June 2012, Nikon Kenkyukai Tokyo, Meeting Report

歴史的艦載用双眼望遠鏡と対空高角双眼望遠鏡から現代機まで

June 16, 2012

Nikon Kenkyukai

Tokyo Meeting

Super Vintage NIKKO

Grand Big Binoculars Show

古式大型双眼望遠鏡の世界再び

日本光学工業株式会社の歴史は双眼鏡から始まりました。
ニコン研究会では、研究テーマに双眼鏡を数多く取り上げてきました。
黎明期のフジイブラザーズものから、大東亜戦争中に活躍した光学兵器まで、 じつはよく分からないことが多いのです。
謎の部分もあります。
とくに、軍艦に配備された艦載用双眼望遠鏡。
そして、国土防衛を光学兵器の面から支えた対空高角双眼望遠鏡。

2年前。
ニコン研究会は、「 歴史的艦載用双眼望遠鏡と国土防衛対空高角双眼望遠鏡の総合的研究 」 を敢行しました。
この研究レポートは、非常に限られた世界ではありましたが、 各方面から多くの反響を得ました。
斯界の世界的権威である、ドイツのハンス・ゼーガー博士からは、 「クレイジー!」とのお褒めの言葉をいただいております。
動体保存され光学的コンディションのよい歴史的大型双眼望遠鏡を各種集め、 実際に観望するというイベントは、 世界的にも珍しいと聞きます。

怒涛のスーパー・ディープ第4弾!、タイトルは「古式大型双眼望遠鏡の世界再び」。
今回も、この世界のスーパーゲストをお迎えし、 ゲスト様およびニコン研究会会員より重量級の歴史遺産を集結することができました。

盛りだくさんな当日のセッションプログラム

プレゼンテーションセッション

実機による測定から性能検証。
具体的数値データから、人間の目による官能的ベンチマークまで、 中身の濃いプレゼンテーションセッションとなりました。

ニコン研究会望遠鏡専門部会の寺田茂樹研究部長の講演が始まりました。
寺田さんは、 自宅に設置した分光計を駆使して、 古い光学機器に使われているレンズの屈折率を測定し、 分散を求めてガラス材を同定し、 最適な光学的・機械的レストアを行うことができる日本の第一人者です。
もっと大きなスケールで見ると、 堂平天文台で日本光学製91センチ天体望遠鏡の、 あの巨大な91センチ主鏡を洗浄して組み立て直し、 光学調整する特殊技術を持つ専門家でもあります。

マニヤ限定の、日本光斈製対空高角双眼望遠鏡フルレストアから得られた、 戦前における最高峰の光学機械工学的考察が語られました。
くどいようですが、マニヤ限定ですので、 一般の方はここでご退場されることを推奨したします。

中身の濃い研究成果発表で盛り上がるプレゼンテーションセッション

プレゼンテーションセッション

ここに、寺田茂樹研究部長のプレゼンテーションの概要を掲載したいと思います。
マニヤ限定の特別資料を公開しますので、本資料を参照しながらご覧ください。

特別限定資料ダウンロード
→  昭和時代前半までの双眼望遠鏡に関する光学的・機械的研究 −その2−
各社標本の比較と文献記載事項との比較検討
日本語版(PDF)

昭和時代前半までの双眼望遠鏡に関する光学的・機械的研究
−その2−
各社標本の比較と文献記載事項との比較検討

前回、2010年10月に戦前の高角双眼望遠鏡と昭和30年代の双眼望遠鏡について報告した。
今回、その後に判明した事実、および新たに入手したサンプルについて 各種調査をする機会を得た。 その中で得られた知見を報告する。
以下、各サンプルごとに報告する。

1.榎本光学機器製造製 10糎70度15倍 高角双眼望遠鏡
 (付属:日本光学工業製架台)

前回報告した長崎県大村市の長工醤油味噌協同組合様が戦後より所有している機材で、 ご好意でフルレストアをする機会を得た。
機種は日本光学社内呼称ではJOG高双、陸軍制式では八九式10糎対空双眼鏡である。
製造番号は2011、他に本体刻印などより、昭和17年(1942年)製と考えられ、 埼玉県の大宮にあった同社工場で製作されたと思われる。
光学的には前回紹介したNikkoの同型機と殆ど同一であるが、 使用している硝材についてRhomboidプリズムを分光計により、 F, d, C線で屈折率を求めて確認したところ、 米海軍技術使節団報告書(USNTMJ Report X-05)記載資料などから、 BK7のメーカー間差より日本光学製と見られる。 また、内部のRhomboidプリズムは鍍銀していない点がNikko機と異なる。
対物・接眼レンズ設計もNikko機と同様であるが、 わずかに曲率が異なることから原器は違うものと推測でき、 榎本光学で製造されたものと確認できた。
見え味は今回Nikkoは同型機がNo.274と4069の2台が並んだが、 それらと比較しても差を感じることはできなかった。
榎本光学(旧フジノン、現富士フイルム イメージングシステムズ) の当時からの高い技術力を感じる。 機械的にはNikkoのものとほぼ完全な互換性を持っている。
塗装はオリジナルのものが固着した対物フードの内側と 接眼鏡部の視度調整環に隠れる部分に残っており、 本来は陸軍の灰色、その後濃い灰緑色の陸軍色に塗りかえられていた。
今回は今後の保存のことを考え、 その陸軍色に精密に色とつや合わせを行なった塗料を調製し、 本体とプリズムケースは当初の質感と良く似た砂地塗装、 フードなどは通常の平滑塗装を全面に施した。
付属の架台は日本光学製だった。製造番号3925。
フォーク部はネジを除き、ほぼ全てがアルミ合金製で、 水平目盛環部は青銅製である。
この取り合いからも、Nikko製とその他の互換性確保が良好であったことが確認できた。

2.日本光学工業製 10糎70度15倍 高角双眼望遠鏡

前回報告したサンプルである。
1と同じJOG高双(八九式10糎対空双眼鏡)である。
製造番号274、昭和12年(1937年)製である。
当日ゲストの方が持参した同型機は製造番号4069、昭和14年(1939年)製と思われる。
(昭和19年(1944年)製なら統一型であったはず)

3.日本光学工業製 12糎45度20倍 高角双眼望遠鏡

新たに入手したサンプル。
製造番号8015で、TOKYOの富士山マークが付けられたものであることより、 戦後(多分昭和33年(1958年))に製造されたものと思われる。
大戦終盤の資材不足と生産性向上を目的とした統一型設計の特徴を各所に持つことから、 JF高双II型と思われる。
光学透過面には全て単層の反射防止膜が施されており、 絹の袋に入ったシリカゲルと湿度表示紙による防湿機構を持つ。
架台との機械的取り合いは、 前回報告した日本光学製直視型20×3度 12糎双眼望遠鏡と全く同一である。

4.豊川海軍工廠製 12糎20度20倍 高角双眼望遠鏡
 (付属:日本光学工業製三脚・架台)

新たに入手したサンプル。
愛知県豊川市にあった豊川海軍工廠。
銘板に製造番号504、昭和20年2月製造とある。
昭和20年8月7日。豊川海軍工廠の壊滅的な空襲の半年前である。
機種は日本光学社内呼称JF高双IV型と思われる。
光学的な特徴として、特殊形状の大型PorroII型プリズムがある。
これは、PorroII型とRhomboidプリズムによる目幅調整機構の採用により ガラス内光路長が長くなったため、 対物レンズの比較的直後にPorroプリズムの入射面が来ることで必要になった。
特に巨大な上部プリズムと、20度俯角を実現するための特殊形状を持った上部プリズムを 組み合わせたためである。 プリズム硝材は富士フイルム製BK7に極めて近い。
見え味は同口径他機種と同様であり、 豊光で強く進められた大口径レンズ用ブランクの熱プレス加工の影響は感じられない。
また20度俯角は水平方向を長く見続けても疲労が少ない。
機械的には戦争最末期だが統一型ではない。
重量は23kg。 材質的には本体のアルミ合金も質が悪く、 機械的加工精度も特にはめあい精度を必要としない部分は粗雑である。
防湿のための接続箇所のラビリンス加工も見られず、 防水膏と平面ゴムパッキングに頼っている。 また、青銅製部品が接眼鏡の周囲や対物付近の数点のみと極めて限られ、 外気と触れない内部には鉄系部品も多く使用され、 最末期の物資逼迫を実感できる。
目幅調整機構も、8の字ベルトの機構の痕跡があるにもかかわらず、 レチクルがある右側は固定された片側調整だけに思い切って簡略化されている。
大変貴重な木箱が付属しており、内部にレチクル照明用の電球が残っていた。
海軍の碇マークがついた富士電機製で、 20V-1cp(燭光)で、点灯させたところ2Wであった。
付属した三脚と架台は日本光学製で、 ステンレスが一般化する前の昭和14年6月製。
製造番号169。
フォーク部まで全て銅合金で出来ており、 腐食に関する耐海水性を極度に重視している。
その代わりに極めて重く(34kg)、 架台と三脚を一体で運搬するのは困難である。
フォークの2つの腕の内側間隔は300mmで、 統一型の同口径機は取り付けられない。

140 豊川海軍工廠製 12糎20度20倍 高角双眼望遠鏡

5.興和光器製造製 12糎20倍 双眼望遠鏡

新たに入手したサンプル。
長崎県より入手、銘板なし。 目幅調整バンドカバー形状より、 海上自衛隊制式65式12cm双眼鏡(JF双眼T型の戦後型)と推定。
興和は現在も8の字金属ベルトによる目幅調整機構を採用しており、 それを覆う東京光学が採用した分割型板金カバーを採用している。 いわゆる戦時中の統一型ではない。
光学系は単層の反射防止膜を光学系の全透過面に採用している。
その他、戦後製品であるが本体塗装にコルクによる擬革塗装を用いており、 内部のアルマイトの状態(緻密な黒アルマイトが施されている)からも、 製作年代は1960年代と考えられる。

6.日本光学工業製 12糎20倍 双眼望遠鏡

前回報告したサンプル。
統一型の特徴を持っている。 製造番号7230より1957年製。
JF双眼T型の戦後型である12糎双眼望遠鏡T型、漁業向けなどの市販品で、 縮緬塗装を採用している。

7.日本光学工業製 12糎15倍 双眼望遠鏡 夜間用(水雷用)

ニコン研究会会員より借用したサンプル。
製造番号114。○に"水"のマークがついており水雷用、JF双眼V型と考えられる。
製造年代は、内部のプリズムに"7.12.17"の年月日が鉛筆で記されており、 明らかに昭和8年(1933年)製である。
光学的特徴として、対物レンズは他の12糎と全く同一のスペーサ分離型2枚玉(F5)であるが、 倍率を15倍と低くして出射瞳径を8mmにしたことで視野を広く、 艦船の振動でも目の瞳径から光束が外れないようにされていることがある。
そのためPorroII型プリズムが他の直視型より大きく、 特に対物側の上部プリズムは巨大である。
本機では、戦時中に受けた衝撃のためか、 左側の目側上部プリズムが破損していたため今回交換して、両目で見えるようになった。
見え味は倍率が低いこともあって倍率色収差が20倍機よりさらに少なく感じられ、 像面は平坦かつ歪みも少なく、出色の出来である。
機械的には戦前の製品のため、対物のフードや接眼側のプリズムケース、 8の字ベルト、ベルトカバーまで青銅製であり、本体のアルミ鋳物も分厚く、23.5kgと非常に重い。
目幅調整機構には、固定目的も兼ねたネジ式の微調機構が付く。
また、乾燥空気を入れ替えるための乾燥孔はあるが、 乾燥剤を入れておく機構も湿度表示紙もない。 防湿機構の強化がこの製品開発の後進められたと考えられる。
架台取付部の設計は、高角双眼でおなじみの高度表示環がなく、 軸の両端にある固定ネジで架台のフォークを締めて固定するタイプである。
更に他の機種では高度方向のクランプを緩めると、 それぞれ対物側/接眼側のバランスが取れていないため視軸は水平を保てないが、 本機はほぼ水平を保つ点が特徴的である。

まとめ

そのほか全体として判明したこと、感じたことを下記に述べる。

1.光学系の名称

日本光学四十年史などに掲載されている社内名称で、 同一光学系に2つの名称が付いているものは、 今回の各種比較から統一型とそれ以前の型の区別のために設けられたものである可能性を感じる。

2.現代の製品と比べてみて

今回ゲストに持参頂いた現代の製品であるニコン20x120III型と比較した結果、 コーティングやその他迷光対策のために得られるIII型のコントラストはさすがに衝撃的で、 年代に応じて光学面が痛んでいることもありコントラストという点では上記各機種とも勝負にならない。
さらに最近のマルチコートされたアポクロマート系対物と 高反射材を使用した正立ミラー系を用いたものと比較すれば、 その劣勢は明らかである。
しかし像面の平坦さ/歪みについてはこの倍率では特に差はなく、色収差についても、 特殊分散系の硝子を採用していないIII型との比較では当然大差はない。
また統一型である上記3, 5, 6が現在のIII型の架台にそのまま載ることが確認できたのは予想外だった。  (高度環の水平出しのための部品は外す必要があるが)

3.さすがはドイツ光学機器

同じくゲストに持参頂いたeug (The Optical Precision Works in Warsaw:ツァイスの戦時中の子会社)製造の 10x80の対空双眼鏡(単層コーティング付)と比較したが、 eug機の方がプリズム反射面が少ないことを考慮すると、 ほぼ互角または多少上記各機の方が悪い程度であり、 双眼望遠鏡の分野では機械加工のレベルを除き、 特に光学的性能については世界的な技術レベルにほぼ到達していたことを確認できた。
(さすがにドイツ系機器の機械加工・仕上げは現代に続く素晴らしさである) 

4.設計変更を確認

さらに詳細は報告できないが、 別途ゲストに持参頂いた電探付属の探照器に搭載されたと思われる 統一型以前の12糎45度高角機と統一型の上記3を比較することで、 各部、特にプリズムケース部の部品点数削減と 生産効率向上のために組立・調整のしやすさを考慮した設計変更を確認できた。

5.電探に対するあだ花か

しかしこの双眼望遠鏡の機種の多さを含めた異常な発達は、 米海軍技術使節団報告に指摘されている通り、 発展途上の電探に対するあだ花でもあり、 また日本における電探発展の足を引っ張った可能性も感じられる。

今回、幸運なことに昭和8年の戦前の機材から、 戦後にまで続く統一型の確認と戦争最末期の昭和20年2月の機材までを比較し、 その間の技術的変遷を確認する機会を得た。
その中で、大戦初期までの手間も材料も厭わない贅沢な設計から、 最末期の極度の物資不足の中でも主目的である光学性能には妥協をしない設計を貫き通した姿勢 を実物で感じることができた。

レストアの中で各部を分解すると、 当時の担当者のサインや刻印などに出会うことが多い。
さらに実際の使用により消耗した部分を修理した痕跡や実戦で損傷した痕跡を見る機会もある。
今回の分析で感じる彼らの苦労と気概に敬意を表して、本報告ができた感謝の辞としたい。

堂平天文台
ニコン研究会望遠鏡専門部会研究部長
寺田茂樹

お道具拝見コーナー(歴史的銘品の鑑賞)

プレゼンテーションセッションは登壇発表に加えて、 実物を目の前にし、手に取っての説明ワークショップから構成されています。
会場のコレクションテーブルの上に並んだ数々の機器に、 興味をお持ちの方が多いことでしょう。
すべての紹介は不可能ですが、その中の一部を見てみましょう。

お道具拝見コーナーで解説するニコ研会員

光学兵器の銘品の数々

銘品はまだまだあります

格納用専用木箱に収まった時代の光学兵器

日本光学製 20x120 高角(俯視45度)双眼望遠鏡 見掛け視界60度 1939年製

豊川海軍工廠製12糎20度高角双眼望遠鏡 1942年製

ドイツ光学兵器の特徴を図版で解説するゲストの林由己和氏

下の写真に示すドイツeug製造の10x80対空双眼鏡は、 ほぼ現役当時の光学性能と外観を保っている非常にコンディションの良いコレクションです。
本機は、世界的なオールド・ヴィンテージ双眼鏡の修復家である、 英国OptRep社のトニー・ケイ氏(Mr. Antony L. Kay)によってフルレストアされたものです。
トニー・ケイ氏の話によると、
「私は50年間、双眼鏡修理の仕事をしてきたが、 このドイツeug製10x80対空双眼鏡については、 今までに3回しかオーバーホールをしたことがないんだ。」
とのことです。 本機は、世界的にも非常に希少なコレクションである言えます。

非常にコンディションの良いドイツeug製造の10x80対空双眼鏡
英国の世界的な双眼鏡修復家トニー・ケイ氏によるフルレストア済み

美しい小型光学機器の世界

大型双眼望遠鏡はスケール感のある迫力と存在感が魅力となっています。
そして小型光学機器には精密感と道具としての機能美を感じることができます。

精密な目盛が刻印された小型光学兵器

美しい古典小型希少双眼鏡の数々

右上に何か強烈なオーラを放つ物体が

誰?こんなところにステレオニッコール・セット置いたのは

特装ミクロンの来歴を語る鈴木昭彦氏

ソメスサドルの特装革ケース付き特番号ミクロン

テラスセッション

東京湾が見下ろせる会場は晴海。
プレゼンテーション・セッション(異常に濃い)が終了後は、 テラスセッションに移行。
梅雨時の開催なので、雨模様でも快適に観望ができるように、 レストランのテラスを予約。
次々に大型機が台車で搬入され、セッティングされていきました。
集まった、歴史的大型双眼望遠鏡、大型高角双眼望遠鏡が18基。
ここに写っているのは「ごく一部」。
本物の古典機で、ゆったりと「歴史的大型双眼望遠鏡の世界」を堪能しました。
ちょうど近くの晴海ふ頭には、米国の軍艦と大日本帝国海軍の軍艦も停泊しており、 格好の観測対象となりました。
なにかの演習か、一般公開の準備でしょうか。
自動小銃を持った戦闘態勢の兵士が甲板上を行ったり来たり。
私たちニコ研は、安全地帯から遠く艦上の光学兵器の完成度を監視しました。

台車でテラス運び込まれたヴィンテージ大型双眼望遠鏡の数々

目視による評価のために現代の新鋭機も投入(右はし)

テラスには大型双眼望遠鏡がスタンバイ

機器の最終調整をする寺田茂樹研究部長

天頂を向く榎本光学機器製造製10糎70度15倍高角双眼望遠鏡
長崎県長工醤油味噌協同組合様収蔵品

鮮鋭なシーイングに声が上がるテラス会場

現代でも最高の光学性能をたたき出すNikko対空双眼鏡も並ぶ
英国の世界的な双眼鏡修復家トニー・ケイ氏によるフルレストア済み

晴海ふ頭に向けられた大型双眼望遠鏡の隊列

米国海軍報道部のプレスニュースを見てみたら、軍艦の正体と、 停泊している理由が分かりました。以下は、プレスニュースの要約です。

指揮統制艦ブルーリッジ、晴海寄港へ

横須賀−米第7艦隊の旗艦として、 横須賀に前方配備されている指揮統制艦USSブルーリッジ(LCC-19)が、 海上自衛隊第4護衛隊群の旗艦として呉に配備されているヘリ搭載護衛艦「いせ」 (DDH-182)と共に6月16日に東京の晴海ふ頭に日米合同親善寄港します。

寄港中、ブルーリッジは東京近郊から自衛隊幹部を含む賓客をお招きし 「ビックトップ」という艦上レセプションを開催します。
護衛艦「いせ」とブルーリッジの両艦共、一部一般開放されます。
また、両艦の乗組員達は、スポーツや社交行事などの相互交流、 ショッピングや食事など東京での観光を楽しみにしています。 一般公開については以下のとおりです。

日時: 2012年6月17日(日) 13:00〜16:30
場所: 東京晴海ふ頭
艦艇: 指揮統制艦ブルーリッジ & 護衛艦「いせ」

米第7艦隊旗艦ブルーリッジを古式双眼鏡で監視

昭和14年6月製造の、真新しい十二糎高角双眼望遠鏡でブルーリッジを監視。
自動小銃を持った完全武装の兵士が甲板上を行ったり来たり。
本物の緊迫感が漂います。
明日からの一般公開にはこういった警備体制はないと思いますが、 安全な一般公開のための準備なんでしょうか。

甲板を横に見ていくと、な、なんと、 むこうも兵士が艦載用双眼鏡でこちらを見ています。
「古くさい大型双眼望遠鏡がズラリと並んで、我が艦を見ているが、あれは何だ?」 とでも言っているのでしょうか。
「けっしてあやしいものではありません」って、 あやしい団体が叫んではみたものの、少々説得力に欠け、 どこか無理があるように思えました。

米軍の艦載用双眼鏡はどうも口径8センチ程度のようでした。
こちらは大日本帝国海軍の口径12センチです。明らかに勝っています。
古さでも圧倒的勝利です。
いずれも70年以上前の最高性能を誇る光学兵器群です。
しかしながら、今時レーダーやら暗視装置が発達しているので、 時代の光学双眼鏡は実質的には補助的な装備なのでしょうか。

豊川海軍工廠光学部製12糎20度高角双眼望遠鏡
(三脚架と三脚は日本光学製)

昭和14年6月製造の刻印のある十二糎高角双眼望遠鏡の三脚架

軍艦に搭載された双眼鏡等光学兵器の日米の差異について、 歴史の報道シーンの現場に立ち会ってきた、 現役のプレスである小秋元龍プロに聞いてみました。
小秋元龍氏はご承知の通り、 昭和36年、四国沖で海上自衛隊航空部隊のプレス取材を敢行。 さらにトンキン湾事件に続くベトナム戦争の取材を通して、 経験に基づく説得力のある報道写真論をお持ちです。
今回のレポートにたいして以下のコメントが寄せられました。

『日本海軍は、レーダーなど電波兵器の導入ではアメリカに遅れをとったまま、 最後まで追いつけませんでした。 その代わり、光学兵器の充実ぶりは世界最高でした。
私は数多くのアメリカの軍艦にのせてもらいましたが、 その際毎回、まっさきにブリッジに行って、 彼らのメガネ(大小双眼鏡のこと)を調査しました。
その結果、アメリカ海軍は、 かなりの大型艦でも日本海上自衛隊の小型艦にも及ばない 貧弱な固定双眼鏡しか装備していないことをこの目で確認してきました。
重巡洋艦や空母といった大型艦でも、せいぜい口径10センチ程度の双眼鏡でした。 すでに、現代の海軍では、 双眼鏡はレーダーの探知した目標の確認程度の役割しかしていないようでした。
アメリカが戦時中に完成させた主力戦艦「アイオワ」級5隻(「ミズーリ」はそのT艦) の艦橋構造物の頂上にある測距儀は、 「大和」の15メートルに比べれば3分の1程度の可愛いものです。 レーダー測距の補助的役割のようでした。
今回、ニコン研究会は世界でも稀有な、 戦時中の大型双眼鏡の世界遺産を一同に集めて検証するという、 大事業を実現できたと思っています。』

小秋元龍

スーパー・ディープなセッションを終えて

集まりも集まったり、歴史的大型双眼望遠鏡、大型高角双眼望遠鏡が18基。
重量級の大型双眼望遠鏡の撤収には時間がかかります。 約1時間かけて撤収を完了。
最後のセッションはハッピー・アワーです。
晴海のレストランで冷たい生ビールで乾杯。
古式大型双眼望遠鏡談義がいつまでも続きました。

ミーティング参加者による記念写真

本日の主役"古式大型双眼望遠鏡"のスパルタンな雄姿

関連情報

英国OptRep社( Optrep Optical Repairs )
歴史的双眼鏡の修復家 技術部長 トニー・ケイ氏 ( Mr. Antony L. Kay )
ニコン研究会 2011年 05月例会
古式大型高角双眼望遠鏡の研究スーパー・ディープ
ニコン研究会 2010年 10月例会
歴史的艦載用双眼鏡と国土防衛対空高角双眼望遠鏡の総合的研究

ご報告

ニコン研究会の例会レポートで何回か取り上げてきましたが、 長崎県大村市の長工醤油味噌協同組合様が戦後より所有している 「榎本光学機器製造製10糎70度15倍高角双眼望遠鏡」 のフルレストアがこのたびニコン研究会望遠鏡専門部会の 寺田茂樹研究部長の手により完了いたしました。
本レポートで説明の通り、 6月の野外における目視官能試験を中心とした光学性能検証をもって、 この歴史的高角双眼望遠鏡が昭和17年(1942年)の製造直後に有していた光学性能を ほぼ忠実に修復再生できたことが確認されました。
2012年7月には、寺田茂樹研究部長より直接、 「榎本光学機器製造製10糎70度15倍高角双眼望遠鏡」を 長工醤油味噌協同組合様に返却されましたことを、 ここにご報告申し上げます。

最後に、長きにわたり、貴重な歴史的高角双眼望遠鏡をお貸しくださり、 光学兵器から見た日本の光学技術史研究にご理解をくださった、 長工醤油味噌協同組合様に感謝申し上げます。

ニコン研究会

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