks to Doctor Takashi Nakamura!!
中村先生、ありがとうございました。

2020年のあとがき

このコンテンツのオリジナルは2003年10月に公開したものです。 2016年の見直しにあたり、画像は無理な縮小をしないように再調整しました。 フィルムカメラで撮影している話とか、毎月のフィルム消費量のことが述べられていますが、 文章は2003年当時の、そのままにしてあります。

2019年の改版で、 メディカルニッコール120mm F4 の性能諸元データを詳細に記載し、 販売されていた当時の価格の推移などを追ってみました。

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