October 2011, Nikon Kenkyukai Tokyo, Meeting Report

超絶的に美しい清楚な姿はカール・ツァイス製20センチ屈折赤道儀

October 16, 2011

National Astronomical

Observatory of Japan

Mitaka Campus

国立天文台三鷹キャンパス

10月の空は快晴で、 武蔵野の雑木林を歩くと天文台のドームが見えてきました。
宇宙の大きさは10の27乗メートルと有限で定義してしまうことの寂しさをかんじながらも、 ニコン研究会歴史的天文施設探索チームは、 国立天文台三鷹キャンパスで貴重な白い秋の午後を過ごしました。

いま、国立天文台の三鷹キャンパスが、 すごいことになっているのをご存じでしょうか。
2008年4月。 国立天文台内にある歴史的価値のある観測・測定装置、写真乾板、 貴重書・古文書などの保存・整理・活用・公開を目的に、 天文情報センターにアーカイブ室が設置されました。

このアーカイブ室は、よくありがちな、 受身で旧来からの資産を淡々と保っているのではなく、 実に想像を絶する熱情を持って、 朽ちた建造物に分け入り人が入れるよう修復・磨き上げ、 廃棄されたも同然の観測機器類を発掘・復元し、 数々の貴重な資料を発見し価値を見出し収集しているのです。

ニコン研究会では、 企業のアーカイブスの方々と情報交換し、 歴史的資産の残し方、継承の仕方、 世間に知らしめるアピールの仕方等を議論してきましたが、 そのなかでも天文分野で常に話題にあがるのが、 国立天文台アーカイブ室の行動派、 熱情のカタマリとも言うべき中桐正夫先生の近年のご活躍なのです。 「アーカイブス室新聞」は必見です。

三鷹キャンパスには国の重要文化財があります。
登録有形文化財に指定されている歴史的建物があります。
見学コースがあり、 自由に歩いて実物を見てかんじることができるようになっています。
でもここで、ぜひ中桐先生にお会いして、 アーカイブ室の活動を自分の目で見て、話を聞いてみたい。

今回それが実現しました。 もちろん、特別にご案内いただいたのは、 元国立天文台助教授(現天文情報センター広報普及員) の中桐正夫先生です。

国立天文台アーカイブ室の中桐正夫先生

森の中に凛とたたずむクラシックな第一赤道儀室(登録有形文化財)
国立天文台三鷹に現存する建物として最も古い1921年(大正10年)の建設

太陽観測用20cm屈折赤道儀(1927年ドイツのカール・ツァイス社製)
対物レンズ口径20cm、焦点距離359cm、速度調整機構付重釣錘式時計駆動方式

動体保存により実際に動き観測が可能(太陽の黒点の観測デモ中)
太陽写真儀はレンズ口径10.5cm、焦点距離150cm(1909年シュタインハイル社製)

今でも現役で活躍している非常に優美なヴィンテージ・クラシック望遠鏡

アインシュタイン塔

登録有形文化財となっている太陽塔望遠鏡ドームに向かいました。
森の中を歩くと、忽然と異形の建造物が視野に入ってきました。
塔のような建物の屋上にはドームが見えます。太陽塔望遠鏡です。
昭和五年のなつかしい風景。止まった空気。
太陽塔望遠鏡はドイツのポツダム天体物理観測所にあるアインシュタイン塔と同じ目的、 同じ光学系であることから、三鷹のアインシュタイン塔とも呼ばれたそうです。

太陽スペクトルの波長を観測し、 アインシュタインの一般相対性理論を実測検証するために建設された施設でありますから、 太陽塔望遠鏡というよりも当時の研究者の間で呼ばれていたように、 アインシュタイン塔と言うのがなじむ気がします。

太陽塔望遠鏡ドーム(登録有形文化財)1930年(昭和5年)設置

アインシュタイン塔の扉の鍵を開ける中桐先生

塔の最上部に設置されているカール・ツァイス製シーロスタット
(丸い鏡面部分にはフタが装着されています)

時代を感じさせてくれる塔望遠鏡の光路図説明の古文書
塔のように長い建物が望遠鏡の鏡胴になっていることが分かる

この扉の先は大正時代の東京天文台の観測室へタイムスリップ

アインシュタイン塔の地下には貴重な観測装置の実物が収蔵されている

塔望遠鏡(太陽分光写真儀)の分光器のカメラレンズ

日食観測に使われたカメラ(レンズはウォーレンサック社製10インチF5.6)
(偵察機搭載の航空写真機がベースになっていると思われる)

日食観測隊が使った観測装置(ムービーカメラ関連)
(35ミリアイモ撮影機には観測用の工作が見られる)

大日本帝国陸軍一式固定射撃監査写真機(昭和18年六櫻社製)
どういう使い方をしたかは不明とのことでしたが貴重なカメラが残ってるものです
レンズは当然ながら先鋭な眼をもつ天下の銘鏡玉「ヘキサー75mm F3.5」

天文ファン垂涎の天文月報(日本天文学会発行)のオリジナルコレクション

第45巻(1952年)から第47巻(1954年)あたりの貴重な天文月報

大赤道儀室で見るモンスター天体望遠鏡

三鷹の天文台といえばここです。
地上19.5メートル、ドーム直径が15メートルもある巨大な建造物が見えてきます。
大正15年(1926年)の建設です。
建設当時は半球のドームを製作する技術が建設業者にはなく、 船底を作る技術を持った造船技師の力を借りて作られたそうです。
中に入ってドームの天井を見上げると、 ちょうどノアの箱船の中にいる気分になるのは理由があったのです。
半球のアーチを描く精密に組み上げられた木工技術にも驚きました。

日本最大の口径を誇る屈折式天体望遠鏡がいきなり目に飛び込んできます。
65センチ屈折赤道儀です。
ドイツのカール・ツァイス社製。
主望遠鏡のレンズ口径は65cm、焦点距離1021cm。
副望遠鏡でもレンズ口径38cm、焦点距離1083cm。

21世紀の現代でも、この大望遠鏡の存在感には圧倒されます。
昭和初期、壮大なドームの中に入り、 真新しい巨大モンスター天体望遠鏡を見上げた天文学者たちの高揚感が、 いまでも実感できます。

大赤道儀室(登録有形文化財)大正15年(1926年)の建設

ドイツ光学機械の重厚な様式美そして天井ドームには日本の造船技術

写真では表せないスケール感を持つ巨大望遠鏡
現在でも日本最大のカール・ツァイス社製65センチ屈折赤道儀

宇宙観測と望遠鏡の歴史をパネルを使って説明する中桐先生

子午儀資料館

次の探索行は、子午儀愛好家、子午儀マニヤ驚愕の歴史的子午儀の現物との対面です。
子午儀資料館(レプソルド子午儀室1925年)では、 国の重要文化財に指定されたレプソルド子午儀を見てみます。
ゴーチェ子午環は、 小田原のカマボコのような半円球台形の観測建屋に収蔵されています。
三鷹キャンパスの緑豊かな森の中を歩き、点在する歴史的名品への期待が高まります。
では、さっそく見学してみましょう。

子午儀資料館
入口に掲げられている味わい深い看板の揮毫に注目したい

レプソルド子午儀(1880年ドイツ製)
2011年6月に国の重要文化財に指定された

レプソルド子午儀は、明治13年(1880年)にドイツで製作され、 明治14年(1881年)に明治政府の海軍省海軍観象台が 当時の価格で15,200マルクで購入したもの。
近代天文学の黎明期の基幹望遠鏡だったとのことです。
麻布の東京天文台の時代には、時刻の決定と経度測量に使用され、 非常に重要な役割を担う装置となっていました。
いまでも輝くその姿、気品、風格たるや、 子午儀愛好家、子午儀マニヤでなくてもその存在感に圧倒されてしまいます。

子午儀資料館には、 国立天文台に現存する望遠鏡で最古のイギリス製トロートン・シムス子午儀や、 バンヘルヒ子午儀、フランス製プラン子午儀など、 小さい展示室ではありますが、見応えは十分です。
望遠鏡の調整をするための器具である子午面視準器(集心儀)など、 よく見ないと気が付きませんが、 気が付くと驚くべき収蔵品がコレクションされていることに感動します。
集心儀とはコリメーターのことであると言えばピンと来ると思いますが、 コリメーターを日本語で表した明治時代の翻訳のセンスは素晴らしい。

様々な貴重な歴史的子午儀が収蔵・展示されている
左にフランス製プラン子午儀、右にバンヘルヒ子午儀が見える

ゴーチェ子午環が設置されている森の中の半円形ドーム

巨大な時代の大砲のようなゴーチェ子午環(1903年フランス製)
屈折式、口径20cm、焦点距離310cm、望遠鏡部だけでの重量約800kg

天文機器資料館に突入

天文機器資料館の建物は、 自動光電子午環観測棟と言って 本来は1982年建設の自動光電子午環という望遠鏡のためのものでした。
大きな半円形型の白銀に輝く建物は三鷹の森と空に映えます。
現在天文機器資料館には、国立天文台博物館の開設を目指して、 国立天文台にゆかりのある天文観測機器が集めらえています。
一般の見学コースでは、ガラス見学室からガラス越しにその様子を見ることができます。
今回は特別にガラス見学室のドアを開けてくださり、 貴重でヴィンテージな収蔵品の数々を間近に見ることができました。

三鷹の森に白銀に輝く天文機器資料館(自動光電子午環観測棟)

中桐先生が発見・保護した貴重な展示用模型

乗鞍コロナ観測所 日本光学製口径10cmコロナグラフの1/8縮尺模型

歴史的天文観測機器が集結し収蔵されている
左に見える半円形の機器は日本光学製25cmクーデ型コロナグラフの一部

20cmブラッシャー天体写真儀
口径20cmのレンズと鏡筒は米国のブラッシャー社製
赤道儀架台は米国のワーナー・スウェジー(WS)社製

フランス製のHα太陽単色写真儀(モノクロヘリオグラフ)

重量級の日本光学製20センチ屈折望遠鏡

これは宇都宮大学にあった日本光学製20センチ屈折望遠鏡

もう1つの日本光学製20センチ屈折望遠鏡を見てみる

これは秋田大学で使っていた美しい日本光学製20センチ屈折望遠鏡
2011年3月11日あの東日本大震災の最中に到着したもの

国産初期のシュミット望遠鏡
口径19cm、焦点距離17cm、口径比0.9、写野直径15度

この黒い鏡筒を持つゴロンとした望遠鏡。
この望遠鏡を発掘し、価値を見出したのは中桐先生なのです。
詳しくは、 アーカイブス室新聞の第203号「国産初期のシュミット望遠鏡発見」 を見ていただきましょう。 あわせて、 天文月報の1970年9月号「シュミット望遠鏡の建設への道」もご覧ください。 どちらもウエブで見ることができます。

日本光学は大日本帝国海軍から暗視用シュミットの製作依頼を受けて、 ダイヤモンド工具による削作法で補正板を製作していたといいます。
終戦後は、残っていた当時の補正板の最良品をセレクトし、 これに見合う主鏡と鏡筒などを製作してできたのが、 このシュミット望遠鏡なのです。口径19cm、焦点距離17cm、口径比は0.9です。

この黒い鏡筒は、天文情報センターのプレハブ倉庫に雑然と置かれていたそうです。 無雑作にゴロンと転がっていた鏡筒を掘り起し、 価値を見出すこと(なんであるかの来歴を探ること)のなんとワクワクすることか。
わかります、わかりますその気持ち。
と、勝手に盛り上がってはいけませんので、次に進みます。
(ようは1つ1つに物語があり話が尽きないのです)

四連流星写真儀
NIPPON-KOGAKU Tokyo銘のニッコールQ 20cm F3.5レンズが装着されている

歴史的セオドライト(経緯儀)の数々

クロノメーター時計各種

現在の最新鋭観測の様子

さて、歴史的天文観測装置・施設の数々を見学させていただいたわけですが、 現在ではどのような観測装置が使われているのでしょうか。
三鷹キャンパスの常時公開コースには、天文台展示室があります。
すばる望遠鏡や野辺山45m電波望遠鏡、ALMA、TMT計画など、 その多くは非常に大きな装置・施設となるために、 模型と説明パネルが展示されていました。

超大型望遠鏡TMT計画の精密な模型

野辺山45m電波望遠鏡の巨大な模型

すばる望遠鏡の模型を前に熱く語る中桐先生

中桐先生とすばる望遠鏡の関係は非常に深い。
1980年頃から20数年にわたって、 「すばる」の予算要求から建設に携わっているのです。
すばる望遠鏡はハワイ・マウナケアに建設されましたが、中桐先生は その建設期間の1994年から2002年の実に8年間ハワイに滞在しているのです。

アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 完成予想模型

太陽観測衛星ひので

これも中桐先生の思いが詰まった観測衛星。
中桐先生は2002年から2006年までSOLAR-Bの開発に参加。 そして2006年9月23日の打ち上げに成功し、 Solar-Bは「ひので」と命名され観測が始まったのです。
太陽観測衛星ひのでは、コロナの成因を探る、 太陽磁場・コロナ活動の起源を探る、 宇宙プラズマの素過程を探る、など、 研究課題に挑んでいるのです。

感動の見学ツアーを終えて

とてつもなくエキサイティングで、スーパー・ディープな勉強会となりました。
文明は買うことができます。しかしながら文化は買うことができません。
江戸の昔から、明治、大正、昭和の時代。 そして平成の時代まで、紡いできた文化は継承されていくのでしょうか。

利益とか効率とか経済面でしかものごとを見ていないのではないか。
国立天文台博物館計画にも、 予算面で非常に厳しいものがあると聞きます。
納税者が使い道を指定して税金を納められるならば、 日本の科学遺産、技術遺産の発掘・復元・保存・公開、 そして継承と啓蒙活動に、 ぜひとも使ってほしいものです。

最も古い第一赤道儀室の前で記念写真
国立天文台中桐正夫先生とニコン研究会歴史的天文施設探索チーム

日本文化を救う熱き人

2010年の夏。
閉所となった乗鞍コロナ観測所から、 日本光学製25cmクーデ型コロナグラフが救出されました。
標高2876m。乗鞍山山頂の観測所に置き去りにされ朽ち果てる運命だったものが、 中桐正夫先生の御尽力、国立天文台OB、ニコン歴史資料室、 ニコン技術者OBの協力と助力により、 生きたまま三鷹に帰還したのです。
山頂から総重量14トンにも及ぶコロナグラフをどう運び出すか、 分割解体にするにも40年前に製造された装置。 山頂に重機が到達するための数々の通行許可申請、 天候の安定した時期を狙い限られた時間との勝負。 この救出劇は涙なしに読むことはできません。
(アーカイブス室新聞の第373号と第374号を参照)

国立天文台の中桐正夫先生からお話をうかがい、 その行動と思いをトレースしてみると、 結局、文化が守られるのは「熱い人」がいてからこそと確信しました。
レポートの最初で述べた通り、 ニコン研究会では、 光学関連企業や自動車関連企業のアーカイブス関係者、 キュレーターの方々と情報交換し、 歴史的資産の残し方、継承の仕方、 世間に知らしめるアピールの仕方等を議論してきましたが、 その方々に共通して言えることは、 「熱い人」だったことです。
「熱い人」がいる日本はまだ捨てたものではありません。

日々の暮らしの忙しさにまぎれて、忘れかけたことがありましたが、 秋は清涼の三鷹キャンパスの散策から重要文化財クラスの数々の名品を通して、 日本の文化を再考する機会を与えてくださいました、 国立天文台の中桐正夫先生に感謝申し上げます。
ありがとうございました。

特別ご協力:
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 国立天文台
天文情報センター アーカイブ室

お願い:
本ウエブサイトに掲載されている写真画像は、 国立天文台様の許可を得て撮影し、 内容につきご了解を得て、 指定されたURLでのみ掲載をご承諾いただいたものです。
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