January 2011, Nikon Kenkyukai Tokyo, Meeting Report

Beautiful Vintage Nikon F

January 15, 2011

Tokyo Meeting

KWANON Social Club

Nikomat Fun

Vintage Nikon F

東京は運河の水が一月

幻のカサパ

山は遠くから見えるけど、 水は間際まで近づかないと見えず、 銀座も海に近いことが運河の東京は一月のニコン研究会。

日本の35ミリ小型精密カメラの黎明期を探ると、 クワノン写真機とカシュアパ鏡玉の歴史物語が前に立ちはだかってきます。
いくつか出現した標本をもとにしたカンノンカメラの真贋論争。
そもそも現存機は存在しないという説の評価をせずに、 もともと試作機であった標本の真と贋の定義は誰ができるのでしょう。
その定量的な計測方法と判断基準が確立できないならば、 その壁に挑戦するのがスーパーマニヤではないでしょうか。

カンノンカメラは情報がきわめて少ないながら語られる機会は多いのです。
しかしながら、その専用レンズとして用意されたはずの、 カサパ50mm F3.5はどうでしょう。
じつはさらによく分かっていないのです。 そもそも、誰が作ったのか。

精機光學研究所のプリミチブな美しい図面

古文書にあたるゼミの若手メンバー

会員による研究成果の報告 「カンノンカメラ試論」。
厚さ1センチにもなるボリュームの研究論文セットが配付されました。
その内容は、いまのところ公開は保留としておきましょう。
当初ウェブでの公開も検討しましたが、 分からないことは分からないままのがよいこともあります。

昭和九年当時のクワノン写真機の広告を検証する

ライカの國産代用品と定義した間宮精一氏の論文 昭和十四年(1939)

龍さんのプレスコーナー

さて白熱の議論がヒートアップしましたので、 ここでお茶の時間を入れて、続くのは、 おなじみ龍さんのプレスコーナー2011が始まりました。

トンキン湾で戦闘行動中の航空母艦のカタパルトから、 写真報道装置ニコンSPで緊迫する戦闘機の出撃記録を爆音取材。
ケープカナベラル空軍基地からアポロ11のリフトアップをテレビ実況中継。
空飛ぶ豪華ホテル時代のパンナムを愛し、航空機から映画スターの撮影まで、 きわめてダイナミックレンジの広い報道シーンに現在も身を置き、 戦後の日本写真機工業史を俯瞰できるポジションをキープしている 現役のフォトジャーナリスト小秋元龍プロ。
今回の話題は、 アイモ、フィルモの時代のニュース画像からのプレス作法解説です。

ニュース報道カメラマンのムービーの特徴を解説する小秋元プロ

本サイトを愛読してくださる方々は、一線を越えたマニヤの方々なので、 あえてちょいと調べれば分かることの説明は排除してきました。
しかしながら、第二次世界大戦中のキャメラ(ムービーカメラ) となると話は別で、小秋元プロの説明を引用してみましょう。

実際は、ホワイトボードに詳しく書いていただいたのですが、 アイモ(Eyemo)は米国のBell & Howell社によって開発された 35ミリ映画撮影機です。 最初のモデルは1925年に登場したようです。
第二次世界大戦中は多くの従軍カメラマンがアイモを使って取材し、 記録フィルムを残しています。
35ミリつまり劇場映画用サイズのため、 取材映像はニュース映画となって上映されたのです。
アイモのフィルム駆動は電動ではなく、 スプリングモーター(ゼンマイ)。 フルにゼンマイを巻いても短いショットしか撮影できません。
小秋元プロのお話ですと、 まったくフィルム編集しなくてもそのまま劇場で上映できるような、 映像説明が完璧なフィルムを通しで撮影してしまうカメラマンがいたそうです。

フィルモ(Filmo)は、アイモの16ミリ版。
さすがに少し小型になり重量は少なく機動性があったそうです。
アイモ、フィルモ、 どちらにも言えることは、非常に堅牢な映画撮影機だったことです。
電気モーターでない不便さはあったと思います。長廻しできないとか。
しかしながら、戦争取材のような極限条件下では、 ネジを巻きさえすれば確実に動くスプリングモーターの存在は、 プレスにとって心強いものであったと思えます。
電池切れでは命さえも落としかねないのでしょう。

グウ!35ミリアイモの3本ターレット作法を解説

1枚の大伸ばしされたプリントを見ていただきましょう。
このニュース写真は、昭和33年(1958年)夏の記録です。
中央に写っている絶世の美女は、 後にテレビ番組「兼高かおる世界の旅」で有名となる旅行家の兼高かおるさん。
世界早回り飛行記録を達成して(73時間9分35秒の当時新記録を樹立)、 羽田に帰ってきた兼高かおるさんをプレス各社が取材している様子。
右の初代デンスケ小型録音機かついだイケメンは、 JOKR-TV記者当時の小秋元プロなのです。

時代考証の裏づけをとるために、兼高かおるさんの著書 「わたくしが旅から学んだこと」を読んでびっくり。 この世界早回りの記録は今だ現代でも破られていないという。
つまり、レシプロ旅客機による記録なわけで、 その後はジェット旅客機に移行してしまい、 記録を破りたくてもその環境がもはや存在しないというオチが。

兼高かおるさんを取材するプレスマンと報道記者小秋元プロ(1958年)

ニコマート・ファン

ニコマートFTとニコマートFSを見てみましょう。
露出計内蔵のニコマートFT。 ニコマートFTから露出計を取り去ったのがニコマートFSと簡単に識別したりしますが、 そのニコマートFSだけみてもバリエーション違いを見ることができます。

ニコマートのそれぞれ初期型シリアル番号機

透明のプラスチック製フィルムスプールに注目

数の少ないニコマートFS

F6400ヴィンテージ・ニコンF

さてプログラムの最後は、 ニコンF研究家の鈴木昭彦氏によるF6400ニコンの話題です。
じつはこのF6400研究の本番は、来月の2月例会となります。
今回は前調査として、いくつかの特徴的な標本を見せていただきました。

F6400ニコンは、ニコンFの初期型と言われるシリアル番号帯です。
さすがに最初期型のF64000ニコンとなると、 全世界にごくわずかしか現存していませんので、 まず店頭で現物を見ることはあり得ませんので安心してください。

ここでけの話ですが、 F6400086は、昨年(2010年)末のウィーンでのオークションで、 鈴木昭彦氏が落札されたもの。 オリジナルのクロス・カーテン機であることは言うまでもありません。

いきなり登場した2桁の布幕機(鈴木昭彦コレクション)

F6400シリーズの500番代機

珍しいF6400シリーズ最後のシリアル番号機

最初期のモータードライブ装置

シリアル番号とケガキされているボデイ番号を調査する

ヴィンテージ・ニコンの研ぎ澄まされた美しさ

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